春だから漫ろ

そうざ

Spring Makes Me Distracted

 さようならとおめでとうの季節がまた去って行く。

 散歩がてらの買い物。実は買い物がてらの散歩かも知れないし、どちらでもないのかも知れない。いつの間にやら週の半分は二時間程度の彷徨というのが日課になっている。

 少し前までは妻の運転する車で楽をしていた。買い出しがてらの外食、外食がてらのドライブ、ドライブがてらの暇潰し、暇潰しがてらの夫婦。

 楽をすれば苦が待っている。気付いた時には体重が大台に乗っていた。流石に危機感を覚え、一人で歩くようになった。自分で歩くという当たり前の日々、それだけの事。

 道程はほぼ決まっている。時折り脇道に逸れてみたり、敢えて遠回りをしてみたりもするが、大同小異の違いしかない。

 好い加減、嫌気が差す。それでも、体力を鑑みれば無謀な冒険は出来ない。始点と終点とは重なっているし、往時と復路とは対になっている。散歩である以上、買い物である以上、行きっ放しには出来ない。家に帰り着くまでが遠足と言われた幼少の頃を思い出す。

 この日、見飽きた道で行き違う顔触れは異質だった。道筋の途中に学校があるので学生自体は普段からよく見掛けるが、それぞれの傍らに付き添う人物が居た。

 学生服に準じるかのようなフォーマルな装いで、このコはワタクシがコシラえました、という顔で澄ましている――どうやら保護者と呼ばれる種族らしい。

 卒業式なのか、入学式なのか、それとも別の何かなのか、この日ばかりは良好な関係を築く肉親として闊歩したいらしい。

 梅が散ろうが、桜が咲こうが、頓着のない生活を送っている者にとって全ては流れる風景でしかないが、ほんの悪戯心が頭をもたげてしまった。

 あの人波に自分の姿を置いてみる。傍らに少し背の低い制服姿を置いてみる。性別は兎も角、顔立ちは何処となく自分に似ている学生と一緒に歩いてみる。


 名前は――そうま。


 漢字は決めている。『蒼』は気取り過ぎだから『惣』が良い。惣菜みたいで嫌だと言われるかも知れないが、うちの家系は何代か前までこの字を名前に使っていた。続く漢字は『真』が無難かと思う。『馬』では、坂本龍馬から取ったのかと要らん勘繰りを呼ぶ。


 惣真そうま――。


 大概は正しく読んで貰えるだろう。今時はどんな響きだろうと性別に囚われる必要はない。姓名判断などどうでも良い。妻にお伺いを立てるまでもない。


 不意に誰かが声を発した。

 自分の名前を呼ばれた訳でもないのに、これまでに一度も呼ばれた事がない癖に、これからも決して呼ばれる事はないのに、反射的に振り返ってしまった。

 そこにあるのは、親子がぞろぞろと行き過ぎるだけの風景。

 さようならとおめでとうの季節がまた去って行く。

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