第14話 シルバードラゴンと哀しみのメロウ


 シルバードラゴンは、大きく体をくゆらせた。

かがみに、何がうつるかこわくはないのか?」

 そう言われて、りおは、思わず顔をそむける。

 今度は、ひなのの方に回り込んで続けた。

たましいがなくなったおかげなんだぞ。そんなに心がかるいのは。本当にもどりたいのか?」

 ひなのは、だまった。


 シルバードラゴンは、再び、りおをにらむように言う。

「鏡を見たら、見る前には戻れないぞ。いいのか?本当に?」

 りおの目が泳ぐ。


 球体の底にもぐりこむと、次に、ひなのを見上げるように言うのだ。

「人間の中では変わり者、だが、この世界では、お前は美しい娘だ。ここで生きて、楽しかったのではないのか?」


 それから、シルバードラゴンは、立ち上がるように、伸びあがって言った。

 堂々どうどうと。


「鏡の国への入国は、許可できない」


 急に景色が怒りに変わった。

 湖は大荒れにあれていく。

 水槽すいそうのような球体は、波間に翻弄ほんろうされた。

 荒れる波にえながら、りおは、胸のとげが、いつまでも消えない事を思った。


 勇気がないからなんだ。


「ダイキライ」

 友達にきらわれた。


 りおが、何をしたの?

 りおは、嫌われるような子なの?

 嫌われっ子の、りお。

 こわいよ。こわいよ。


 そうだ。勇気だったんだ。

 嫌われている自分をさらすのは、こわい。

 嫌われている自分をみとめるのが、こわい。

 だけど、だけど。


 勇気がないのはイヤ!


 りおはさけんだ。

「鏡の国の王様!お願いです!私を、私たちを、鏡の国へ入れてください!私、げません!ちゃんと見たいんです!」


 ひなのも続けた。

たましいが、どんなに重くてもいい!変な人でかまわない!つらさが魔法まほうのように消えるなんて、そんなのおかしい!どんなに大変でも、私の面倒めんどうは、私が見るの!」


 突然とつぜんの、どん!という衝撃しょうげきに、みんながしりもちをついた。

 銀色の湖が外側に向かってせり上がってゆく。


 遠くに、シルバードラゴンのうめく声が聞こえた。

「やめよ、やめよ、鏡の国の王よ。王国のとびらを開けてはならぬ」


 どこからか、別の声がひびく。

「お前がこわいだけなのだろう。シルバードラゴン」

 その声を合図に、銀色の水が、ぼこぼこと泡立あわだち始めた。

 すると、すりばちのように、水が周りにセリたってゆく。遠く遠くはなれると、山のようにかたまった。それはまるで、遠くに銀色の山々が広がっているようである。水がすっかりけた後には、鏡だらけの大国たいこくが広がっていた。


 りおたちは、あっけにとられている。

 にわかには理解りかいしがたい。りおが、右を向くと、ほうけた顔の、長いはなをした自分がうつっていた。

「鏡の城門じょうもん?」

 おくに、ガラスの宮殿きゅうでんが見える。

 城門はったつくりで、鏡がななめめやアーチにかたどられ、素晴すばらしく大きかった。いや、りおが小さいだけなのかもしれない。


 目の前には、城に続くまっすぐな道が伸びていた。

 道の両サイドには、鏡をギザギザに設置せっちした垣根かきねがある。


「ここが鏡の国なのね」と、ひなのがつぶやいた。

 みーくんの周りにあった透明とうめいも、もうない。

 みーくんの四角かった顔は、元のちょっと情けない丸顔に戻った。トカゲの力を失ったのだろう。


 不思議ふしぎなことに、いるはずのシルバードラゴンがいない。

 目の前にいたのは、ぶよぶよの長い体を持つ、上半身じょうはんしんが人間で、下半身かはんしんがウミヘビの女だった。一点を見つめたまま動かない。


 無数の鏡が、その女の姿を映していた。

「ああああああああああ! やめて、やめて、映さないで!映さないでえ!」

 ウミヘビの女は、くるったようにまどった。逃げても逃げても、鏡だらけの大国には、彼女の姿を映さない場所はない。

「ああ、銀色の湖にさえいれば、シルバードラゴンでいられたのに。みにくい。こんなにも醜い。あれが、私なの」


 顔をおおかくす女に、レヴァンがやさしく声をかける。

「君は、綺麗きれいだよ。綺麗だ」

馬鹿ばかにしないで!」

「本当だよ。綺麗だ。こんなゆたかなかみを見たことがない。シルバーブラックだね」

 女は、おそるおそる手をずらして、レヴァンを見た。見るなり大きく息をい上げて、ハアっと息をく。

「ああ、シルフィード、何て美しい。」

「俺も、今、君を見てそう思ったよ。何て美しい」

「あなたは、この世で一番美しいと言われるシルフィードでしょう?私は醜いウミヘビなのよ」

「ウミヘビが醜いなんて誰が決めたの?それに俺は、この形がいいなんて思ってないよ。俺は男になりたいんだ」

「あなたは、男の形になりたいの?」

 レヴァンは、にわかに真顔まがおになった。

「いや、そうだな。シルフィードに男の形はない。男の形になると、シルフィードでなくなるということなのか」

 女は、顔を覆っていた両手をはずす。

「どうしたの?大丈夫だいじょうぶ?」

 レヴァンは、にっこり笑って言った。

「ありがとう。君の名は?」

「メロウ」

「ありがとう、メロウ。俺はレヴァンだ」

 メロウは、いつの間にか微笑ほほえんでいた。

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