はじめての鯉人にマイアミナイトフィーバー

嬉野K

絶対に

 僕の彼女はちょっと紛らわしい。


『今日から晴れて恋人ですね。二度とね』


 急速に嫌われたのかな。なんか悪いことしたかな。


 僕はスマホに届いたメッセージをもう一度見てみる。


『二度とはなさないでね』


 この言葉には2通りの意味が考えられる。


 1つは離さないでね。恋人となった僕に対して、他の人に目移りしないように注意をしているということ。


 もう1つは……話さないでね。なにかしら僕が彼女を怒らせて、二度と話したくないと思わせた可能性。


「いや……大丈夫だよね……?」自室で1人、つぶやく。「告白……成功したよね? 恋人になったって書いてるよね? なのに話さないでってことはないよね……?」


 おそらく離さないでね、という意味のメッセージだとは思う。


 僕と彼女は小学生の時の同級生だ。だが中学校では別々で、奇跡的に高校で再会した。


 実は小学生の頃から、僕たちは恋人みたいな関係だった。もちろんそれは小学生のちょっとしたおままごとみたいなもので、仲の良い友達みたいな感じだった。


 そういった関係があったからこそ『二度と離さないでね』という言葉が出てくるのだろう。彼女はおそらく僕のことを本気で好きでいてくれて、一度手を離されたと思ったわけだ。


 しかし……


「どう返信しよう……」


 二度と話さないで、と言われたのならこのまま引き下がるべきなのだろう。だけれど、二度と離さないでねだった場合はすぐに返信そしたほうが良いと思う。


 迷っているうちに、さらにメールが来た。


『渡しからは絶対にはなさないですよ』


 変換してくれ。頼むから変換してくれ。

 ……『渡し』って『私』だよな。変換ミスしてるな。彼女は機械音痴だから、たぶんマジで間違えてるんだよな。


 ……

 

 私からは絶対にはなさないよ……


 僕を手放すつもりはないということか、あるいは僕が謝罪しないと話してくれないということか。どっちなのだろう。


 どうしよう……なんか謝ったほうが良いのかな。いや、理由もわからずに謝っても失礼だよな。 


 ……ちくしょう……なんで日本語ってのはこんなに難しいんだ。僕には使いこなせない。


『ごめんなさい。変換をうまく使いこなせてないですね』ようやく気づいてくれたらしい。『私からは絶対にはなさないですよ』


 そっちじゃねぇよ。渡しの誤字が気になったわけじゃないよ。


『いきなりごめんなさい。キミが悪いですよね』


 やっぱ僕が悪いのかな……


『間違えました。黄身が悪いですよね』


 腐ってたのかな。


きみが悪いですよね』何回間違えるんだよ。王って書いてきみってなかなか読まないよ。『気味が悪いですよね』


 ようやく正解に行き着いた。


『はじめての鯉人にマイアミナイトフィーバー』


 マイアミナイトフィーバー?


『舞い上がってしまったようです』


 どんな間違い? どうやったら舞い上がってしまった、がマイアミナイトフィーバーになるの? というかマイアミナイトフィーバーって何?

 

 ……


 鯉人って恋人のことだよな。鯉のぼりとかの鯉だよな。マイアミナイトフィーバーのインパクトでスルーしそうになったけど。


『予測変換が使いこなせません』


 普段どんな使い方をしてたらマイアミナイトフィーバーが予測変換に出てくるんだろう……


『変身するたびに間違えてしまいます』魔法少女……? 『とにかく、あなたとコズミックナイトフィーバー』


 意味わかんない。もうツッコむことすらできない。なにを間違えたのかもわからない。


『あなたと恋人になれて良かったです』僕もそうです。『私は寂しがり屋ですから、できるだけ近くにいてくれるとありがたいです。私のことは


 あ……ようやく変換された。やっぱりが正しかったらしい。


 文脈的にもそうだろう。彼女の変換は適当なので、もしかしたら間違えている可能性もある。だけれど文脈を見る限り大丈夫。


 ホッとして油断して、僕はこんな返信をしてしまった。


『絶対に話さないよ』


 その後、大慌てで電話をして平謝りをしたのは言うまでもない。

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