第11話 生命の木

 ひなのは、ゆっくりと起き上がった。斜めに座った足から、羽毛の体はミニスカートのように広がっている。首から腕、胸にかけて白いうろこおおわれ、羽毛と鱗の境目さかいめがよく分からない。顔はひなのだったが、髪は真っ白なロングヘアだった。背中から、たたまれていたつばさが伸び、思いっきり開いたかと思うと静かに閉じられる。


「ひなの…」

「私、どうしたの?」

「しゃべれるの!?」

 ひなのは、右手で左手の鱗にれた。

「しゃべれるって?…なに?これ」

精霊せいれいになりかけてるみ」

 ひなのは、みーくんを見上げた。

「精霊?ぬいぐるみがしゃべってるし、ふふ、こんなことになってるのに、なんでだろう、心が軽いわ」

「魂がないからみよ」

 りおが、心配そうにひなのを見ている。

「もう、人間に戻れないの?絶対?」


 ポンっという音と共に、また空中に文字が浮かび上がった。


『精霊化した人間の戻し方』


 たましいが、その者の影にとどまっている間に、かがみの国の「影の鏡」に映すこと。

 魂のある影と反転し、人間に戻れる。ただし、その者の影をんではならない。

 魂が影からはなれると、本物の精霊になってしまい、人には戻れない。


 りおは、おどろいてひなのから離れた。

「影?影ってどこ?私、ひなのの影踏かげふまなかった?」

「ここは暗いから大丈夫だみよ」

結局けっきょく私たち、鏡の国に行かないといけないのね」

 ゆらっと、ひなのが立ち上がった。


「りお、なんでそんなに小さいの?」

 りおは、マスクを取った。

「私、今バクなの」

 ひなのは、指を差して、ブホッと吹き出すように、笑った。


「なに、その鼻!似合いすぎる!うけるわー」

 りおは、笑い転げるひなのを、冷めた目で見ていた。

「魂がなくても、人格って変わらないのね」

 ひなのは、足をばたつかせて笑い転げている。


「笑ってる場合?あんた、このままだと魂をなくすわよ」

 ひなのは、笑うのをやめてしゃがみこんだ。

 りおと、目線を合す。

「それは、まずい」

「鏡の国の「影の鏡」に、その姿を映さなきゃ」

「でも、どうやって?」


 とつぜんひなのの頭上に光がさした。

 壁が解けるように空が現れたのだ。


「空?」と、りおがつぶやいた瞬間しゅんかん、足元の床が抜けて、すべてが空になった。

 当然だが、全員が落ちてゆく。


 うわーーーーー!!!!


 ひなのが、大きくつばさを開いた。

 おもむろに三人を抱えると、ひなのは上空高く飛び上がった。


「りお、良かったわね。小さくなってて」

 りおは、ひなのの腕の中で、憮然ぶぜんとしている。

 ひなのは、3つのぬいぐるみを抱えているように、軽々と飛んでいた。


 急にひなのが止まる。

「どうしたの?」

「あそこに木が見える」

 りおは、目をらした。

「ほんとだ。なにこれ、空に木が生えてるの?」

「分からない。ここからだと、枝ぶりしか見えないし」

「行ってみようよ」

 ひなのは、大きく翼をはばたかせる。


 近付くと、その大きな木は確かに宙に浮いていた。

 それは、広く広がる枝と同じぐらい、大きく広がる根を持っていた。

 根には無数のいものようなかたまりたずさえ、枝には色とりどりの花と実をゆうしている。


 ひなのは、網目あみめの大地のような根に降り立った。三人を下ろすと翼を閉じた。

 三人は、網目を通して下をのぞき込む。

 一番下の芋の塊が、はるか下に見えた。

 枝の先の実も、歩いては行けないだろうと思えるほど遠い。


「こんな大きな木、見たことがない」


 花に見えたのは、人だった。花の冠をかぶり、長いおしべが髪の毛のように、天に向かって伸びている。

 花弁かべんじ、その下の子房しぼうが、プックリふくれている者もいた。

 その人のような者は、時々、木に一体化して見えなくなる。擬態ぎたいというやつだろうか。

 完全に実になっているもののなかには、赤子が見えた。時々、り上げるように動くのだ。


「生命の木だみ」

「生命の木?こんな風に子供が生まれて来るの?」


 下にぶら下がっている塊が、順番に落ちてゆく。落ちながら殻をやぶり、赤ちゃんが生まれた。小さな体には、青いうろこが光っている。


 さらさらさらさら。らーららん。川を行くウ、のは、龍人りゅうじんの子。小さなたきとなりて、おおおおりよお。さらさらさらさ。さらさらさらさ。


「まるで、滝を上からながめているようね」


 だんだんと、太陽が、西の空にかたむいてゆく。

 オレンジの空から、金の粉が降り注ぐ。大きな生命の木が、金色に輝いた。時折、枝がね、金の粉がふわりとる。


 やがて、東の空をおおうように、漆黒しっこくのマントが現れた。グリッターのような星を散りばめたドレスが、西の空に向かって暗転あんてんをかける。深い夜が訪れたのだ。


 葉が重なり合って、くるんとくるまり、ふかふかのベッドになって、りおたちを迎えた。

「今日は、ここで休もう」

「また、あしただみ」

「うん」

「おやすみ」

「おやすみ」


 星が瞬いている。風が気持ちいい。つぼみが、開く音が聞こえる。


 ポッ。













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