しゃべらないでって言ったのに!
かきはらともえ
しゃべらないでって言ったのに!
これは僕が少年だった頃の話だ。小学生の頃と言えるだろう。今の自分でも言うのは恥ずかしいが、年相応に恋なんてものをしていた。大人になってくるとどうにも感覚は違うものだけれど、それでもまあ、好きな女の子がいたのだ。
美人とかかわいいとか、そういうのではなくて、なんだか目で追いかけちゃうような女の子だ。いったいどうしたのかわからないが、ある日その子と遊んだことがある。どういう流れがあったのか憶えていないが、子供というのは大人ほどに理屈っぽくない。きっと自然な流れでそういうふうになったのだろう。学校と僕の家のあいだくらいにある公園で遊んだ。桜の木とか、金魚の泳いでいる噴水がある公園だった。
「わたしね、誰にも言っていない将来の夢があるんだ」――とかなんとか。
そういうことを言っていた気がする。そのときの僕は嬉しかった。今になってからわかる。秘密を共有してくれたというのが嬉しかったのだ。誰にも言っていないことを僕に言ってくれたというのが嬉しかったのだ。
僕はうっかりとその話を友達にしてしまったのだ。その子の「将来の夢」を言いふらしてしまったのだ。「僕は特別だ」と自慢したくなったのだ。これがいけなかった。僕にとって「将来の夢」はそんなに胸に秘めておくようなものではなかったから、何とも思っていなかった。
これがその女の子の逆鱗に触れることになった。別に大人しいってわけじゃない、物静かってわけじゃない、怒らないってわけじゃない。年齢相応に大きく口を開けて笑う子だったし、友達といれば騒いでいて、ドッジボールで負けたときに怒るような普通の子だった。
だけど、そのときは怒るなんてものじゃなかった。
金切り声で叫んで、嗚咽混じりに泣いて、僕に物を投げてきた。教科書でも筆箱でも、学級図書にあるハードカバーの本でも文庫本でも、教室で飼っていた生き物の餌でも、めちゃくちゃになった。
「しゃべらないでって言ったのに!」
その絶叫だけは今も鮮明に思い出せる。それからの一年間、というか五年生、六年生、中学校の三年間と一緒の学校だったけれど、仲が悪かった。僕もそんなふうに物を投げつけられて怒鳴られて反抗した。あの子が僕のことを嫌いになったように、僕もあの子のことを嫌いになってしまったのだ。
どうして今になってあの子のことを今更になって思い出したのかと言えば、まあ、友達経由で話を聞いたのだった。あのときに聞いていた「将来の夢」だったかどうかわからないけれど、就職をして、そこで知り合った方と結婚をして子供を授かったのだという。
話さなければよかったことを話したばかりに、好きだった気持ちは離れてしまって、いがみ合っていた頃のようなこともなく、本当に遠くに行ってしまったのだと感じた。彼女の人生から僕という存在は何でもないものになってしまったのだと、そう思った。
しゃべらないでって言ったのに! かきはらともえ @rakud
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