第12話 シルフの丘

 れんれんとぼぼちゃんは、学校の裏庭を歩いていた。

 晴れ渡る空に、雨が降ってくる。


「雨?青い空を映して、きらきらうろこみたいね」と、れんれんが言った。

 そばの貯水池ちょすいいけは空を映し、その中に雨が吸い込まれていく。軽い雨はあまり水面をらさなかった。ふたりは、天に昇る生き物のような雨をながめていた。


「今日、学校で、りおちゃん、見かけた?」と、れんれんが言う。

「うううん。早退したらしいよ」

「そう…」

「帰り、お母さんのお見舞いに行くの?」

「うん…」


 ◆◆◆


 ペタンとする、冷たい感覚で、りおは目を覚ました。

 横には、いつのまにか、ゆたぽんが眠っている。


 ペタンと、ゆたぽんの顔に、何かがはり付いて消えた。


 クスクスクスクス


「誰?」

 ぽわんと浮かび上がった、大きな水滴すいてきがしゃべりだした。

「僕たち?朝露あさつゆぼうやだよ」

 そう言うと、べちょんとゆたぽんの上に落ちた。

 ゆたぽんが眠気眼ねむけまなこで起きて来る。

「なあに?りおちゃん、何かあったの?」


 巻き上がっていた葉っぱが開き、「おはよう」と言って、みーくんが起きてきた。

 ひなのが立ち上がると、朝露ぼうやが一気に集まり、りおとみーくん、ゆたぽんを包んだ。

 水の中で息を止めた、おかしな顔のりおを、ひなのが笑った。

 瞬間、大きな昆虫が現れ、りおたちごと朝露をごっくんと飲み込んでしまったのだ。


 驚いたひなのが血相を変える。

「りおー!」

 飛び去る昆虫を、猛スピードでひなのが追う。

 昆虫の口にはさまるように、りおたちは引っかかっていた。


 追うひなのをしり目に、昆虫は真逆にさらわれる。

 昆虫が、怪鳥のくちばしに捕らえられたのだった。

 じたばたともがく昆虫から、りおたちは、はらわれるように飛び出した。

 ひなのが、みーくんをつかまえ、ゆたぽんを引き寄せる。

「りおー!」

「ひなのー!」

 りおは、怪鳥の背中に飛ばされていた。そして、ふわふわ過ぎる羽毛の中にうもれていくのだ。

「りおー!」

 ひなのも仕方なく、怪鳥の羽毛の中に飛び込んだ。

 ふわふわに足をとられながら、りおは必死にみんなを探した。

 緑の羽毛は、足に絡まる草のようにまとわりつく。

 その草が、がさがさと不自然に揺れる箇所があった。

「りおちゃん!」

「みーくん!」

 反対側から、ひなのとゆたぽんも現れた。

「りお~」

「よかった!みんな!」

 四人は、手を取り合って、そのまま、へなへなと座り込んでしまう。


 だが、ほっとしたのも束の間だった。

 つむじ風のようなものがきおこり、髪の毛が、わっとなびいたかと思ったら、め立てるような声が聞こえてきたのだ。


「シルフの丘に立ち入るは何者ぞ!」

 りおたちがおどろいて見上げると、そこには美しい妖精ようせいが浮いていた。

 なで肩の細い首筋、けるような肌に、シフォンのかぜのドレスを着ている。

 背中には小さな羽が生えていた。


「誰?」

「私は、シルフィードの女王、エルフィン。シルフの丘は神聖しんせいである。無断むだんで立ち入るとは何事なにごとぞ」

「シルフの丘って?ここは、大きな鳥の背中でしょう?」

 そう言って、立ち上がったりおは、我が目をうたがう。そこには、どこまでも続く大地が広がっていた。

「どうして?」

 りおが呆然ぼうぜんとしていると、さらに強い口調がひびいた。


「つかまえよ!」

 いつの間に精霊が増えていたのだろう。りおは、突然両腕とつぜんりょううでをとらえらえ、半分宙はんぶんちゅうくように引きづられた。

 みーくんも、ゆたぽんも、ひなのも、同じようにとらえられていく。

「待ってよ!なんなの!どこ連れて行く気!」と、ひなのが叫んだ。

「ひなの!そんなことより影は?」と、りおが大声をあげる。

「大丈夫!この人たち、足を地に着けることないから」

 ひなのの言う通りだった。飛ぶでもなく、足先が着きそうなの、浮いているのだ。

 りおの腕をつかんでいたシルフィードが、小声でささやいた。

「おまえ、クリスタルレインのうろこを持っているのか」

「そうよ」に

「しっ!ここでは、クリスタルレインの加護かごは受けられぬ。あるのがばれる方が危険きけんだ。だまっていろ」

 そのシルフィードは、クリスタルレインの鱗を、かくすように手でおおった。

「あなたは?」

「レヴァンだ」


 りおたちが連れてこられたのは、牢屋場ろうやじょうだった。

 青々としたツタが、自主的に作ったと思われる、生きた牢屋は、たがいにけるように入り口を作る。シルフィードが、順番にりおらを入れ終わると、ツタは移動し、その入り口を閉じた。


「私が、見張りに付こう」

「よろしいの?レヴァン。そのような異形いぎょうの魔法動物にかかわるなんて」

「いいんだ。どうせ私も変わり者だろ?」

「ふふ、私たち、誰もそんなこと申しませんわよ」

 レヴァンは、他のシルフィードが去るのを待って、りおに話しかけた。

「おまえ、俺をクリスタルレインの所に連れていけるか?」

「私たちが行くのは、かがみの国よ。その後で、クリスタルレインの所へもどってもいいけど」

「本当か」

「ええ、お礼も言いたいし。でも、なんでそんなに、クリスタルレインの所に行きたいの?」

「俺は、男になりたいんだ。シルフィードに男はいない。でも、俺は男なんだ。クリスタルレインのモリを手にしたら、男に変われるんだよ。例えシルフィードであってもだ」




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