第16話 大好物のリンゴと迷子の小人

「ねえ、白雪姫、お腹は空いてませんか?このリンゴの木のリンゴは、特別においしいんです」

「おいしいみか!」

 なぜか返事をしたのはみーくんだった。

「みーくん、やめた方がいいよ。白雪姫って、確かリンゴは食べちゃダメなヤツだから」と、ひなのがたしなめる。

「そんなことありません!このリンゴは魔女のリンゴとは違うんです」

「食べる!食べるみよ!」と、言いながら、みーくんは、リンゴを取ろうと必死にジャンプしている。

 見かねたレヴァンが、背中の小さな羽をはばたかせて、すっと浮き上がってリンゴをもいだ。

 そして、みーくんに手渡たしながら言うのだ。

「本当に食べるの?」

「おいしいのに、何で食べないんだみ?」

 みーくんは、躊躇ちゅうちょすることなく、がぶりとかぶりついた。


 みーくんは、「しゃけ、お、に、ぎりー」と、っぺたも落っこちるようなしぐさを見せる。

「鮭おにぎり?」と皆が不思議ふしぎそうにのぞき込んだ。

 どこからどう見ても、果汁のしたたる、みずみずしいリンゴにしか見えない。

「なんで、鮭おにぎりなの?」と、りおが聞いた。

「鮭おにぎりの味なんだってばみ。食べてみるみ」

 りおは、みーくんからリンゴを受け取ると、がぶりと食べてみた。

「えー!イチゴ大福じゃない!おいしー!!」

「鮭おにぎりみよ」

「イチゴ大福だってば」


 んんんんうん!とローリーが咳ばらいをする。

「それはですね。大好物のリンゴなんですよ。好きな食べ物の味がするんです」

「まあ!なんて不思議なリンゴなの」とひなのは随分驚ずいぶんおどろいて見せた。

 その様子を見ながら、ローリーは満足そうに微笑ほほえんでいる。

 ひなのは、つばさを開いて木の枝まで飛んだ。

 リンゴをもいでは、下にいる仲間に投げてよこすのだ。

「リンゴ、いきわたった?」

「オッケーよー!」と、りおは、無邪気むじゃきに両手を振って見せた。

 ひなのは、ふわりと地上に降り立つ。


「白雪姫、それは、ふわふわのドレスじゃなくて、翼なんですか?」

「そうよ、ローリー」

 ローリーはしばらく下を向いていた。

「翼のある白雪姫。ローリーを置いて行かないで」

 ひなのは、ハッと気づいて、優しくローリーを抱きしめた。

「寂しかったのね、ローリー。私は、ひなのよ。鷲崎わしざきひなの。一緒にいようね、ローリー」

 そして、ひなのは、両手でローリーの手を取った。

「お家の中に、入ってもいい?」

「はい、ひなの。みんなも、中へどうぞ」

 そう言って、ローリーはお菓子の家のとびらを開いた。


 お菓子の家のドアは小さく、小人以外は、身をちぢめなければ入る事が出来ない。

 中には、大きなテーブルに7個の椅子いすが用意されていた。

 りおとみーくん、ゆたぽん、ローリーは、椅子に座ったが、大きな3人は床に座った。テーブルが座卓ざたくのようだったからだ。


 みなはリンゴにかぶりついた。

 レヴァンがニヤリとする。

「なんの味なの?」と、りおが訊ねると、レヴァンは、ふふふっと笑って答えない。

「なに?その反応」

「聞かない方がいいよ。人間は、知らない方がいい」

 りおが、ぞぞーと後ろによけた。


 気が付くと、ひなのが、もぞもぞと動いている。床に座ると羽が邪魔じゃまで気になっているようだ。

 彼女は、はりに手をかけると立ち上がった。

 梁の上に、何かがっている。

 それは、本だった。

 ひなのは、それを取り上げると、ほこりをはらう。


『白雪姫と7人の小人』


「これ」と言って、ひなのは本をテーブルに置いた。

「なにこれ、白雪姫の森に、白雪姫の本があるなんて」

 中を開いて見ると、挿絵さしえの不自然さが気になる。

 筋書通すじがきどおりに絵が描かれているのは間違いないのだが、挿絵の小人たちが、上を見たり右を見たり、左を見ている者もいる。楽しげなシーンなのに、皆が心配げな顔をしているのだ。

「探してる。探してるんだわ」と、りおが言った。

「ほんとだみ。小人が6人しかいないみよ」

「ローリー、あんた、置いてかれたんじゃなくて、あんたが、いなくなったんじゃないの?」と、ひなのが言った。

「えっえっ?どういうこと?」と、ローリーは慌てている。

 ゆたぽんが腕組うでぐみして言った。

「そうなんだよね。おかしいなって思ってたんだ。お菓子の家は、ヘンゼルとグレーテルでしょう?」

「じゃあここ、白雪姫の森じゃないんじゃない?」と、ひなのが言った。

「ここは、ヘンゼルとグレーテルの森ってこと?」と、メロウが応えた。


「ぼくが、いなくなっちゃったの?」

 そう言うと、ローリーは挿絵をなでた。

「みんな、ぼくを心配してる」

 涙がこみ上げるのを我慢がまんするように、くちびる真一文字まいちもんじに結んでローリーが言う。

「帰らなきゃ!」

「でも、どうやって?」と、レヴァンが途方とほうれたように言った。

「ヘンゼルとグレーテルと言えば、光る小石だよ。迷子まいごにならないように、道しるべになるんだ」と、ゆたぽんが答えた。

「光る小石。夜になればわかるってことか」と、レヴァンが続ける。


「夜なら、まもなくよ」

 そう言うと、メロウが窓辺まどべった。

 東の空に、グリッターのような星をまとった黒いマントの女性がいる。

 みなも窓に顔を張り付けて待った。

「誰?」

「ニュクスだ」

「ニュクス?」

「夜の女神だよ」

 マントを広げながら、ニュクスは空を渡たる。

 東の空から、美しい星空が広がった。

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