第9話  子供の夢を食べる「悼みのバク」

 ピピピピピピピピ


 りおは、デジタル時計のアラームを止めた。


「え?夢?」

 りおは、飛び起きた。目覚まし時計をわしづかみにする。


 7:50 7月10日(金)の表示。

 いったい、どこからが、夢なの?


「りお~!まだ寝てるの?ちょっと、遅すぎない?遅刻するわよ!」

 お母さんの声だ。

 今朝と全く同じやり取りではないか。


「はーい!今起きまーす!」

 だが、今朝とは明らかに違う。なぜなら、みーくんがいない。

 そして何より、りおの鼻が、だらんと長いのである。

 りおは、大きめのマスクをすることを忘れなかった。


 玄関から家を出ると、遠くにグレーのビルが建っている。

 窓一つもない、のっぺりとしたあの建て物だ。

「あのビルも変わらない」


 学校に着くと、りおはシュレを確認しようと事務室へ急いだ。

「いるわ!生きた犬のシュレッダー!」


 シュレは、書類をワッシャワッシャをかみ砕くと、ごっくんと飲み込んだ。

 後ろのトイレに座ると、ぶぼーっと大きなおならと共に細かくなった紙を排出する。

「間違いない。あの時にはもう、魔法世界に入ってたんだ」

 始業のチャイムが鳴っている。

 ひなのが現れないことはもう分っていた。

 りおは、まっすぐ保健室に向かった。

 悼みのバクに心当たりがあるのだ。


 あの時聞いた声。

「おいしそうだね、兄ちゃん。」

「うん、うまそうだ。」

「食っちまうか?兄ちゃん。」

「そうだな、食っちまおう。」


 あのとき、悼みのバクは、りおのネガティブな夢を食べようとしていたに違いない。

 絶対に捕まえて見せる。


 ◆◆◆


 みーくんは、回廊にできた小さな穴から、やっと頭を抜いた。

 そして肩を抜いて、はい出た先に見覚えがあった。

 りおの家が見える。

 出てきた場所を振り返ると、それはグレーの建物だったのだ。

 穴から、ペラペラのゆたぽんも出てくる。

「ゆたぽんも一緒に行く」

「よし」

 ふたりは、通りかかったおばあさんの買い物カートの中に紛れ込んだ。

 そこから、自転車のかごに乗り移り、軽トラの荷台、誰かのリュックの中と、大冒険の末、やっと花梨小学校にたどり着いた。

 みーくんは、何度も来たことがあるかのように迷うことなく校内に入ってゆく。


「保健室はこっちだみ」

 ゆたぽんはひらひらと揺れて見せた。

「ゆたぽん、そろそろぬいぐるみに戻るみよ。歩かないと不便み」

「りおちゃんがいないと、手とか足とか出ないんだ」

「不便だみなあ」

そう言うと、みーくんはゆたぽんを首に巻いた。


 みーくんは、まるで忍者か探偵のように、抜き足差し足で事務室の前を通り抜ける。

 保健室と書かれたプレートのドアを、少し開けて中を確認した。

 木田先生が、机に座って何か書き物をしているのが見える。

 気づかれないように、みーくんとゆたぽんは足早にベッドの下に滑り込んだ。

「みーくん、悼みのバクはどこにいるの?」

 みーくんは、しっーという仕草をして、

「子供が来ないと現れないんだみ」と答えた。


「失礼します」

 そう言って、入ってきたのは、なんと、りおだった。

 みーくんとゆたぽんは驚きのあまり声を上げそうになる。

「りおちゃんは、どうやって出てきたんだろう?」

「しっ!静かにするみ」


「・・・先生、お腹が痛いので少し休んでいいですか?」

「まあ、大変」


 りおは、ベッドに横になった。

 木田先生は、カーテンを引いて個室を作ってくれている。


 みーくんは、ベッドの下からギシギシときしむ天井を見ていた。

 木田先生が離れるのを待って、小さな声でりおに話しかける。

「りおちゃん、りおちゃん」

 りおは驚いてベッドの下を覗き込んだ。

「みーくん、ゆたぽん」

みーくんは、シーっという仕草でいさめた。

「りおちゃん、どうやってここに?」

「いつのまにか、自分の部屋で寝てたの。みーくんたちは?あの穴から出たの?」

「うん、あそこは、りおちゃんの家の近くだったみ。グレーのビルだった」

「あの?」

 しばらくすると、かさかさという音が聞こえてきた。

「しっ!寝たふりをして、りおちゃん」


「また来たな、兄ちゃん。今日は女の子だぜ」

「また来たな、うまそうな子供だな、兄ちゃん」

「ああ、うまいのが来た」


 悼みのバクは、小さな昆虫ぐらいの大きさだ。

 丸々と太った鼻の長い豚のような形で、背中に小さな羽がついている。


「バクは、耳から人間の中に入るんだみ。入る前に捕まえないといけない。」

 バクが飛んでくる。

「りおちゃん!耳を塞いで!」


 ゆたぽんとみーくんがベッドの上に飛びのった。

 ゆたぽんは、りおちゃんを守ろうと手を伸ばす。ゆたぽんは、あっという間にぬいぐるみに戻っていた。


 そして、悼みのバクに立ちはだかった時だ。


 悼みのバクが「ひえええええええ!」と、声をあげた。


「このこ!クリスタルレインの鱗を持ってるぞ!」

「やばいよやばいよ。連れて行かないと、兄ちゃん」

「これは、連れて行かないといけないよ、兄ちゃん」

「うん、こりゃだめだ。連れて行こう」


「この旅券、こんなところでも使えるのね」

「おい!お前、どこに行くんだ」

「グレーの建物にいる、ひなのの所へ」

「ワシザキヒナノか?」


 りおは、目を丸くした。

「ひなのを知ってるの?」

「よく保健室に来ていた。ひなのの夢は、おいらたちが食べつくした。もう、精霊の繭に入ったはずだ」


「りおなさん?どうなさったの?」

 木田先生の声だ。やばい。


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