第21話 金星の時間軸と反転の時計

 広間に、大きな虎が5頭、ラインダンスのように、不自然な歩き方で入ってくると、足を猫足の家具のように固めた。そして虎の皮の豪華ごうかなベッドになったのだ。


「君はポケットの中に、不思議ふしぎかぎを持っているね」と、ハデスが、りおに声をかけた。

「それを使うには、朝の陽ざしが必要だ。今日は、ここでゆっくり休みなさい。一番どりが鳴き、二番、三番鳥が鳴くと、それを合図あいずに、お箸虫はしむし鍵穴かぎあなへ向かう。寝坊ねぼうしないで、ちゃんと後を追うんだよ」

「はい、ハデス」

 ハデスは、美しく、きらきら光るモザイクのマントを、いったん開いて閉じなおすと、軽くお辞儀じぎをして消えた。


 5人は、並んでベッドに腰掛こしかける。

 ガラスの宮殿は、どこまでも透明とうめいで、ニュクスの星空は、おどろくほど美しかった。

 ひなのは、ずいぶんつかれた顔をしている。まだ、たましいをどこかに手放てばなしているようだ。

 りおは、ひなののベッドに向かうと、となりに座った。

 ニュクスの空に、ひときわかがやく星がみえる。

「あの星、綺麗きれいでしょ?金星よ。知ってる?金星は、地球の双子星ふたごぼしと呼ばれてるの」

 ひなのは、星空を見上げて「綺麗すぎる」と言って涙した。

 りおは、ひなのの背中をさすりながら続ける。

「しかもね、自転じてんは地球と逆向き《ぎゃくむ》なんだって」

「逆?」

「自転が逆だなんてさ、時間の流れも、逆に流れているように感じない?金星は、未来から過去に進んでるの」

逆向ぎゃくむきの双子の星?」

「ちなみにね、金星の一日は、地球の250日に相当して、1年は225日に相当するんだって。1年より1日の方が長いって、奇妙きみょうよね」

「ほんと…地球が300年たっても、金星では1年も過ぎてないのね」

「生とか死とか、時間の流れとか、よくわからないけど、どこかの時間軸じかんじくの中に、その人はいるんだって思うの。金星の時間軸の中でなら、お父さんもおばあちゃんも、今もまだ生きている」

「今も、まだ生きている。あそこで」


 きゅるるるるる、と、ひなののお腹が鳴った。

 ふたりはクスっと笑い合った。

「お腹減なかへったね」と、りおが声をかける。

「うん、リンゴがあるわ」

「持ってきた分、食べちゃおうか」

「一番おいしいやつだみ」と、突然みーくんが話に加わってくる。

 皆がひなのの元に集まり、床に車座くるまざに座った。

「食べよう」と、ゆたぽんが言った。

「ああ、明日は早いんだろ?」と、レヴァンがこたえた。

 皆のリンゴを、玉手亀たまてがめが不思議そうに、首を長く伸ばして見ている。

 ゆたぽんが、玉手亀にリンゴを差し出すと、カプリとかじった。

「おいしいだろ?」

 玉手亀は、うんうんと大きく首を動かして見せた。


「ひなののリンゴは何味なの?」と、りおが聞くと、ひなのは、「クッキーよ。小さい頃、おばあちゃんが良く焼いてくれたの」と、答えた。


 りおは、れんれんにダイキライと言われた時の、そのきっかけの会話を思い出す。

「昨日、お母さんと一緒いっしょにクッキーを焼いたの。うちのお母さんのクッキーは、世界一美味しいんだよ」と、りおは可愛かわいくラッピングされたクッキーを、れんれんに差し出したのだ。

「私、りおちゃんってダイキライ」


 りおは、大きくため息をついた。

「どうしたの?」

「うううん、明日、かがみに聞けば分かることだから」

「鏡よ鏡?それは、なになにですって、教えてくれるの?」

「そう」

 鏡にたずね続けた白雪姫の継母まあmははと自分がかさなる。そのことだけを必死に訊ねるのだ。少しでも気にいる言葉が返ってくるまで、何度も何度も鏡に訊ねる…。

 それを知ってどうなるのだろう。れんれんに「もういいよ」と言ってもらえるのだろうか。もし言ってもらえなかったら?「それはどうして?」と、毎日鏡に聞きたくなるんじゃないか。りおは、少し不安になっていた。


「いよいよ明日だみね。りおちゃん」

 りおの気持ちを知ってか知らずか、みーくんが長い旅の終わりを告げる。

「レヴァンも、やっとクリスタルレインに会えるみよ」

「んー」

「どうしたの?レヴァン」と、りおが言った。

「男になりたいって、ずっと思ってたけど、本当にシルフィードを捨てていいのか、正直迷ってる。風が好きなんだ」

「クリスタルの海には、メロウもいるよ」と、ひなのが言った。

「うん。メロウを見てもそう思ったんだよ。浦島太郎さんは、玉手箱のフタを、自分で開けるって決めたんだろ?だがら俺も、そのフタを開けるか開けないかは、ちゃんと決めたいんだ」

「そっか」

 そう言うと、りおは、クリスタルレインのうろこで出来た腕輪うでわを外した。

「私の旅は終わったから、これ、レヴァンにあげる。やっぱり行こうって思った時、これを使って」

「いいのか?」

「うん、レヴァンにあげたいの。一緒に旅してくれたことのお礼」

「ありがとう」

 レヴァンは、鱗の腕輪を左腕にはめた。

「俺、納得なっとくのいくまで考えて、ちゃんと決めるよ」


 何やら、ひなのがにらんでいる。

「話しは落ち着いた感満載かんまんさいだけど、旅は終わったって、どうやったら帰れるか分かってる?」

 すると、玉手亀が、右‼右!と首を振るのだ。そして、かざだなの前まで歩み寄ると、首を長く伸ばすのだった。

 りおが、飾り棚の所まで行くと、「これ?」と言って時計を指さした。

 玉手亀は、うんうんとうなずく。

「これで、帰れるの?」

 玉手亀は「うん」とうなずいた。

 皆が時計の周りに集まる。

 ひなのが「これでどうやって帰るの?」と聞いた。

 玉手亀は、首を3回時計回りに回して、今度は反時計回りに3回戻す。

 りおは、時計の針をじっと見てから、「時計の針を3回戻せば、元の場所に戻れるってこと?」と、言った。

 玉手亀は、手足をばたつかせてうんうんうんうんと、うなずいて見せる。

 みなは顔を見合わせて、よしっと笑った。


 全ては、ととのったのだ。

 明日、鏡にれんれんのことをたずねたら、その答えを持って、元の世界に帰ろう。


 りおはしゃがんで玉手亀の頭を撫でた。

「乙姫様、おそれ、かなしみ、くるしみで出来できたましいでも、私たち、手放てばなしません」





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