第14話 住吉家との関係

久志彦は指定された時間に住吉ミホコの実家を訪れた。住吉ミホコと住吉社長の住まいは、大阪市内では高級住宅街とされる帝塚山にあった。大きな屋敷で、手入れされた美しい庭の奥に立派な日本家屋が建っている。


庭を一望できる広々とした和室に通され、しばらく待つようにいわれた。久志彦は、お手伝いさんがいる家に初めて来たので、それだけで緊張した。


和室には見るからに高そうな、大きな一枚板の座卓が部屋の中央にあり、分厚いふかふかの座布団が置いてある。自分が客として招かれたのか、社員として呼ばれただけなのか判断できなかったので、久志彦は座布団を使わず畳に正座をして、二人が現れるのを待った。


先に現れたのは、ミホコだった。昨夜、社長と、どんな話をしたのか、その表情から読み取ることはできなかった。ミホコは、久志彦に「いらっしゃい」と、やさしく声をかけて、すぐに部屋を出て行った。


遠くの方で、ミホコが社長を急かすような声が聞こえて、その後、二人は一緒に部屋に入ってきた。社長は、すぐに上座に座った。背広のイメージしかない社長が、修行僧のような作務衣(さむえ)を着ていたのは意外だった。ミホコは、どこに座るか少し迷っていたが、下座の久志彦と少し離れて並んで座った。


「陶邑君、休みの日にすまないね。足を楽にして、座布団も使ってくれよ」社長にそういわれても、緊張している久志彦は正座のままだった。ミホコに座布団を勧められて、ようやく楽な姿勢で座り直した。


「和仁彦(わにひこ)さんが亡くなったばかりなのに、タネコさんも突然のことで大変だったね。これから苦労することもあるだろうけど、困ったことがあれば、私を父親だと思って相談しなさい」じいちゃんとばあちゃんの名前を知ってくれていることや、社長の温かみのある言葉は久志彦の心の救いになった。


「私も若い頃は苦労ばかりでね、会社を立ち上げたときも大変だったよ」と思い出を語ろうとする社長を見て、ミホコが軽く咳払いをした。社長は話すのを止めて、ばつの悪そうな顔をすると、「すまん、すまん」とミホコに謝った。会社では厳しい社長でも娘には弱いようだ。


社長はお茶を一口飲んで仕切り直すと、「ミホコの話だったな。陶邑君も見たそうだが、ミホコの背中のヲシテ文字には私も驚いたよ。ミホコから君たちが結婚する運命にあると相談を受けたのだが、結論からいうと君たちの結婚を認めるわけにはいかないんだ」


「それは私が後継者の器ではない、ということでしょうか?」久志彦は頭ごなしに否定されて、自分自身も否定されたような気持ちになった。


「いや、そういうことではない。私のいい方がまずかったな。君たちは結婚できないんだよ」久志彦はすぐにはその意味を理解できず、黙り込んでしまった。


「タネコさんとの約束で、黙っていて悪かったんだが、実は陶邑君とミホコは双子の姉弟(きょうだい)なんだよ」久志彦は言葉を失った。まったく予想していなかったことに、頭の中が真っ白になった。


久志彦の様子を黙って見守っていたミホコが口を開いた。「昨日、父から聞いて、私もとても驚いたわ。私たちは共通点が多いって話したことがあるけど、一卵性双生児だからなのよ。三歳になる前までは、堺の陶邑で一緒に暮らしていたそうよ。私はまったく憶えてないけどね」


「僕たちが双子なら同い年のはずですよね? 僕は一年遅れで、この春から大学四年生だから、住吉さんがこの春に大学卒業ならわかりますけど、すでに助手として働いているのは、なぜですか?」


「私たち、同い年だけど、学年が違うのよ。かなり、レアケースだけどね。陶邑君の誕生日はいつ?」

「四月二日です」

「そうよね。私の誕生日は四月一日。私たちは、真夜中の日付が変わる前後に生まれたのよ。その通りに出生届を提出したみたいで、私たちは誕生日が一日違うのよ。この、たった一日の違いで学年が違ってしまったの。誕生日が一月一日から四月一日までの人は早生まれで前年生まれと同学年になるから、私は陶邑君より一学年上になったのよ」ミホコの説明を聞いて久志彦は納得したが、すぐには受け入れられなかった。


「ミホコを養子として迎えてから、もう二十年が経った。火事でお母さんのタケコさんが亡くなって、家も失ってしまった和仁彦さんに私がお願いしたんだよ。私には子どもがいなかったからね。タネコさんも、引っ越して見知らぬ土地で二人を育てていくことに、かなり不安を感じていたみたいで了承してくれたが、二人には秘密にするというのが条件だった」


久志彦は、じいちゃんの紹介で入った会社の社長から、自分の幼い頃の話を聞くことになって戸惑っていた。

「母が亡くなったときのことも、ご存知ですか?」


「和仁彦さんから聞いた話では、君たち二人を抱きかかえたまま亡くなったようだね。君たちは、お母さんが命懸けで守り抜いた命なんだよ」

久志彦が記憶している火事の映像にはミホコの姿はなかったが、母に抱きかかえられていたとき、となりにはミホコがいたのだ。


久志彦は社長が嘘をついているとは思わなかったが、すべてを信じていいものかどうか迷いがあった。ばあちゃんからこの話を聞いていたら、素直に信じていたと思う。陶邑家の「知らん方が幸せなこともある」という秘密主義のせいで、久志彦は自分の過去について知らないことが多過ぎる。


「さて、ミホコの背中にあるヲシテ文字のことだ。住吉家に養子として迎えたことで陶邑家とは縁が切れたと思っていたんだが、ミホコはタネコさんの後継者に選ばれたのかね?」


「祖母の話では、陶邑家当主の妻に受け継がれるということでした。僕はまだ独身なので、血縁者のミホコさんに受け継がれたのかもしれません。祖母の葬式にも参列してくれましたから」


「ということは私に娘ができたら、その子にも受け継がれるってことなの?」

ミホコが不安そうに聞いてきた。


「そうかもしれないけど、僕にはわからないよ」

久志彦には答えようがなかった。


「アワウタを書けるようになっても背中のヲシテ文字は消えないし、娘ができたら受け継がれるかもしれないし、不安なことばかりね。それに、このままでは温泉や銭湯にも入れないわね」


ミホコの不安な気持ちはよく理解できたが、久志彦も自分のことで心の余裕がなかった。神様からのメッセージの「己を知る」ことはできたが、心の整理が追いついていなかった。

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