第22話 宇宙に続く冷蔵庫

 こけこっこー

「えっ?やばい、一番鳥?いつの間に寝ちゃったんだろう」

 りおは、がばっと起き上がった。

 虎のベッドがゆらゆられている。

「皆!起きて」

 猫足の家具の足は虎の足に戻った。


 こけこっこー

「二番鳥よ!」

 虎のマットレスが、トランポリンのようにぽよんぽよんし始める。

 皆がさすがに目を覚ました。

「おはよう、りおちゃん、これ、止らないのかな?」と、ゆたぽんが、あちゃこちゃ飛び上がりながら言った時、虎はすっかり虎に戻った。みなが、すべり台をりるように、するんと滑り落ちてしまう。


 虎がラインダンスを始めた。一列になって順に広間を出て行く。どこに行くのかと見ていると、出るなり順番じゅんばんに消えて行くのだった。


 こけこっこー

「三番鳥だ」

 ハデスの言った通り、ポケットのお箸虫はしむしあばれ出した。りおは、お箸虫をはなつ。床につくなり、お箸虫は、しゃくとり虫のように動き始めた。

 動きは存外早ぞんがいはやい。見失わないように後を追う。

 宙に浮いている広間の端までくると、お箸虫は、くるんと裏側うらがわに回り込んだ。

 皆は一瞬いっしゅん、え?と、顔を見合わせた。お箸虫は、おなかを見せながら相変あいかわらずしゃく取っている。はしまでくると、またくるんと表に回ってしゃく取り始めた。


「えっと、進んでるようには見えないけど」と、ひなのが言った。

「まあまあ、長い目で見てあげるとどうだろう」と、りおは答えた。

 だが、その動作は3周目に入る。

「これは、だまされたわね」と、ひなのが言う。

 りおが、いい加減かげんつかまえて、リスタートさせようと、お箸虫に近付いた時だ。

 辺りがいきなり、洞窟どうくつに変わった。


「また洞窟だ!」と、ゆたぽんがかけぶ。

「どこだみ、ここは」

「これ、きっと食糧庫しょくりょうこの近くよ」と、りおが言った。

 目の前をお箸虫が進んでいる。

「行こう」と、レヴァンがお箸虫の行く道を指さした。

 食糧庫の近くまで来た時、通路に光がれていることに一同がおどろく。

「なんだろう?」

 中をのぞくと、冷蔵庫れいぞうことびらが開いている。

「宇宙だわ」と、りおが言った。

「宇宙?」と、ひなのが返す。

「冷蔵庫の中は、宇宙なの」

「宇宙?金星の…?」

 ひなのが立ち止まる。

「ひなの?」

 そして、食糧庫へ入っていこうとするのだ。

 ひなのは、振り返りざま「りおたちは、お箸虫を追って」と、言った。

「だめよ、ひなの。嫌な予感がする」

「大丈夫よ!はやく行って。お箸虫を見失うよ」


 りおは、後ろ髪をひかれながらも、お箸虫を追った。

 気になって、何度も振り返ってしまう。

 食糧庫からもれる、強い光が、静かに消える。

 りおは、思わず立ち止まった。

「宇宙に、行ったんだわ」


『お前も来るか?扉を開けて待っていてやるぞ』


 りおは、ハッと息を呑んだ。

わなだ!」

「罠?」

「ハデスが仕掛しかけた最後さいごの罠よ!」

 りおは、お箸虫にると、「魔法小道具の部屋のかぎ!」と、さけんだ。お箸虫は鍵の形になってその場に転がる。りおは、それをつかんで、ポケットに入れると、ひなのの元へ取って返した。


◆◆◆



「金星がこんなに大きく見える」

 冷蔵庫の前に立つひなのの目の前に、金星が広がっている。


「ひなの」と、父の声が聞こえた。

「お父さん?」

「ひなの」

「おばあちゃん?」

 やがて、ひなのの目の前に、大きな笹船ささぶねが止まった。ひなのがそれにの乗ると、笹船は金星に向かって進みだした。

 星の海をかき分けながら、笹船が進む。

 やがて、それは金星の海に着水ちゃくすいした。そして、小さな入り江で止まる。

 金星は雲が低く、それはまるで、天界の世界であった。若い夫婦も、老人も、びっこの少女もそこにいた。


 ひなのの父も、ひなのの祖母そぼもそこにいるのだ。

「お父さん!おばあちゃん!本当に本当に生きていたのね」

 ひなのは、ふたりに駆け寄り、その胸に飛び込んだ。

「おばあちゃん、ごめんね。ごめんね」

「何を言うのひなちゃん。おばあちゃんはね、幸せだったよ。ありがとう、ありがとうって、ずっと思ってたの」

「ほんと?」

「もちろん。それにね、ひなちゃんには幸せでいてほしいの。哀しんだりしてほしくないわ。おばあちゃん、ひなちゃんが笑ってるのが一番好き」

 ひなのは、おばあちゃんを抱きしめた。


「守ってやれなくてごめんよ、ひなの」

「うううん、お父さん」と、ひなのは父を見た。

「ひとりで頑張がんばらなくてもいいんだよ」

「うん、わかってる。もう、わかってるよ」

「そうか。じゃあ、もう行きなさい。仲間が待ってる。ここに長く居てはいけない」

 ひなのは、父を抱きしめた。

「急ぎなさい」

 ひなのが、入り江の笹船に乗り込むと、父が言った。

「決して振り返ってはならない。わかったね」

 ひなのはうなずいた。

 笹船は進む。

 進む。進む。進む。


 宇宙に、扉が開いた。そこから、「ひなのー、ひなのー」と、呼ぶ声が聞こえる。

「りお?まさか、魔法小道具の部屋に行かなかったんじゃないでしょうね」

 すると後ろの方から、「ひなのー、待ってくれ、たのむ、行かないでくれ」という、父の声が聞こえてきた。

「お父さん?どうしたの?振り返ってもいいの?」


「ひなのー!こっちに戻って!急いで!」と、りおが呼ぶ声がする。

「ひなの!お父さんを見捨てないでくれ」

 笹船は、もう扉のはたまで来ていた。


「ひなの。もう二度と会えないのに、お父さんを見捨てるのか(ダメダ、ヒナノ、オトウサンハ…)」

「お父さん!」

 ひなのは、思わず振り返ってしまう。


 笹船はものすごいいきおいで金星に引き戻されてゆく。金星の真ん中に穴のようなものが現れ、中に地獄じごく業火ごうかが見えた。


 引き戻されるすんでで、りおはひなのの手を取っていた。

「無理よ、りお、手をはなして」

 ものすごいスピードで、笹船は地獄に向かって吸い込まれていく。


 りおはギリギリ笹船に乗り込むと、反転の時計を取り出した。笹船はもう。地獄の穴にかっている。

りおは、急いでその針を、反時計回りに三周回した。


 ものすごいスピードだった世界は、急にスローモーションに転じる。りおとひなのを残したまま、情景じょうけいが巻き戻ってゆくのだ。


「りお、かがみたずねなくて良かったの?」

「うん、鏡にたよっても、何もられないってわかったの」

こわくないの?」

「怖くていい。私はれんれんが好き。それ以外のことは分からないのよ。分からない事を解ろうとして苦しいの」


 反転の時計がくだる。かざりの惑星わくせいがちりじりにび去った。

 それと同じように、りおとひなのも、ちりぢりに、離れ始める。


「りお!ありがとう!ありがとう!ありがとう!」


「ひなの!ひなのー!」

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