第4話

 アイラはとても優秀な夢遊学者になった。

 他人の夢に自身の夢をインプリントする「夢重ねシステム」。

 その仕組みをつかった他者の精神世界のケアリングにおいて、アイラの描夢した世界は、多くの人々に受け入れられた。

 彼女の描夢した世界に入ると、暖かく、快く、過剰な多幸感を得ることができる。

 精神病患者大幅に減少し、界隈から「夢姫アイラ」として信仰された。

 また、睡眠を誘発する夢生動物の開発にも着手し、悪質な依存性を植えつける、違法の睡眠薬の根絶に一助した。

 精神科医、ならびに悪徳な薬師は、アイラの出現にともない、その多くが失業した。

 アイラが出現するまでは、私たちの国は、凶悪犯罪のたえない、危険な国だった。だが、アイラが幅広く夢を「重ね」ると、犯罪者たちは、赤子にもどったように、精神の汚染がクリアになった。犯罪は目に見えてなくなった。警察のしごとも、迷子の子どもと痴呆の老人の相手、あるいは、落とし物の管理くらいしかなくなった。

 紛争地域の兵士に、アイラの夢を受夢させることは、厳重に禁止されていた。夢をみおわると、闘争本能が根こそぎそがれてしまうからだ。だがある時、敵国の統領が、アイラの夢を重ね、そこから武装解除が推し進められた。兵士たちもしごとがなくなった。時々おこる自然災害に対処すべく、日々、訓練にいそしむのが彼らの日常であった。


 アイラ、アイラ、アイラ――。

「夢重ねシステム」の中央で、しずかに眠り、描夢しつづけるアイラに、国民の歓声がなりひびく。

 もう、この国で「アイラ」をしらないものはいない。


 おなじく夢遊学者となった私は、月に一度のメンテナンスの時、アイラと面会した。

「お金には興味ないの? って」

 アイラは多額の金を手にいれた。

 だけど、彼女はいつまで経っても、安物のハーブティーしか飲まない。

「だって、ただ理想の夢をおもいうかべているだけなのに、こんなにたくさんのお金もらっちゃって、もうしわけないわ。

 私のことをすごいとたたえるけれど、私にいわせれば……皆、子ども心をわすれてしまっているだけよ。いつだって、ステキな夢がそばにあること、わかっていないの。……あなたなら、わかるでしょう?

 それこそ、私はこれを夢だとおもっている。いつか弾けて、終わっちゃって、すべてが泡になってしまうんじゃないかと……。

 ねぇ、私、あなたとふたりなのに、そんな話はしたくない。もっと、懐かしい話をしましょう。たとえば、大学の文化祭のこと。ホラ、あの時、ウサギの着ぐるみきたヨシオカ君がさ」


 アイラのみせる夢は、毒蝶の羽にふくまれた鱗粉だった。

 ある日の夜、ひとりの少女がマンションの一室からとびおりた。

 脳が破裂し、即死であった。

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