episodium:3 『calces fati ―出会い―』
「報告します。幽閉されていた娘が逃亡。監視役は怠惰に居眠りをしていたとのことです。いかがいたしましょう?」
白の王の側近が、慌ただしくリティルが脱走したことを告げると、王は無言で何かを考えているようだった。
そして暫くして、王は静かに、答えた。
「禁忌の子、か………。暫くは自由に泳がせておけ。………監視の者は?」
「はっ、既に捕らえ塔にて懲罰を受けています」
「………ではその者の処理は、其方に任せる。私は暫く執務室に篭もる」
「承知しました」
側近はその返事と共に去って行き、その後王は静かに息を吐く。
「………まったく、手の焼ける娘だ」
そう呟くと、白の王は執務室へ入り、リティルの行動を制御するために付けておいた、とある器具を発動させたのだった。
その間にも天界から逃げ出したリティルは、手に入れた自由のうれしさとワクワクした気持ちを隠すことなく、天界と地界の境界にある雲間を飛んでいた。
「ふふん、ここまではもう、誰も来られない筈………。ようやく自由になれたんですもの、せっかくだから地界とやらを見てやろうじゃない」
顔をにやけさせながら、リティルは翼を目一杯に広げて、「せーの」と声を掛けて雲間に飛び込んだのだった。
が、その直後に首に付けられたチョーカーが鎖と成って、行く手を阻むようにリティルの身体を締め付けた。
「くそっ………、ここまで来て、まだ王の力が働くとは………!!でも、こっちだって考えはあるもん、ね!!」
そう言ってリティルは見張り役から奪った鍵から、チョーカーの鍵を取り出すと、カチリと音が鳴り、鍵は外れ、チョーカーを外すことが出来た。
「ふぅ………。これでもう、邪魔するモノは何も無くなったわ。それじゃあ、行きますか………!」
そうして、厚い雲間に身を沈めて、リティルは地界へと目指したのだった。
雲間を抜けると、目の前に拡がる森を見て、ふと思った。
―――廃れている、と。
天界にいた頃に実際森を見たことがほとんどないので、比較しようも無いはずなのだが。
しかし目の前の森は確かに所々朽ちていたり、枝だけになった木が連なっていたりと、見るからに廃れているのが分かる。
暫く見渡すと、少し先に大きな山が見え、その先に少しだけ葉の生い茂った木々があるのが見え、リティルは迷わず、そこへと向かい飛んでいった。
「なーんだ、ちっとも恐くなんてないじゃない。何が『地界は地獄だ~』よ。所詮噂は噂ね。実際見てもいないのに、妄想も良いところだわ」
リティルはそうぼやき、幽閉されていた時に聞いた地界の噂とやらを思い返していた。
『地界は烙印を押された者が堕とされる、まさに地獄だ』
『陽が差さず黒い霧に覆われて、魔獣や魔物が蠢いている』
『穢れた場所、故に絶対境界を越えてはいけない』
いつだったか、天使達が口々に言い合っていたことを聞いていたリティルは、それが不思議で仕方なかった。
実際に見てもいないのに、何故そんなことが分かるのだろうか、と。
誰がその地界を見て、誰にそれを告げたのか?
白の王がそれを黙認していることから、それが本当なのだろうと思っていたのに、実際はそこまでおどろおどろしい空気はなく、ごくありふれた自然のある場所だった。
山の頂上付近に来て、少し休憩をと一番高い木を見つけ、そこで羽を休めると、近くにいた鳥が驚いてギャアギャアと鳴いていた。
「へぇ、こんな場所にも住み着く生き物もいるのね。ま、確かに歪な形はしてるみたいだけど。ちょっとヤタガラスには似てたかしら?」
歪な姿をした鳥を追い出し、リティルは暫くその木の上で休むことにした。
そしてポケットに入れていたガラス玉を取り出すと、またいつものように覗き込む。
だが、日の光があまり届かないこの地界では、ガラス玉に映り込む景色は真っ黒で。
「つまらない………」と呟いて、ガラス玉をまたポケットに戻し、少し目を閉じるつもりが、飛び続けた疲れからか気付けばそのまま眠ってしまっていた。
目が覚めた頃には、すっかり夜も更けてしまっていて、リティルは慌てて周りを見渡した。
月明かりも差さない、本当に真っ暗な闇に包まれたような此の場所で、下手に動けば今いる場所へ戻れなくなる可能性もある。
今日はもうこのままここで一晩過ごそうと、そう決断し、再びポケットに手を入れ、残っていたあめ玉を口に入れ、再び眠りに付くのだった。
翌朝、薄らとひんやりとした空気を感じて。
目を覚ますと、リティルはうーんと背伸びをし、「もう朝か………じゃあ行きますか」と言って、再び飛び立った。
「さて、今日は何処まで行こうかしら?」
とりあえず山を越えて、少しずつ緑の生える木々になってきた森の姿に、心を高揚させていった。
そして森の上空へとたどり着き、一カ所だけ拓けた場所があるのを見つけた。
そこは山の湧き水が集まって出来た川と小さな湖があり、この森に棲む生き物たちの飲み水として存在している場所だった。
ちょうど喉も渇いたことだし、ここでまた休もうと、その湖の近くに降りると、水面に向かって走り出した。
だがそこには、先客がいたようで。
「………え?」
その姿を見て、リティルは一瞬目を疑った。
そして相手もまたリティルの存在に気付いたのか、振り向くと同じく「え………?」と、声を漏らし、目を疑うように大きく見開き、身動きを止めた。
そこには、水浴びをしていたリディの姿があったのだった。
自分と同じその姿に驚く二人。
それが、運命の動き出す瞬間だった――――。
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