第18話 初めての家族会議
久志彦は久しぶりに時計台の建物の中に入った。大学には講義のために真面目に通っているが、時計台の建物に入るのは、太田教授に会うために来たとき以来だった。
姉のミホコの「電話では話せない、話しておくべきこと」が、ミホコ自身のことなのか、それとも久志彦にも関係するのか、それが気になって昨夜はよく眠れなかった。
時計台の建物の中にある事務室を訪ねると、ミホコは「ついて来て」といって、そのまま太田教授の部屋に連れていかれた。
教授室では、太田教授が笑顔というか、はにかんだような顔で迎え入れてくれた。部屋の中も掃除したようで、前回は散乱していた本や資料はきれいに片付けられていた。同じ人とは思えない教授の表情と、同じ部屋とは思えない雰囲気の違う室内を見て、久志彦は戸惑いを隠せなかった。
「とりあえず座ってくれよ」そういった太田教授の口調はフランクで、前回の丁寧な話し方とは違っていた。太田教授が久志彦に対して親近感を持ってくれているように感じたが、そこまで仲良くなった覚えはなかった。
久志彦が遠慮がちにソファに腰かけると、ミホコもその隣に座った。太田教授は丸椅子を持ってきて、僕たちと対面するように座った。太田教授は久志彦の顔をまじまじと見つめてから、ミホコに目で合図を送って話すように促した。
それを受けてミホコは「落ち着いて聞いて欲しいんだけど」と話し始めたが、そこで言葉を切ったまま、どう話すべきか悩んでいるようだった。久志彦は、ミホコと太田教授の顔を交互に見ながら、何を聞かされるのか不安になって、落ち着くどころか緊張が増していった。
ミホコは話す覚悟ができたのか、久志彦の方に向き直ると、少し早い口調で「実は、太田教授は血のつながった実の父親なの」といった。その口調が練習してきたセリフのようだったので、久志彦はその意味をすぐには理解できなかった。
久志彦がミホコの言葉を理解しようと、頭の中で何度か繰り返していると、二人からの熱い視線を感じて、頭の中で考えていたことを話し始めてしまった。
「ミホコは住吉社長の養子だから、住吉社長は育ての親だよね。それで、血のつながった実の父親、つまり本当の父親が太田教授ということか。二人は親子というには、あまり似てないね」と久志彦は他人事のような感想を口走っていた。
ミホコと太田教授は顔を見合わせて、ガッカリした表情になっている。
「やっぱり、久志彦は勘が鈍いというか、頭の回転が悪いみたいね。本当に双子なのかしら。もう一度いうわよ、太田教授は私たちの実の父親なのよ」ミホコの口調は少し荒くなっていて、「私たちの」を特に強調したようだった。
「えっ、あっ、そうか、ミホコの実の父親ということは、僕の父親でもあるのか」
そういった久志彦は、もう一度、自分に言い聞かせるように、自分の発言を繰り返した。
そして、「えー、太田教授が僕の本当のお父さんってこと?」と聞き返しながら、ようやく三人の関係を理解した。
久志彦は幼い頃にシングルマザーの母を亡くし、つい最近、祖父母が相次いで亡くなった。天涯孤独の身になってしまったと落ち込んでいたが、双子の姉に続いて、実の父親が目の前に現れた。もちろん嬉しいことだが、ミホコのいうことを本当に信じていいのか、確信を持てなかった。
「早速だが、初めての家族会議を始めよう」そういった太田教授は、とても嬉しそうに見えた。
初めて会ったときの二人は、とてもギクシャクした関係に見えた。上司と部下という関係なのに、太田教授はミホコに弱みでも握られているのか、強く意見できないようだった。しかし、目の前にいる太田教授は、父親としての威厳とリーダーシップを発揮しようと頑張っているように見えた。
「家族といいながら、全員の名字が違うというのが面白いよね」太田教授が笑いながらそういうと、ミホコが「つまらないことをいってないで、早く話を進めなさいよ」と、以前のように厳しい口調で太田教授をたしなめた。二人の関係性が以前のままで変わらないことに、久志彦は少し安心した。
「陶邑君が東京で命を狙われたと住吉さんから報告を受けて、最初は通り魔だと思っていたんだが、実は思い当たることがあるんだよ」
久志彦は、実の父親から名字で呼ばれることに違和感を覚えたが、それよりも東京で突き飛ばされたことを思い出して、背筋が寒くなっていた。
「私の父、君たちにとっては祖父に当たる人だが、実は君たちの母親と同じく火事で亡くなっている。当時、父はこの大学の教授で、今の私と同じように古代史を研究していた。陶邑君のおじいさんとは同級生で、この前の陶邑君と同じように試練を乗り越えるために、私の父を頼ったようだ。二人はしばらくの間、試練のための旅に出たようだが、数週間後に戻ってきて、元通りの生活に戻ったと思っていた。
しかし、父は家族にも内緒で、研究のための部屋を借りていて、そこが火事になって亡くなってしまった。どうやら、その部屋で古代文字の研究をしていたようなんだ。その後、陶邑家が全焼したことを新聞で知って、二つの火事は偶然ではなく、古代文字の資料を焼失させることが目的だったと私は考えている」
「その推理が正しいとしても、僕が命を狙われたことに何か関係あるんですか。そもそも誰が、何の目的で放火したんですか?」
「都市伝説だとバカにしないで聞いて欲しいんだが、世界にはフリーメーソンやイルミナティと呼ばれる秘密結社や、その他にもいろんな組織が存在する。当然、日本にも政財界を裏で操っている人たちがいる。それが旧財閥系の資産家たちなのか、もっと得体の知れない人たちなのか、それは私にはわからないが、既得権益を手放したくない人たちは確実にいるんだよ。
もし、ヲシテ文字やホツマツタヱが公式に認められたら、歴史は大きく変わることになる。今まで正しいとされてきた歴史が覆ると既得権益を失う人たちが、ヲシテ文字やホツマツタヱの抵抗勢力だ。そして、一部の過激な人たちによって、貴重な資料が闇に葬り去られ、私の父もその犠牲になったと考えている。陶邑君と住吉さんはお母さんのお陰で奇跡的に助かったが、本当は命を奪われていたのかもしれない。
そして、陶邑君はある日突然、体にヲシテ文字が現れたことで、古代文字の生き証人になってしまった。ホツマツタヱが世の中に広まりつつある中で、陶邑君の存在を黙って見過ごすことができなかったから、命を狙われたのだろう」
「でも、久志彦の体にヲシテ文字が現れたのを知っているのは、限られた人だけのはずよ。その限られた人の中に久志彦を殺そうとした人がいるってこと?」
ミホコのいう通りだ。久志彦はばあちゃんからいわれたように、誰にもじいちゃんの手帳は見せていないし、体に現れたヲシテ文字を見せたのも、太田教授とミホコ、伊藤先生だけだった。
「それについては申し訳ない。私がある人物にすべてを報告していた。業務報告のようなもので、監視役もいるから黙っているわけにはいかなかった。もちろん、私に悪意はないし、陶邑君が命を狙われるとは想像もしていなかった」
「まさか、その監視役って、私のことなの?」
ミホコが恐る恐る聞いた。
「そうだ。つまり、報告していた相手は住吉社長ということだ」
「じゃあ、住吉社長が僕を殺そうとしてたってこと? 自分を父親だと思って相談しなさいとまでいってくれた、あの社長が?」
ミホコの育ての親であり、久志彦との関係も知っている住吉社長が、自分の利益のために放火したり、人の命を奪うとはとても考えられなかった。
「命令を下しているのは住吉社長ではないだろう。住吉社長もただの連絡係だと思う。重要な判断をするのは、もっと上層部の権力を持つ人たちだろうね。でも、二人とも体からヲシテ文字は消えたから、もう命を狙われる心配はないと思うよ」
「私たちは大丈夫でも、私たちに子どもができたら、命を狙われるかもしれないじゃない。そんなの耐えられないわ」
「住吉社長が連絡係と決まったわけでもないし、伊藤先生もきっと監視対象になっているはずだよ。それに僕が突き飛ばされたのも、やっぱり気のせいかもしれない。確証もないのに、疑うのはよくないよ」
「それなら、試してみようか。住吉さんから住吉社長に嘘の報告をしてもらおう」
「試すって、何を報告すればいいの?」
「私が秘かに父の研究を引き継いでいて、近いうちに学会で発表する準備をしている、というのはどうだろう?」
「もし本当に父が連絡係なら、先生の命が狙われるかもしれない。そんな危険なことできないわ」
ミホコにとってはあくまでも父親は住吉社長で、太田教授を父とは呼ばないらしい。
「覚悟の上だよ。こう見えても柔道二段だから、腕には自信がある。私にも父親らしいことをさせてくれないか」
「柔道二段って、学生時代の話だよね。今はただの中年オヤジにしか見えないけど、本当に大丈夫なの?」久志彦は心配するあまり、思わず失礼なことをいってしまって、気まずい思いをした。太田教授は少し悲しそうな顔をしている。
「まあ、腕に自信があるなら反対しないけど、しばらくは油断しないでよ」
ミホコも心配している様子だったが、渋々賛成したようだった。太田教授は力強くうなずいていた。
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