カガミの館にようこそ

桃福 もも

一話完結 5,300字の小さな児童文学

 リオちゃんは、小学3年生です。

 みんなは、ジェットコースターに乗ったことがあるのに、リオちゃんだけは乗ったことがありません。


 なぜなら、身長制限があるからです。


 みんなと言うのは、いつも一緒に帰る『仲良し』のことでした。

 赤木奈緒ちゃんと、青川潤くん、黄島翔平くん。

 みんなは、2年生の内に身長が120㎝をこえたのでした。


 だけど、いよいよ、リオちゃんにもその時が来たのです。

 明日はじめて、ジェットコースターに乗れるのですから。


 わくわく、わくわく。


 リオちゃんは、楽しみなことがあると、なかなか眠れません。


 今日もそうです。


 みーくんを抱っこしては、右を向いたり左を向いたり、ベッドの中で、もぞもぞするばかり。

 ぜんぜん寝付けませんでした。


 みーくんというのは、水色のクマのぬいぐるみです。胴が長くてマクラ型をしています。


 小さなリオちゃんのお気に入りで、いつも一緒でした。

 でも、このごろ、リオちゃんは、白い大きな枕で寝ています。


「リオちゃん、起きて。もう時間よ。」

 ママの声で目が覚めました。いつの間に眠っていたのでしょう。




 リオちゃんは、朝早く、パパの運転する車で、ママと3人、遊園地へやってきました。


 わくわく、わくわく。


 でも、目の前には、遊園地があるのに、駐車場が一杯で、なかなか止められません。


「困ったな。ちょっと遠いけど仕方ない。」


 リオちゃんのパパは、遊園地をぐるっと回って、裏側の駐車場に車を止めました。


「ずいぶん歩かないといけないんじゃない?」


 ママは、不満そうに言いました。


「いや、待てよ。ここにも入り口があるよ。こっちに止めて良かったじゃないか。」


 木と木の間に、朽ちたような古い看板があります。


『裏口ゲート』


「ああ、良かった。でも、さすが裏口ね。古臭いアトラクションばっかり。」


 そこには、色あせたメリーゴーランドや、射的場しゃてきじょうの小屋などがありました。


「おい!見てくれよ!カガミの館だって。なつかしいなあ。パパは、子供のころ大好きだったんだ。ちょっと入っていこう。」


「え?ジェットコースターは?」


「せっかく、すいてるんじゃないか。こういう所は、後から混むんだ。今頃、ジェットコースターは一杯だよ。こっちに先に入ろう。」


 カガミの館、何て言うと、ちょっと怖い感じですが、外観はカラフルで、とってもかわいい造りになっています。

 リオちゃんも、お化け屋敷じゃないし、ちょっと面白いかもしれないな、と思いました。


「うん。じゃあ、この次がジェットコースターね。」


 そう言って中に入ると、丁度ドアが3つあります。


「よしよし、いいぞ。みんな別々の道を行こう。」

「ええ!嫌だよ、離れたらだめだよ。」

「大丈夫さ。狭いんだから、すぐに会うよ。カガミにも映ってるし。最初の扉ぐらい、別々に入ろう。」


 パパは、そう言うと、さっさと行ってしまいました。


「リオちゃんは、どっち?」と、ママが聞いてきます。

 リオちゃんは、しぶしぶ右のドアを選びました。

 するとママは、何の迷いもなく、真ん中のドアに入っていきます。


 リオちゃんは、ひとりは嫌だなと思っていましたが、入るとカガミに映るパパが見えます。リオちゃんに向かって手を振っていました。

 本当に入り口が違うだけのようです。

 リオちゃんは、少し安心しました。


 でも中は、外ほどきれいではありません。カガミが古くて、黒いシミが出来ています。


 次の部屋に入って、リオちゃんは驚きました。ずらっと並んだカガミに、何人ものリオちゃんが映っているのです。


「すごい!本当に、全部リオちゃんかな。」

 リオちゃんは、右手を上げてみます。当然なのですが、カガミのみんなも、右手を上げています。


 ですが、驚いたことに、その中の一人が、走って逃げたように見えました。


「え?」

 リオちゃんは、目をこすってみます。


「勘違いかな。」

 リオちゃんが映っていないカガミはありません。


「気のせいか。」

 何だかカガミのシミが、さっきより大きくなったように見えます。


 リオちゃんは怖くなって、急いでその部屋を出ました。


 次の部屋に入って、リオちゃんはほっとしました。そこには、パパがいたのです。


「パパ!」


 そこは、カガミ張りの部屋の中央に、木でできた二人掛けのブランコがある部屋でした。


「やあ、リオちゃん!一緒に乗ろう。」

 リオちゃんは、パパにしがみついてブランコに乗りました。


 急に音楽が鳴り始めました。

 色とりどりの照明が光ったかと思うと、プロジェクションマッピングが始まったのです。


 それは、満開の桜でした。わっと花吹雪になって、風と共に花のいい香りが舞い込んできます。


「施設は古くても最新なんだね。綺麗じゃないか。」

 ブランコが、自動で前後に揺れ始めました。

 空の風景と山と雲海が、徐々に夕日に染まり始めます。


 その時、おかしなことが起こりました。

 ブランコが後ろに引いて、次に前に行くタイミングで、もう一度、後ろに引いたのです。


 いえいえ、違いました。

 ブランコが、前に向かってゆくのが見えるのです。ブランコだけではありません。前に行く、自分の後ろ姿まで見えるのでした。


「え?」と思った時、リオちゃんは、自分がガラスの中に閉じ込められているのを知ったのです。


「パパ!パパ!」

 いくら呼んでも、パパは気付いてくれません。

 パパは、リオちゃんじゃない子と、手を繋いでいってしまいました。


「パパ!」

 リオちゃんは、必死に後を追いました。


 向こう側に、ママの姿も見えます。

「ママ!」

 ですが、ママも、全く聞こえないようでした。


 そのうち、辺りが静かに、真っ暗になってしまいました。

 リオちゃんは、一人、取り残されてしまったのです。


「どうしよう。」


 遠くに明かりがぼんやり見えます。

 その明かりは、だんだん大きくなるようでした。


 のっしっし、のっしっし。


「足音?」


 のっしっし、のっしっし、のっしっし。


 音と共に、明かりも大きくなってきました。


 それは、ランタンを持った、大きな黄色いクマのぬいぐるみでした。小脇に、大きな枕を抱えています。


「いらっしゃいませ。クマのホテルにようこそ。ご予約のリオちゃんですね。お部屋にご案内いたします。」


「予約なんてしてません。」


 黄色いクマさんは、ランタンを置いて、宿帳らしきものを取り出すと、ぱらぱらららっと、めくって見せました。


「いいえ、確かに。リオちゃんのお名前で、ご予約を頂戴しております。こちらへどうぞ。」と、ランタンを取ると、リオちゃんの足元を照らし始めたのです。


「どうぞどうぞ。」


 ずんずんずうううん、ずんずんずうううん。


 やがて、クマさんは立ち止まりました。そして、リオちゃんに枕を渡すのです。


「こちらのお部屋をお使いください。」

 そういうと、クマさんは、ぼんやり消えてしまいました。


「こちらのお部屋って?ここ、部屋なのかしら。」


 すると、あたりが急に明るくなったのです。そこは、リオちゃんが夢見ていた、お姫様の部屋でした。


 ステキなシャンデリア。豪華な刺繍のベッドカバー。フリルがいっぱいのカーテン。ハート形の冷蔵庫に、バラの花のテーブルセット、猫足の食器棚もあります。


「うわあ。すごい!」


 オープンクローゼットには、ドレスがいっぱい詰まっていました。かわいいクツや、ティアラもあります。


 リオちゃんは、その中から、一番かわいいピンクのドレスを着てみました。

 姿見に映してみると、まるで知らない自分です。


「パパ!ママ!見て!」

 でも、誰もいません。


「誰にも、見てもらえないなんて、つまらないな。」

 リオちゃんが、そうつぶやくと、カガミの中に、リオちゃんじゃないリオちゃんが、パパとママと、ご飯を食べている姿が映りました。


「パパ!ママ!、リオちゃんはここよ!」

 ですが、気づく様子はありません。


 何だか、とても楽しそうです。

「すごかったね。ジェットコースター!明日みんなに自慢するんだ。」


「ジェットコースター?うそ、乗ったの?リオは、まだ乗ってないのに!」


 そこに、赤いクマのぬいぐるみが転げ落ちてきました。

「だめよ、リオちゃん。カガミをうらやましがらないで。」


「え?何か言った?」

 赤いクマさんは何も言いません。


 カガミの中では、楽しそうにハンバーグを食べています。

「今日は、ハンバーグだったのか。」


 その時、ぐうっと、リオちゃんのお腹が鳴りました。


「ハンバーグ食べたいな。」


 リオちゃんは、冷蔵庫に向かいました。

 何とその中には、フライドチキンにカニクリームコロッケ、ショートケーキにチョコレートパフェまであります。

 リオちゃんは、パクパクパクパク食べました。


「でも、ハンバーグが食べれなかった。」


 リオちゃんは、もう一度カガミを見ました。

 パパもママももう映っていません。


 リオちゃんは、首元がふわふわになっていることに気付きました。ピンクのファーをまいているのです。


 それから、頭に小さなピンクの耳が付いていました。


「猫耳?かわいい。」


 リオちゃんは、カガミに向かってにんまりしました。


 すると、カガミから声がします。


「リオちゃん、雪ちゃんがね、結婚式のフラワーガールをしてほしいんだって。見て、この真っ白なドレス。チュールとレースが天使みたいね。」


 カガミは、再び、リオちゃんじゃないリオちゃんを映しました。

 豪華な箱に入った、真っ白い綺麗なドレスです。

 それを広げて、ママと楽しそうに話しています。


「ママ!リオちゃんはここよ!ママ!」

 ママは全く気付きません。

 もう向こうの世界には、戻れないのでしょうか。


 白いドレス、白いドレス。

 リオちゃんは、クローゼットをうろうろしますが、白いドレスは一着もありません。


 のっし、のっし、のっしし。


 なんだが、足音が少し変です。リオちゃんが足元を見ると、ピンクのファのブーツを履いていました。


「いつの間に?」


 青いクマが、リオちゃんにしがみついて言いました。


「だめだよ、リオちゃん。ここで、ぜいたくに暮らして、いろんなものを欲しがると、クマのぬいぐるみになっちゃうんだ。」


「え?」


 リオちゃんは、自分の手が赤いクマの手になっていることに気が付きました。


「うそでしょ?」


「もうすぐ、記憶もなくなっちゃう。一番初めに120㎝になった黄島くんは、もう黄色いクマのホテル屋さんになってしまったんだ。」


「あれは、黄島くんなの?」


「赤木さんは、本当のぬいぐるみになりかけてるんだよ。」


「ぼくも、まもなく、分からなくなる。」


「まさか、青川くん?」


 青いクマのぬいぐるみは、うなずきます。


「完全なクマになっちゃったら、もう、元の世界には戻れないんだよ。クマになる前に、外に出ちゃったあの子をこっちに戻さないと。」


「どうやって?」


「あの子の欲しいものを映すんだ。」


「あの子は、リオちゃんの分身なんだから、きっとわかるよ。」


 この部屋は、全部リオちゃんの欲しいものです。


「そうだ、ティアラ!結婚式に、ティアラがしたい!」


 リオちゃんは、クローゼットからティアラを取り出して、頭に載せました。


 猫耳に、ティアラがきれいに引っかかりました。


 カガミを覗き込むと、その先では、白いドレスを試着しているあの子がいるのでした。

 髪に花飾りもつけてもらっています。


 でもその子は、カガミを覗き込んで目を輝かせるのでした。


 そして、鏡の中に手を伸ばしてきたのです。


「今だ!」


 リオちゃんと青川くんは、その子の手を引っ張っりました。

 すごい力で、なかなか引っ張り込めません。


 青川くんの後ろから、ぬいぐるみになりかけている赤木さんが、その後ろに、クマさんホテルの黄島くんがやってきて、みんなで力を合わせて引っ張ります。


 ポーン!!!


 すごい音をたてて、その子が転がり、入ってきました。

 カガミには、抜けた後に穴が開いています。

「はやくはやく!!この穴から、向こうに出るんだ!」


 穴の中は、何枚も何枚も続く合わせカガミの世界でした。

 後ろから、どんどんどんどん閉じていきます。


「このままでは、閉じ込められてしまう。急いで!」


 みんなのファが、どんどん剥がれ落ち、人間に戻って行きました。スピードは、ビュンビュンあがります。


 でも目の前の穴は、みるみる小さくなってゆきます。


 先頭を走っていた、青川くんが飛び込みました。

 リオちゃんに必死に手を伸ばしています。

 リオちゃんは、左手でその手をつかむと、右手で赤木さんの手をつかみました。

 黄島くんは、ぎりぎり、飛び込むように、赤木さんの手をつかみます。

 4人は団子のように、グワングワンと転がりながら、ちりぢりに飛ばされてしまいました。




 リオちゃんは、自分のベッドで目が覚めました。

 みーくんがこちらを見ています。

「夢だったのかしら。」

 リオちゃんは、カガミをのぞきこみました。


 そこには、斜めになったティアラが、取れそうになりながらのっているのです。


「夢じゃなかったのね。」


 学校に行くと、青川くんも、赤木さんも、黄島くんもいました。

 4人は、抱き合って喜びます。


3人は、120㎝になって、ジェットコースターに乗りに行ったら、『カガミの館』のクマさんホテルから、出られなくなってしまったそうです。


では、今まで一緒に帰っていた『仲良し』は、誰だったのでしょう。


 リオちゃんは、ふと思うのでした。

「120㎝になる前には、もう戻れないんだわ。」

「あれは、もう戻れない世界にいる、別の自分たちなんじゃないかしら。」


 ないものを探して、今ある自分を、失わないようにしよう、とリオちゃんは思うのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カガミの館にようこそ 桃福 もも @momochoba

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ