第2話 シュレッダー犬の水洗トイレ

「あれは、シュレッダーなの?犬よね」

 だって、犬なんだもの。いや犬でもないような。でも、犬なんだろうな。

 犬は上を向いて、口を大きく四角く開けている。事務員は手慣てなれた様子で、その中に書類を落とす。

 すると、犬がむしゃむしゃと食べ、ごっくんと飲み込んだ。

 頭を下げた犬の後ろに便器が見える。

 そして犬は、おもむろにその便器に腰をかけ、「ぶぼーーーー」という、ものすごいおならとともに、細かくなった紙を排出はいしゅつした。

 あまりの勢いに事務員の髪がはげしくなびく。だが、まったく気にするそぶりもない。

 紙は便器から飛び出しい上がっている。

 だが、その犬が天井からぶら下がっているひもを引いたとたん、水の流れる音と共に、すべての紙がひゅるひゅるひゅると便器に吸い込まれていった。


 りおは、あっけにとらわれていた。

「なんなの?あれ。」


「シュレ、だ~~~でしょ?」

 おどろいて振り向くと、同じクラスの鷲崎わしざきひなのが立っていた。

「シュレッダー?」

 ひなのは、口を四角く開いて「だ~~~」と言い直す。

「まあ、呼びにくいからさ。だいたい、みんな、シュレって呼ぶわね。」

「生きてるの?」

「生きてるに決まってるでしょ?」

「そんなことより、遅刻ちこくなんて珍しいね。」

 りおは、シュレから目が離せない。そのままほうけたように返事を返す。

「遅刻?」

 りおは、我に返ってひなのを振り返った。

 りおは、思い出した。

 ひなのは遅刻の常習犯じょうしゅうはんなのだ。

「まだ、始業じゃないでしょ?」

「だいぶまえに始業のチャイムなってたじゃない。」

 りおは、青ざめた。

「やばい、いそがなきゃ。」

 ひなのは、教室に向かって走ろうとする、りおの手をつかんだ。

「ねえ、いい考えがあるんだけど。」



 りおが連れてこられたのは、保健室だった。

 丁寧ていねい礼儀正れいぎただしく、ひなのがドアをノックする。

「はい、どうぞ。」

 ひなのは、これまた礼儀正しく「失礼します。」と中に入った。

「同じクラスの島りおなさんが、通学途中つうがくとちゅう、おなかが痛いと道に座り込んでいたので、ここまで付きってきました。」


 よくそんなウソが言えると、りおは青ざめた。

「まあ、ひなのさん、ありがとう。」

 そう答えたのは保健の木田先生である。

「りおなさん、大丈夫?」

「・・・はい。」

 りおは、少し気まずかった。

 木田先生は、ひなのに向き直って言った。

「先生が見てるから、もう大丈夫よ。ひなのさんは、教室にもどって。担任の岡林先生には、お伝えしておくわ。」

 ひなのは上手くいったとばかりに微笑ほほえんで、チラとこっちを見て小さくバイバイした。

 なんて調子のいいやつなんだろう。


「どのあたりが痛いの?」

 木田先生はやさしい。

「えっと、みぞおちあたり、かな?でも、だいぶ良くなりました。えへへ。」

 うそをつくとなんだか不自然になる。

「そう、じゃあ、しばらく横になって様子を見ましょうか?」

「は、はい。」

 りおは、ベッドに横になって深く息を吐いた。

 木田先生は、ベッドが個室になるように、カーテンを引いてくれる。

「じゃあ、りおなさん、ゆっくりね。」


 いったい何がどうなっているのだろう。

 生きているシュレッダー?

 ああ、そうか、これは、夢なのだ。

 どこから、夢なのだろう。

 昨日からの夢の中で、夢を見ているのだろうか。本当に変な夢だ。


 昨晩さくばん、眠れなかったからなのか、りおはいつの間にか、うつらうつらしていた。

 突然、フラッシュバックのように、「ダイキライ」と声が聞こえる。

「ああ、どうしよう。胸が苦しい。」


 その時、変な声が聞こえた。

「おいしそうだね、兄ちゃん。」

「うん、うまそうだ。」

「食っちまうか?兄ちゃん。」

「そうだな、食っちまおう。」


「みいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」


      

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