【KAC20245】わたしを離さないで

MERO

わたしを離さないで

 20XX年、今や我々は自分たちの感情をもう1人の人間として実物化できるようになった。

 この技術のおかげで内面世界の住人を呼んで生きることができるようになったので、人はもう1人じゃなくなった。多くの人間が自分を呼び出して一緒に生活を始めている。


『離れないで、ねぇ、ツバサ』

 

 そうやって囁くのは僕の分身のマナ。

 僕の中にいる女の子がそう言っている。


「いつも一緒にいるじゃないか」

 

『もっと私をみてよ。何もしないでほら、私だけを見て』

 

 マナはかまってちゃんだ。

 もし彼女が実物化できなかったら、僕はSNSで承認要求を求めるさまよえる魂のような存在で生きていたのではないだろうか。


 彼女の頭をよしよしと撫でた。そうして彼女を近づけてゆっくりとぎゅうっと抱きしめる。

 マナの暖かい体温が伝わってくる。


『ツバサ、大好きだよ、もう離さないからね』


 この瞬間は心地が良い。自分であるが、実体化した自分というものの体温を感じられることの素晴らしさというものが寂しさというものから解放してくれる。


『ねぇ、ツバサ。もうネット見ないで』


『私はツバサが大好きだから、ツバサも私に全てをくれるよね?』


 マナの要求度合は日に日に高くなって、僕は学校にも行かなくなり、家でずっとマナと二人きりの時間を堪能している。もう何もしなくてもいい。


 ピンポ――――ン。


 家のチャイムが鳴った。

 誰だ?

 僕とマナとの時間を邪魔する人間は?


 マナの寂しい顔を見ながら、僕は扉を開けた。


「おう、横内!」


 僕は目の前の制服を着た男子の顔をみても誰かわからなかった。


「どなたですか?」


「同じクラスの島田だよ。お前、学校来ないから成績表を届けに行けって」


「どうもありがとうございます。ただ、もう学校に行かないのでそれは必要ないです、じゃあ」


 早く帰ってほしくて、もう来ないでほしくてそう伝えた。

 扉を閉めようと強引に彼を外に出そうとしたが、彼はさりげなく手で扉を抑えた。


「あのさ、時々、連絡取ってもいい?」


 島田は唐突に俺に言った。

 何の目的で?

 

「何で? 話すことないよ」


「だよなー! いや、あのさ助けてほしいんだよ。俺さ、留年しそうなんだけど、先生に横内と話すようになったら取り消してやるって言われて。そんな頻繁に連絡しないからさっ!」


 俺は考えた。

 またこうやって家に来られるのは迷惑だ。

 そうなる前に僕から対応すればいいんじゃないか。


「わかった、いいよ」

 

 そう言って僕と島田は連絡先を交換した。


 ◇ ◇ 

 

 島田が話したとおり、学校の連絡を時折、連絡する程度の関係だった。

 それがある日、彼が他の人と間違えて僕にゲームの話をした。そこで僕らが同じゲームに興味を持っていることを知った。それからお互いのゲームアカウントを教え合った。一緒にやるというよりはゲーム内にたまに島田がいることを確認する程度でほんとに時々、チャットしながらゲームをする。


「翼、今日、勝ってたな」


「偶然だね、今日は良い具合で当たったから」


 お互い家でPCの前で画面ONにしてボイチャをする。

 

「ふーん、そうか。……あのさ、前から気になっていたんだけどさ、あの子はいるの?」


 ふと島田が言う。


「あの子って? 誰?」


「いつも一緒にいた……あ、後ろにいる子」


 彼が言っているのはマナのことだ。

 

「彼女が、何?」


「可愛いなって」

 

 マナはさっと僕の後ろに隠れた。

 僕と同じく引っ込み思案で誰かに心を開くようなタイプではない。


『私はツバサさえいればいい』

 

 僕に聞こえるほどの小さな声でマナは言う。


「それはどうも。彼女は島田君と話したくないみたいだよ」


「そうだよな、まぁ、そういう所も可愛いって思うんだけども!」


 島田は嬉しそうに言った。

 僕は僕の分身のマナを褒められて、何だかくすぐったい気分になった。

 でもはっきりと伝えなければならない。


「ありがとう。ごめん、彼女は僕の分身なんだ」


「そっか……言われればいつも一緒だったし、そうだよな。顔、見たかっただけだし」


 照れた顔して、島田は僕を見た。

 いや、そこでそんなに照れられても……男の分身だぞ?

 

「……そういえば島田君には分身はいないの?」


 周りを伺ってもそれらしき人の姿はない。


「いない」


 だいたいの人が作っているのに、彼は作っていないのか。

 僕はふーん、と言った。


 マナが後ろから言う。


『ねぇ、ツバサ。もうゲームやめて』


「あー、落ちるわ」


 僕はそう言ってチャットを切った。

 マナは僕の首に手を回して、柔らかい身体を寄せて抱き着いてきた。

 

『ツバサ。私のこと、好き?』


『うん、好きだよ』

 

『私、心配だよ。ツバサの全部の時間がほしい』


 うん、僕も。

 僕の大好きな分身。マナがいれば何もいらない。


『ねぇ、ゲームしないで。もう私から精神的にも物理的にも離れないで』


「わかった」


 そういってマナと二人きりの時間が始まった。

 マナの思い通りに会話をし、マナのご機嫌を取り、マナしかいない生活。


『ねぇ、ツバサ。今、何を考えてたの?』


「え、マナのことだよ」


『そんなことない。今、違うこと考えてたでしょ?』


 そりゃ、マナ。

 僕らは食事を食べないと生きていけないだろ?

 それに一緒にいるとしてもマナの”ずっと私をみていて”に息が詰まり、つい強い口調になってしまう。

 だから他のことを考えて気を紛らわせたかったんだよ。でも僕は僕の意思には逆らえなかった。


『ねぇ、ツバサ。ツバサの頭の中にいるのも私だけにして』

 

「……ごめん、わかった」


 ◇ ◇


 何も心配はない。マナだけいれば、僕はそれだけで幸せだ……。

 

 ドンドン!

 扉から音がする。


「おい、翼、開けてくれないか?」


 扉の外から島田の声がする。

 隣にいるマナが言う。

 

『やめて、行かないで』

 

 僕はどうしていいのかわからなくなった。

 

 ドンっ!

 扉が吹っ飛んで開いて島田が飛び込んできた。


「あ、翼。生きてた――――!」


「……島田。扉、壊れた」

 

 島田は壊れた扉を見た。


「わるいな。これどれくらい修理にかかるんだろう……」


 これは島田の癖だ。何か面倒なことがあるとわりと簡単に壊す。

 物もそうだし、人間関係もそうだ。

 おそらく学校も何か壊して留年することになったんだろう。

 僕は彼のそんな姿を見ながら関係がなかったから今まで言わなかったが、扉が壊されたので言った。

 

「前から思ってたんだけど、島田。お前、面倒なことを暴力で解決するタイプだよな」


「ああ、そう」


 島田はなんで感情を人化しないんだろう。

 お前のそういう部分を止めるような奴がいるだろうに。


『迷惑だよ、勝手に家に来られて扉壊されてと言って。もう彼にここに来させないで』

 

 マナが僕に言う。

 

「迷惑だよ、勝手に家に来られて扉壊されて。もう来るなよ」


「ごめん……そうだよな……自分が暴力的だってわかってる」


 島田はそう言った。


「僕じゃなくても、いいだろ。島田も感情を人化すればいいよ。」


「……それがさ、できないんだよ」


「知ってるか? 人化ができるのは、自分と内面で分離している自分であって、分離してない場合はできないって」


 あぁ、知ってる。


「だからさ、俺には分離している自分がいないんだよ……暴力的な俺も、適当で勉強もできない俺も友達として翼を選んでいるのも全部俺だろ? 内面で感情は別れてない」

 

 そういうことか。彼の中でどんな自分も自分として受け入れている。

 

「あのさ、マナと分かれているツバサ、どっちも俺はツバサだと思ってるよ」


 そう島田は言った。

 

「これからも友達としていてくれないか?」


『イヤダ、イヤダ、イヤダ。ツバサはわたしのもの!』


 マナが怒って僕と島田に叫んだ。


「マナちゃん。俺はそういうツバサを大好きなマナちゃんも好きだ」


 緊迫しているのに、僕はなぜか不思議な気分になった。

 マナの動きも止まった。


 ふっと感情が浮かぶ。

 ……そうか、どっちも僕か。

 

『「ありがとう」』


 その瞬間、マナは消えた。いや、消えたのではない。今までずっと一緒に、お互いを離さないでといっていたはずのマナはそもそも僕の中で分離はなされた存在だったのだ。


 マナは僕の中に、内面は1つになって戻ったのだ。

 これでやっとほんとうにマナは僕を離さないでずっと一緒にいられるのだ。


「じゃあ、俺はツバサとマナとこれからも遊べるな!」


「どうかな?」


 マナと1つになったことがよかったことなのか、よくわからない。

 マナとこの世で二人だけ、その世界も居心地はよかったのに、1つになった理由はそんな僕を含めてそれでいいと言う島田と少し話をしてみてもいいかなと思ったんだろうか。


 僕の中にいるマナが言う。

 『私を離さないで、私はいつでもあなたが好きだよ』

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