第13話 雲の上の銀の湖

 細い首とき通る肌を、りおはまじまじと見つめた。

「クリスタルレインから、無理にうばったりしない?」

「しないよ。モリを受け取りに来るものがいたら、渡すのが決まりだからね」

「そうなんだ、わかった。じゃあ、ここから出して」

「出す?」

「そうよ」

「ツタに命令できるのは女王だけだ」


 全員が顔を見合わせた。


「んじゃ、どおおおすんのよ!」と言ったのは、ひなのだった。

 レヴァンは、固まったまま笑っている。


「ツタなんだから、切れないの?」と、りおは葉っぱをつまんでみた。

「このツタは、鋼鉄こうてつよりかたいんだよ」と、レヴァンはため息をつく。


「切れないって?」

 そう言って、ずいっと前に出たのは、ゆたぽんだった。

 ゆたぽんの耳が炎に包まれている。

「え?大丈夫!?ゆたぽん!耳に火がついてるよ」と、りおが叫んだ。

「あれ?これ、熱くないみよ」

 すると、レヴァンが驚愕きょうがくの声をあげる。

「お前、サラマンダーのつかい、炎のさそりじゃないか?」

「お前じゃない、ゆたぽんだ、レヴァン。僕に、切れないものはない!」

 そう言うと、ゆたぽんは、はさみの耳でツタをはさんだ。炎が牢屋ろうやのツタ中を取り巻く。

 青い炎の中で、緑の葉がうごめいていた。だが、えるわけでもれるわけでもない。炎のらぎに合わせて踊っているのだった。


 ゆたぽんが皆の顔を見回して言った。

「切るよ!」

 パチンという音と共に、からみ合っていたツタが鉄筋のように、長くまっすぐに立ち上がった。それは、切っていないツタにまで及んでいた。

 何本ものツタの柱が空高く伸びていく。


 ゆたぽんの耳が、元のぬいぐるみの耳にもどり、ふわんとたれた。

 そして、風が立ち上り始める。

「行こう」

 レヴァンは、風と共に昇った。その後に続いて、皆もふわりと浮き上がっていく。


 上昇気流じょうしょうに乗るように、定めなく、鉄筋のツタの間をぬって、どこまでもどこまでも、昇っていくのだった。


 やがて、雲をつき抜け、お日様の近くまでやってくると、そこには、雲の大地が広がっていた。

 ふわふわとした綿あめの、切りはなした後のようなつのがあちこちに立っている。そこに、小さなかたまり付着ふちゃくしていた。その白いさなぎのようなものが、パチパチと電気を帯びているのだ。


「嵐になるな」と、レヴァンが言った。

「嵐?お日様しかないのに?」

「ここじゃない。地上だ」

「地上?この下ってこと?」とひなのが驚く。

「ほら、羽化うかが始まった」


 白いさなぎが、金色に光り始める。

 割れた場所から、更に強い光をびたものが、ゆっくりと背中から出てきた。

ちょう?」

「ああ、カミナリ蝶だ」

 蝶は、大きくはねを広げると黄色い灯りのように光っている。周りを稲妻いなずまが取り巻いていた。

 羽がきれいにのびると、蝶は次々と雲の中に飛び込む。

 羽を大きく羽ばたかせると、稲妻が次々と地上に落ちた。


 ゴロゴロゴロゴロローン、ゴロロンゴロロンゴーン。


 りおは、雲間くもまからその光ののぞき見ていた。上からカミナリを見たのは、生まれて初めてだった。いや、現実とは違うだろう。カミナリ雲がないのだから。


 ぼこぼこぼこぼこ、ぽこぽこぽこぽこ。


 水のき出る音に、りおは、起き上がった。

 さなぎのからを付けた雲の草が、下手と上手に分かれて寄っていく。その間から、銀色の水が湧きだしてくるのだ。水銀のように、ぷっくりとした湖が出来上がっていた。

 太陽の光を浴びて、それはあまりにも輝いていた。


「すごい」

「ここだよ。かがみの国だ」

「どうやって入るの?」と、りおが聞いた。


「入れない。シルバードラゴンの許可がいる」

「シルバードラゴン?どうやって会いに行けばいいの?」

「会えないんだよ。シルバーニュートをつかまえないと。シルバーニュートの生息地せいそくちはここから随分ずいぶん遠くて、生息地は…シルバーニュート?」

 そこに立っていたはずのみーくんが、てろんとした銀色になっていた。四角い顔は、前にとび出し、確かに銀色のイモリのようだ。

「シルバーニュートじゃないみ。みーくんだみ」

 そう言うと、ずんずん湖に向かって歩いていく。

 湖がみーくんをけるように広がった。

「行こう!シルバードラゴンの所に!」


 球体の水槽すいそうの中に入っているかのように、360度銀色の水の中だった。

 みーくんの進む方向にそれは移動する。

 5人は、目をらして辺りを見ていた。

 銀色の中に、何か動くものがいる。

 それも、銀色らしく、はっきりとした姿が分からない。

 だが、長い。

「シルバードラゴンなの?」と、ゆたぽんが言った。

 それは、ぐるぐると泳ぐのをやめて止まった。

「何を連れてきたのだ、シルバーニュートよ」

「仲間が困ってるみ、鏡の国への入国をみとめてほしいみよ」

「鏡だと!映るという苦しみが、どのようなものか知っているのか」

 そう言われて、りおの胸はきゅんとなるのだった。

 れんれんが、どうしてりおを嫌いになったのか、りおは、その答えを聞きたいような、怖いような気持ちになるのだ。


 その答えが知りたくて、はるばるここまでやってきたのに。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る