第9話 『永遠の命。不老長寿の秘訣。その糧』
にぎやかな市場の真ん中にシェランは立ちつくしていた。
身分を隠すために、それほど目立たない旅人の格好をして。
手には一枚の小さな紙切れ。
それを何度もシェランは見返す。
『王妃のつとめ一つ。まずは市場であるものを手に入れよ。それは永遠の命。不老長寿の秘訣。その糧』
「かて......食べ物かなぁ......」
紙切れの裏も穴が空くようにじっとシェランは見つめる。書いてあるのはその一文だけであった。
「なにか美味しいものを買えってことかな?だったら......」
意を決してシェランはあるき出す。
この『つとめ』はタルフィン王国の伝統らしい。とりわけ、外国から后を迎えたときには必ず行われる。いわく
『三枚の紙にかかれた『つとめ』をはたした時に、王妃の地位が都市神ヴェーダの恩寵によって与えられる。それを判定するのは王族の者......つまり今回は私が判定役ということで』
ロシャナクにそのようにシェランは説明される。
なんとも理不尽な『つとめ』である。
そもそも皇帝に命令されて来た異国の地で、さらにこんな仕打ちをされなければならないのか。
「まあ、やるしかないか」
うじうじ考えてもしょうがない。ここで美味しいものを買って、持っていけばいいのである。
よし、シェランは自分に気合をいれる。
市場の食べ物を売っている露店が並ぶ。このあたりは、疲れた旅人たちが腹を満たす空間らしい。いろとりどりのテントが並び、いい匂いがしてくる。
もういちど紙を開く。
「『永遠の命。不老長寿の秘訣。その糧』かぁ。まあ美味しいものってことだよね」
あたりをキョロキョロと見回す。
とりわけいい匂いがする店にシェランは惹かれていった。
「......」
じっと指をくわえて見つめるシェラン。その視線の先には大きな肉が直立して焼かれていた。
「さあさあ!新鮮な羊のバーベキューだよ!その旅人のねぇちゃん食べていかないかい?!」
大きくうなずくシェラン。少しの間の後、鉄串に刺された焼けた肉が差し出される。
じろじろそれを見つめる。そして意を決して口の中に――
「......!」
声が出ない。
正直、羊の肉はシェランは苦手であった。独特の匂いとギトつく脂。故郷の大鳳皇国では高級な肉は豚肉であり、羊は下の下の肉とされていた。
「臭くないんだよな。不思議なことに......」
じっと焼けた肉の表面を見つめる。よく見ると肉の上にはなにか粉のようなものがいくつも見えた。
「......?」
行儀は悪いが、その粉を人差し指でこすりなめる。
「辛っ...ってこれ、もしかして」
その味を思い出すシェラン。父親が瓶詰めにしていたものを舐めたことがある。
「これはな、南の島で取れる『香辛料』というものだよ。南の島の土地はこのような作物を取ることに適している。まあ、これも鉱物というべきものなのかな」
おもわずその時はペッと吐き出したシェラン。味のする土なんて......と思ったからだ。
「この......味付けにつかっている、こ、『香辛料』って......」
シェランの問いかけに上半身裸の肉を焼いている店員が振り返る。
「うちは肉を売るだけだから扱ってないな~、ほらあっちのほうが『香辛料』市場だよ」
串でそう方向を示す。
「ありがとう!」
シェランは息を切らして走り出した。
「ふぁ~」
目の前には麻袋がずらりと並ぶ。その中には色とりどりの砂のような『香辛料』が山盛りになっていた。見たことがないものばかり。タルフィン語と皇国語で値札が付けられていた。
「いろいろあるなぁ......こんな土で肉がうまくなるなんて......」
「土じゃぁないよ」
店番をしていた少女が、そう異議を申し立てる。見事な皇国語で。
「旅の人、素人だね。このオアシス都市で『香辛料』のありがたさを知らないなんて」
頭に被った布をずらして顔を見せる。意外に若い。シェランと同じくらいの年頃だろうか。肌の色はやや浅黒かった。
「これをだな、二銀ゴルドで買う。そして」
はるか西の遠くを指差す少女。
「ラクダに積んで、砂漠を越えて山を超えて川を超えて海を......」
長く続く説明。
「......で二年ほど行くと、オウリパという国につく。そこではこの『香辛料』の粉が」
指でひとつまみ。パラパラと地面に落とす。
「同じ重さの金と交換される。そのくらい貴重なものさ」
ふえっ、とシェランは驚く。
こんな
土くれが
そんな
価値を
「どうだい。あんたもひと稼ぎしてみたくないかい?食べたことがなければ、料理方法も教えてやるぜ。この都一番の商人ルドヴィカ=ガレッツィさまが!」
おお!とシェランは両手を合わせてルドヴィカを拝む。
『香辛料』、それが『つとめ』の求める『永遠の命。不老長寿の秘訣。その糧』であることを期待して――
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