第18話 パンドラの玉手箱

 明かりを辿たどると、やがて楕円だえんのプレートが見えてきた。

「このへん、見覚えがない?」と、りおが言った。

「あるみよ、精霊せいれいまゆの部屋だみ」

 そこには、ひなのが入っていた繭がそのままになっていた。

 美しく光る繭。

 ひなのが繭の前に座る。

「ここにいたんだね、私。」

 りおも、繭の前に座った。

「ひなの、何で繭に入ったの?いたみのバクにかなしい夢を食べつくされて、それでも哀しさが消えないから、繭の中で、たましいを手放すまでになったのでしょう?」

ひなのは顔をしかめる。

「思い出せない。哀しい記憶きおくは失ったらしい。魂は、かげの中で、今は何も感じない」

 ひなのの影が、ウニョウニョと動いた。

「そうなんだ」


「ここにいたのも、随分ずいぶん前のことのようね。実際じっさい、どれぐらいの時間がたってるんだろう」

 りおは、少し顔をゆがめた。

「あのさ、ゆたぽん、前に変な事言ってたでしょ?ここにいたのは1時間ぐらいだって。でも、ゆたぽんを失くしたのは、6年は前だったのよ」

 ゆたぽんが、大きく首をかしげた。

「6年も、絶対たってないよ」

「え?ちょっと待って。6年が1時間って」と、ひなのがあわてて計算を始める。

「一時間が6年でしょ、ニュクスには2回会ってるから、最低48時間ぐらいはたつよね。48×6は、六八48,六四24で?ん?288年?300年近い年月が過ぎてるってこと?冗談じょうだんでしょ?浦島太郎うらしまたろうじゃん!」


「やばいよね」

 とつぜん会話に入ってきたその声は、明らかに誰でもなかった。

 りおたちは、声のする方にり返る。

「やばいやばい」

 そこにいたのは、かめだった。

 亀が二本脚にほんあしで立っている。

「なに?だれ?」


「私、『浦島太郎』の亀でございます。童話図書館どうわとしょかん不安定ふあんていさが解消かいしょうされると聞きまして、今でないとお会いできないとさんじました」

「へ?」と、りおたちは素っ頓狂すっとんきょうに答えた。

「えー、乙姫様おとひめさまから、パンドラの玉手箱たまてばこをお渡ししたいから、お連れするよう言いつかりまして。取り急ぎ、童話図書館までご一緒ください」

 6人は、不思議ふしぎに思ったが、丁度、童話図書館に行くところだったこともあり、亀について行くことにする。


「あの、亀さん、乙姫様って、あの乙姫様ですか?パンドラの玉手箱なんて聞いたことありませんけど」と、ひなのが言った。

「お話しに出てくる普通の玉手箱じゃないんですか?」と、りおが続ける。


「同じですとも。正式名です。長いので、物語では、玉手箱と申しております。あちら様の物語では、パンドラの箱と呼ばれておりますが」

「はあ、それを、私たちに…ということは、やはり戻ったら、300年たってるってことでしょうか?」と、りおは、不安げに言った。

「浦島太郎の物語的にはそうですが、玉手箱をお渡しするのは、300年たつからではありません」

みなは顔を見合わせた。

「では、なんのために?」

「あなたに、魂を持つかいなか、えら機会きかいし上げるためです」

「選ぶ機会?」

「そうです。意志いしです。浦島太郎さんは、約束やくそくやぶって、玉手箱を開けたように言われていますが、私の知る限り、彼はそのような方ではありません。自分の意志で開けたのです」

「意志とは?」

「事実からさっすることしかできませんが、不老不死ふろうふしへの拒絶きょぜつでしょうか?玉手箱を開けなければ、不老不死なのです」


「玉手箱は魂の入る箱なのですか?」

「はい。厄債やくさいの入る箱ですから。すなわち、魂でございますね。魂手箱たまてばことはそのような由来ゆらいで。開けると魂が体内にもどりますので、不老不死の精霊として生きる道はなくなります。それで、太郎さんはおじいさんになったのですよ。りおさん、いざとなったらあなたの魂も、こちらに移されますので、ご安心ください。そのまま開けなければ、厄債、つまり、おそれ、哀しみ、苦しみを知らぬものとして、生きていけるのです。若いまま永遠えいえんに」

「若いまま永遠に、幸せだけで生きてゆけるのですか?」

「はい、そうですとも」


 話しをしているうちに、一同はいつの間にか童話図書館に着いていた。

 中に入ると、唐突に亀が言う。

「さあさ、どうぞ、こちらをお持ちください」

 言ったのは間違まちがいなく亀だったが、玉手箱を差し出しているのは、乙姫様だった。


おどろかれました?わたくし、亀にもなれますのよ」

彼女の手の中の玉手箱は、甲羅こうらが箱になった亀だった。

「ぜひご一緒にお連れ下さい」

手箱てばこの亀は、4つ足で、赤いひもがかかっている。

乙姫様は、「魂手亀たまてがめと申しますの」と、言うと、それを床に放した。

「いざとなると、魂を吸い出して、食べてくれますのよ」

魂手亀は、りおの足元をぐるぐる回ってすりすりするが、特に話せる様子はない。

「また、変な連れがえたな」と、レヴァンが腕組うでぐみをしてにらんでいる。


 乙姫様は、いつの間にかその場から消えていた。

 

 突然、ツバメが目の前を横切った。おやゆび姫だ。

 赤い頭巾ずきんの女の子の後ろを、オオカミがつけている。オオカミが、わらの家に向かって、大きく息を吹くと、藁の家は、あっさり吹きんでしまった。中から子豚こぶたが出てくると、7匹の子ヤギの家にげ帰えるのだ。


 童話のキャラクターたちが、次から次へと現れては、消えてゆく。

「なにこれ?なんだがぐちゃぐちゃじゃない?」

 するとそこに、赤いガラスの宮殿きゅうでんあらわれた。

「ガラスの宮殿だわ!赤い!」と、りおが叫ぶ。


「そう、夕暮ゆうぐれのガラスの宮殿は、西のびて赤いのです。この時間だけ、冥府めいふの入り口となるのですよ」

 そう言ったのは、白雪姫だった。


「あの時差し上げた、お箸虫はしむは元気ですか?」

りおのポケットから、お箸虫が顔を出す。

白雪姫はにっこり笑った。

りおに向き直ると「かがみにはくれぐれも気をつけて」と、言った。

「鏡に、何か危険きけんがあるのですか?」と、りおが不思議そうに聞くと、白雪姫は、静かに首を横に振った。

「ただ、継母ままははは、毎日鏡にうていました「鏡よ鏡、世界で一番美しいのはだあれ」「それはあなた」毎日毎日同じことを。問わずにはいられないのです。あの鏡さえなかったら、おそらく、あんなことにはならなかった」


 白雪姫は、ひなのから本を受け取ると、同じ背表紙せびょうしなら一角いっかくへ運び、「みなさん、ありがとう。お気をつけて」と言って、その本をたなにおさめた。

 すると、すべてのキャラクターたちが、次々と本の中にまれていく。

 りおたちも又、同じように何かに吸い込まれた。


 赤い赤いガラス。降り注ぐ、赤い赤い光。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る