第17話 久次岳と御影山

翌日、久志彦は京都府京丹後市を訪れていた。目的は峰山町にある「比沼麻奈為神社(ひぬまないじんじゃ)」と「久次岳」だ。


ホツマツタヱを読み解くと、「久次岳」にアマテルカミ(天照大御神)とトヨケカミ(豊受大神)が眠っているはずだ。


実際に訪れてみると、三輪山の山頂で見た映像と、感覚的に同じ場所であると感じた。もちろん、目の前の風景は約三千年前の映像と、ピッタリとは合わない。言葉では説明できないが、同じ場所であると確実に感じるのだ。


比沼麻奈為神社に着くと、鳥居の前に白装束の男性が立っていた。坊主頭に深いしわの笑顔で、あごひげを胸の辺りまで伸ばしている。仙人か翁(おきな)のような雰囲気がある。


「陶邑さん、大神神社から連絡があり、お待ちしていました」

久志彦は状況がよくわからず、「はあ、そうですか」と間の抜けた返事をしてしまった。


「まずは、ご本殿で神様にご挨拶をお願いします。こちらへどうぞ」

男性に導かれるがまま参道を進み、石段を上がって拝殿の前まで来た。男性は久志彦に、拝殿前の中央に進むように手で示して、自分は少し下がって軽く頭を下げている。


久志彦が二拝二拍手一拝の作法で拝礼すると、

「禁足地の山に入るお許しが出ておりますので、まずはお着替えください」

そういって、白装束を手渡された。久志彦は大神神社で経験しているので、素直にしたがって社務所で着替えた。


男性に案内されて、山道を登っていく。道らしきものはあるが、禁足地のため整備されておらず、草が伸びて道を塞ぎ地面には落ち葉が積もっている。目の前の男性は、足を取られることなく軽やかに歩いている。


山の中腹辺りまでくると大きな磐座があり、そこから急な斜面を登って山頂に着いた。山頂付近にもいくつかの磐座があり、その一つに座り、瞑想するように指示された。


その男性が聞いたことがない祝詞を唱え始めると、風が巻き起こり体が熱くなっていくのを感じた。三輪山のときと同じように、目を閉じた状態で、いくつかの映像が脳裏に現れた。それらの映像が『ウツワ(器)』として久志彦が受け継ぐものであると理解した。


どれくらいの時間が経ったのか、一瞬だったのかもしれないが、映像が消え周囲が静かになった。目を開けると、来たときと何も変わらない山頂の風景が広がっていた。男性とともに下山して、神社に戻ってきた。


「これから、出雲大神宮に行かれますよね?」

久志彦が「はい」と返事すると

「連絡しておきますので、社務所で名前をお伝えください」

「ありがとうございます」そういって、久志彦は鳥居をくぐって神社を出た。


久志彦が男性の名前を聞き忘れたことに気づいて振り返ったが、もう男性の姿はなかった。ひょっとすると、神様に案内してもらったのかもしれない。



出雲大神宮は京都府亀岡市にある丹波国の一之宮だ。ご祭神として大国主命(おおくにぬしのみこと)と三穂津姫命(みほつひめのみこと)が夫婦で祀られている。本殿の北にある御神体山の御影山に国常立尊(くにのとこたちのみこと)が祀られている。


久志彦が社務所で名前を告げて、御影山に参拝したいと伝えると、初老の神職の方が案内してくれることになった。今回は確実に生身の人間だと思う。


整備された歩きやすい山道を進んでいくと、大きな磐座が目の前に現れた。磐座の前は木陰になっていたが、なぜかスポットライトのように日が射している場所があった。久志彦は誘われるように、そこに立って拝礼した。


顔を上げて大きく深呼吸すると、みぞおち辺りが熱くなった。それは久志彦の体に現れた『モトアケ図』の中心部、クニトコタチを表す「アウワ」に当たる部分である。その熱さは御影山からのエネルギーで、体が後ろに押されるような強さがあり、倒れそうになった。


両足でしっかり踏ん張ってエネルギーを受け止めていると、徐々に押される力が弱くなり、熱さも和らいでいった。そして、体の真ん中にエネルギーが収まったような感覚があった。これですべての試練が終わったのだと久志彦は確信した。


案内してくれた神職の方に礼をいうと、

「神様からメッセージを受け取りましたので、お伝えします。

『よくぞ、試練を成し遂げられた。しかし、身内のことで、まだ解決すべき問題がある。気を抜くでないぞ』とのことです」と平然とした顔でいわれた。


突然のことで、久志彦は何と返事すればいいのか、わからずにいた。神職の方は、「それでは、私はこれで失礼します」といって、先に下山してしまった。


取り残された久志彦は、神様からのメッセージについて考えてみた。しかし、身内と呼べる存在は姉のミホコしかいないので、何が問題なのか全く見当がつかなかった。


その夜、久志彦は姉のミホコに電話をして、試練を終えてモトアケ図がすべて消えたことを報告した。ミホコは安心した様子で、自分のことのように喜んでくれた。お互いに、姉弟であることを少しずつ受け入れて、絆(きずな)が芽生えているような気がする。


しばらく話した後、ミホコが改まった声で「実は、話しておくべきことがあるの。電話では話せないから、大学に来て欲しい」といわれた。久志彦は、まだ自分が知らないことがあるのかと怖くなった。

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陶邑家当主の知られざる過酷な試練 @tataneko

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