episodium:1 『Initium ―幕開け―』
リティルが幽閉されているのは、天界と地界の狭間にある空間。
そこには何者も存在せず、ただ無機質に囲まれた白い空間が拡がるばかり。
唯一、外の景色が見られる天窓があるモノの、それにも重い鉄格子が嵌められていて、幼いリティルでは開けることが出来なかった。
天窓から見える青空と、時折吹く風にその髪を揺らして。
何も無いとは言え、神様から見放されたわけではないので、祝福をもらうことは出来た。
神に祈りを捧げ、望めば神からの恵みとして、捧げ物をもらうことは出来ていた。
ただし、それらは天界で他の天使らが使い古したもの。
それでもリティルにとっては、大切な宝物だった。
中でも、一番のお気に入りは、小さな水晶玉。
瑕付き薄らと濁っているものの、覗き込めば、その視界が屈折して見え、それが面白くて、何度も何度も覗き込んでは、歪んだ視界を見ていた。
「そんなモノが、面白いか?」
見張り役の天使が、水晶玉を覗いては、楽しそうにしているリティルを見て、訝しそうに問い掛ける。
リティルは小さな声で、「そうね、貴方の顔も面白く見えるわ」と応えた。
「ふん、そんなゴミで喜べるなんて、本当にどうかしてるぜ。あ~あ、なんでこんな奴の見張りなんて、してなきゃならないんだろう…」
そうぼやき、見張りの天使は大きなあくびをしていた。
或る日、見張りの天使はリティルの監視だけをするだけの仕事が暇で暇でしょうが無く、
ついウトウトと居眠りをしてしまったのだった。
リティルは最初こそは気付かなかったが、やがていびきをかいて本気で居眠りをしている見張り役の天使に気付き、ちょっと悪戯をしてやろうと、そっと近寄り、頬を軽くつついてみた。
「………」
反応はなく起きる気配もなかったので、今度は鼻を軽くつまんでみても、やはり起きる気配がなかった。
リティルはニヤリと笑うと、静かに見張り役の天使の持っている鍵を懐から抜き取り、手界と地界との境界にある門へと走り出した。
「ふふふ………。居眠りをしてる方が悪いのよ。さぁ、これで自由よ!」
そうしてリティルは自らの小さな羽を広げて、境界の門を潜り、天界から逃げ出したのだった。
一方、リディもまた両親から残虐な扱いを受けていて、食事も碌に与えられぬまま、家事全般を押し付けては、両親は豪勢な生活を送っている状態だった。
それでもリディは健気に言われたことをこなしていき、それがさらに両親の機嫌を損ねることにも気付かずに、言いつけを守り続けていた。
やがて小間使いとして扱われていたリディだったが、魔獣が頻繁に彷徨くようになり、仕事に支障が出始めたため、罰として家から追い出されてしまったのだ。
周りからも嫌われていて、頼れる存在もいないリディにとって、行く宛てなどなく、気がつけば魔獣が棲みついてると言われる、ラプラスの森に彷徨い込んでしまっていた。
そこは周りから「絶対に近寄ってはいけない」と言い伝えられている場所だった。
だが、今のリディにとっては唯一の逃げ場所でもあった。
火を熾し、近くの川から捕まえた小さな小魚を焼いて、空腹を紛らわせても、飢餓状態に変わりはなく、動けば空腹になるだけだと考えて、そのまま寝ることを決めたのだった。
しかし、夜になればまた魔獣が彷徨き始めて、状況はさらに危険な物になっていた。
森の中で一際大きな木の根元に空洞が出来ていて、そこで睡眠を取ろうとその中へと入ったが、そこは魔獣の根城だった。
その時はたまたま魔獣がいなかったが、いつ戻ってくるかも分からない。
そんなコトも知らずに、幹により掛かるように身体を丸めて眠ろうとした瞬間、運悪く魔獣が帰ってきてしまったのだった。
『誰だ?我が根城に侵入した愚か者は』
魔獣は唸るような声を上げてリディを睨み付け、大きな口から鋭い牙を覗かせた。
「…食べるなら食べていいよ。あんまりおいしくないと思うけど、良かったらいつでもどうぞ」
リディは怖がることもせず、今日でこの運命とサヨナラできるのならと、自ら身を捧げるように、両手を広げて微笑んだ。
そんなリディの姿に、魔獣は一瞬だけ考えるように無言になり、そして大きな声で笑った。
『がはは、ずいぶんと度胸のある小娘だな。死ぬのが怖くないのか?』
魔獣はにやりと笑うと、ぺろりと舌なめずりをして。
鼻息を荒くして、様子を窺うように、リディに問い掛ける。
「怖くなんてないよ。早く楽になりたいもん、一息に殺してくれたら嬉しいな」
リディは悲しそうに笑いながら、そう応えた。
その返事に、魔獣はまた何かを考えるかのように無言になり、やがてこう返した。
『おかしな小娘だな。お前さんぐらいの年なら、泣いて両親に助けを求めるのが普通ってもんだろう』
その言葉に、リディは目を閉じて首を振った。
「普通なら、そうなんだろうね………。でも………。私を助けてくれるはずの両親は、私を捨てた。それで行き場所がなくて、気付いたら、こんな場所に来てしまっただけだよ。………私が死んでも誰も悲しんでくれる人なんかいないもん。だから、いっそ死んだ方が楽になれるなら、殺してくれても構わないわ」
また悲しく笑うも、何故か涙が溢れてきて。
「あれ?おかしいな………」と涙を拭うリディを見て、魔獣はやれやれと言ったように大きく溜息をついた。
『お前さん、本当は寂しいんだろう。愛してくれるはずの親から愛されずに………、まるで俺様と同じだな。何か白けちまったな。嫌われもん同士、仲良くしようじゃないか』
そう言って、魔獣もまた目を伏せて首を振り、己の境遇を語った。
普通、魔獣は人の言葉を話せない。
しかしこの魔獣だけ、特別に言葉を理解することが出来て、そのため周りから異端扱いを受け、忌み嫌われていたのだった。
「私も、目の色が片方違うってだけで、周りから異端扱いされてたわ。確かに、私たち似たもの同士ね」
魔獣の話を聞いて、リディは同じ境遇の魔獣に対して、親近感を抱き始めていた。
魔獣もまた、リディを唯一話の通じる相手と認識し、やがて二人は共に生活を送ることを決めたのだった
運命の歯車は廻り続ける。
歪な音を響かせながら。
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