第8話 精霊の繭

 ポトンっと、りおの顔にしずくが落ちた。

 りおが、目を覚ますと、辺りは真っ暗で、どこにいるのか分からない。

 手を伸ばすと、かべれた。うっすら光る。

 この場所に心当たりがある。

「ここは、元居もとい洞窟どうくつ?」

 ぼんやりと、クリスタルレインのうろこが光った。

 りおは、その明かりを頼りに、辺りを見回してみる。

 みーくんの姿も、ゆたぽんの姿も見えなかった。


「みーくん!ゆたぽん!どこ?」

 返事はすぐに返ってきた。

「りおちゃん?」

 みーくんの声だ。

「みーくん?」

 りおは、声の方にむかった。

「りおちゃん!」

 小さな水色のかげが見える。

「みーくん!」


 ふたりは、かけよって抱き合った。

「よかった!」

 近くで、ゆたぽんがのびているのが見える。

「ゆたぽん、ゆたぽん!しかっりして!」

 りおはゆたぽんを持ち上げた。

 ゆたぽんのまぶたが動く。

「ゆたぽん!」

 ゆっくりと、ゆたぽんの目が開くと、静かに笑った。

「り、おちゃ、ん?」


 りおは、ゆたぽんを抱きしめた。

 ゆたぽんから体とうでが伸びる。ゆたぽんは、ぬいぐるみに戻っていた。

 そして、思いっきりりおちゃんを抱きしめたのだ。

「りおちゃん、りおちゃん、ダイスキ」

「ああ、よかった!ゆたぽん、りおも大好きだよ」


 みーくんが、つんつんつん、と、りおをつついた。

「みーの事、忘れてないみか?」

「ごめんごめん、大好きだよ。みーくんも!」と、りおが言った。

 三人は、ちょっと笑った。


 それからりおは、壁をトントン、とたたいてみせた。

 壁から、ふわっふわっと光が広がる。


「ねえ、ここって…」

 そう言って、りおが改めて壁に触ると、壁はっすらと光を放っていた。

「うん、そうだみよ。回廊かいろうの城エレデの牢屋ろうやに戻ったんだみ」

「また、ふりだしってこと?」

「だけど、元居たところとは微妙びみょうに違うよ。僕たちは、どこかに進んだんだ」


 りおは、光る鱗のブレスレットを高くかかげてみた。

 向こうに、楕円だえんのマークのプレートがあるのが見える。

「あそこに行ってみるみ」

 みーくんのけ声とともに、三人は歩き出した。

「なんの部屋かなあ」と、りおがつぶやく。

「あのプレートは、出口って意味かもしれないよ。」と、ゆたぽんが言う。

「出口だったら、どんなにいいか」と、りおがつぶやく。

「とりあえず、入ってみるみよ」


 みーくんに続いて、りおが入って行く。ゆたぽんは、首だけ突っ込んで、辺りを見回していた。

 その部屋は、かなりの広さがある。

 天井がものすごく高い。

 壁がまるで内蔵ないぞうのようで、赤い肉のようなものが、ぶよぶよと動いていた。

「ちょっと気持ちの悪い部屋だよ。入って大丈夫?」と、ゆたぽんが不安げだ。

 ふたりは、聞いているのかいないのか、どんどん奥へ入ってゆく。

 ゆたぽんは、仕方なく、け足で二人の後を追った。


 はちの巣のように、正六角形に仕切られたたなが、天井にまでそびえたっている。

 その中に、人が入れるぐらいの、大きな楕円のまゆまっていた。


 その繭は、柔らかくて、まるでマシュマロのようだ。

「うわ。ふわふわ。気持ちいい。」

 りおは、繭にほほを寄せてみた。

「なんだ、楕円は出口という意味じゃなくて、この繭の形だったんだね。」


 みーくんは怪しんで繭を観察かんさつしていた。

 りおは、繭に深く寄り掛かって目を閉じた。


「りおちゃん、眠っちゃダメ。」

 クッションの中から声がする。

 聞き覚えのある声だ。

「え?」

 目をらしてみると、網目あみめのように張りめぐらされた糸の中に、人が見える。

 りおは、飛びのいた。

 そして叫んだ。

「ひなの!」

 声に驚いて、みーくんとゆたぽんがやってきた。

「ひなのって、りおちゃんのお友達のみか?」

「そうよ、繭の中!見えないの?」

「見えない。白い繭にしか見えないみ。でもここに人がいるなら、もしかしたらこれ、精霊の繭かもしれないみ。」

「精霊の繭?」

「恐れや、哀しみ、苦しみを抱えると、たましいが傷ついて体から離れようとするんだみ。そしたら、繭の中に入れられて、魂のない者、つまり、精霊になるんだみよ」

「精霊?魂がなくなるの?そんな、だめよ!」


 ポンっと、また空中に文字が浮かび上がった。


『精霊の繭からの救出方法』


 精霊の繭は、決して破ることができない。

 ただし、繭を捕食ほしょくする生物が存在する。「いたみのバク」がそれである。

「悼みのバク」は3兄弟で行動を共にしている。

 長男が「おそれ」次男が「かなしみ」三男が「くるしみ」という。

 見分ける方法は、二人から兄ちゃんと呼ばれているのが長男。一人から兄ちゃんと呼ばれているのが次男。呼ばれないのが三男である。

 悼みのバクは、人のネガティブな夢を食べて生息している。特に子供の夢が好物である。

 精霊の繭は、子供のネガティブな夢の10倍栄養価が高い。

 主な生息地は、学校の保健室。


 繭化まゆかした者は24時間で魚になり、その後、鳥を経て、精霊となる。皮膚が鱗化する前に助け出さなければ人間には戻れない。


 そう読み上げ終わると、文字は、バラバラになって消えた。


「ああ!ひなの!」

 急がなければならない。

「学校の保健室って、どうやって行けばいいの?」

 その時、目の前の壁に小さな穴が開いた。

 さっと、一筋の光が、洞窟の中に差し込む。

 それは、みーくんがぎりぎり通れるような穴だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る