第10話 半精霊の白い妖精

「あ、木田先生すいません。やっぱり気分が悪くて」

 木田先生は、「開けるわね」と言ってカーテンを開けた。


 りおは、ベッドのはし腰掛こしかけていた。

「あら、ほんと、顔色が悪いわ」

「あの、先生、帰ってもいいですか?」

「ええ、もちろんよ。お母さんに迎えに来てもらう?」

「いえ、大丈夫です」


 りおは、ふわっと立ち上がった。

「りおなさん、何だが、ふわふわしてるけど、本当に大丈夫?」

「はい、大丈夫です」


 いたみのバクのオソレが、りおの後ろえりを持ち上げてんでいた。

 りおは、足先が付くかつかないかの様子で、歩くそぶりを見せながら保健室を出ていく。

 みーくんとゆたぽんは、他のバクにり上げられながら、りおにかくれるように飛んでいた。


 後ろ手に、不思議ふしぎそうな顔をしている木田先生が見える。

 りおは、あわてて保健室の扉を閉めた。


「ねえ、バク、飛ばなくてもよくない?そんなに小さいのに無理しないでよ」

「おいら、オソレだ。おいら、小さくない」

 そう言うと、オソレは校庭に出たとたん、気球のような大きさになって、空高く舞い上がった。

 カナシミとクルシミも同じように飛び上がる。

「ひええええ!高い!高いよ」

「この方が速いだろ?」

「なんで、こんなにいつも飛ぶの?ゆたぽんは、う、うさぎなのに」

「おいら、お前を食べない。安心しろ」


「おい、お前。エレデの所までは、すぐ着くけど、ひなのの所へはむずかしいぞ」

「なんで?」

「エレデには入口も窓もないからな」

「小さな穴が開いてるみよ」

 悼みのバクは、おどろきのあまり、半分近く落ちかけた。


 キャー!!


「やめて、やめてー」と、ゆたぽんが号泣ごうきゅうしている。

 悼みのバクは、再度上空にい上がって言った。


「エ、エレデにか?穴が開いてんのか?」

「本当よ。外につながってたわ」

「兄ちゃん!エレデに入れるのか?まゆが喰えるのか?」

「繭なのか、兄ちゃん!」

「ああ、繭が喰える」

 悼みのバクたちはスピードを上げ、程なくグレーのビルに到着する。

 地上に降り立つと小さな虫のような姿に戻っていた。


「こんな建物が、エレデなの?」

「そうだ。回廊の城エレデだ。うまいうまい繭がたくさん入ってるんだぜ」

「でも、繭を守るために、俺ら悼みのバクは入れないように作ってあるんだ。な、兄ちゃん」

「窓どころか穴一つない鉄壁の結界、のはずなんだぜ」

 みーくんとゆたぽんは小首をかしげて見合った。

「穴はあるみ」

「本当に本当なのか?」

「案内しろ。」

「案内しろ。」

「案内しろ。」

 みーくんは、出てきた場所の景色を覚えていた。任せておけと言わんばかりに胸を張ると言った。

「こっちだみ!」

 いさましそうに歩きながら、みーくんが行く。

 その後を、全員がぞろぞろついて行った。


「あった!穴だ!」


「本当にエレデに穴が開いてるぞ」

「信じられないな、兄ちゃん。」

「エレデの中に入れるぜ、兄ちゃん。」


 りおは、しゃがみこんで穴を見つめた。

「皆は入れるかもしれないけど、りおには無理だよ」

 りおのマスクの下から、長い鼻がニョロんと覗いている。

「お前、祝いのバクだろ?」

 オソレが指を差して言う。

「その鼻、祝いのバクじゃないのか?バクは、サイズを自在に変えられるんだぞ」

「そうだ、兄ちゃんの言うとおりだ。小さくなればいいじゃないか」

「小さく?」

 りおが、そうつぶやいた瞬間しゅんかん、みるみる昆虫こんちゅうの大きさになった。

 りおは不思議そうに自分の体をながめている。

「よし!行こう!」

 悼みのバクは、一斉いっせいに飛び立った。

 りおも一生懸命いっしょうけんめい走ったが、全く追いつかない。

「おいお前!もう少し大きな大きさになれ。祝いのバクに羽はない。おいてかれるぞ」

 りおは、前を行くみーくんを目で追った。そしてそのまま、みーくんと同じ大きさになった。


「兄ちゃん!繭だ!繭がある!」


「オソレ!ひなのの所へ連れて行く約束よ!」

「そうだ、ひなのだ、兄ちゃん」

 悼みのバクは、突進とっしんしていた繭棚まゆだなの直前でUターンする。

「ひなのはこっちだ」

「ひなのを出して!」

「この繭、喰っていいのか?」

「喰っていい!」


 3人は一斉に飛びかかった。

 自分たちの何十倍もあるような繭を、一気に食べ始める。


 しばらくすると、音の一切が消えたような違和感が走った。

 そして、「わっほお!」という声がしたかと思うと、けたたましい警報音が鳴り響いた。壁の光が赤くなっている。


「悼みのバク侵入!悼みのバク侵入!排除します!」

 悼みのバクたちは、入ってきた穴から、一気に吸い出されてしまった。

 バクが出た瞬間、穴も塞がってしまう。


 警報音はなくなり、洞窟の静けさが戻った。

 ゆたぽんが言った。

「穴が消えちゃったよ。唯一ゆいいつの出入口だったのに」

 繭が光っている。

 りおは、おそる恐る繭に近づいてのぞいてみた。バクが食べた場所から、中が見える。

 丸くなって眠っている様子のひなのは、すっかりその姿形すがたかたちを変えていた。

 首から肩にかけて白いうろこおおわれている。顔の皮膚ひふも真っ白で、髪も白く、背中からは白いつばさが生えていた。下半身は白い羽毛うもうに覆われ、かろうじて人の足が二本残っている。


「ひなの!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る