第36話 喧嘩
「来夏ちゃん……?」
秋根は戸惑いながらそう呟く。
「え、誰?」
来夏は、普通に困った表情をしている。秋根が変わりすぎているのが原因だろう。
「てか、隣遊星じゃん。お久ー。もしかして帰省?」
「ああ、そんなところだ」
「しかも、かわいい子二人もつれてるし、変わったね」
そんなところでふと隣を見る。秋根は困った顔をしていた。
いや、絶望の表情だった。転校してから変われるように努力したと、秋根は言っていた。つまり、それだけ、来夏は秋根にとってのトラウマという事だ。
このままではいられない。とりあえず、動かないと。
だが、その前に秋根が声を出した。
「来夏ちゃんだよね」
「え? 私の名前知ってるの?」
「私をいじめてた、来夏ちゃんだよね?」
秋根の声が大きくなる。一回目の声よりも遥かに。
しかも虐めていたという言葉を強調して言った。
「私がどれだけ辛かったか……!」
「ねえ、遊星。だれ?」
気づいていない様子。
「……秋根だ」
それを聞いて、来夏は嘘? とでも言いたげな表情を見せる。
「私の顔も忘れたんですか?」
「嘘、久しぶりじゃん。元気にしてた?」
「はあ?」
「久しぶりだよね。だったらさ、今からカフェでお茶しない?」
「何を言ってるの……? 私分からないな」
「え?」
この一連の会話。もしかしたらいじめていたという自覚すらないパターンの可能性がある。つまり、じゃれ合ってたと、加害者の方が思い込んでるパターンだ。
思えば俺も秋根が何をされたのかを詳しくは聞いたことがなかった。
さて、俺はどう動けば。
「ねえ、お兄ちゃん。どうしよう」
優子がそう心配そうに言う。
俺的には秋根を強引に連れ帰してもいいのだが、そうした場合、秋根の鬱憤が晴らされない可能性がある。今は発散させよう。
「なら、私にバケツの水をかけたことも、私の机を端に持って行ってたのも、私の私物を窓からとしたのも、全部忘れたのですか?」
「あれは遊びじゃん」
「ふざけないで!!」
秋根は地面を蹴って、来夏の襟元をつかみに行く。
そして秋根は拳を握り締めた。
「私がどんな苦労をしたのか、知らないくせに」
「やめろ!」
俺は摸わず秋根の手をつかむ。
「暴力は振るった方が負けだ。気持ちはわかるけど今はいったん落ち着け」
「落ち着けるわけがないのです。私は……私は!」
これは、落ち着かない様子の秋根を見て、この場では話し合いができないなと思った。
仕方ない。
「とりあえず近くのファミレスに行こう。それで三人ともいいか?」
そして近くのファミレスに向かう。
そこでドリンクバーと、ポテトを頼む。
「それで、俺と優子が仲介するから、二人の言い分を話してくれ」
「わかった。じゃあ、なんで私に水をぶっかけたの?」
「それは、いたずらじゃん。それに秋根笑ってたし」
それを聞いて、秋根は軽く「ふふふ」と、笑って、「なんであれが楽しい笑いに見えるの? おかしいでしょ、色々と」
そう、声を荒げて言う。怒りがこもっているな。
「それを聞いてどう思うんだ? 来夏は」
「嫌なら嫌って言えばいいじゃない」
「言えない雰囲気だったの!!」
またつかみ合いの喧嘩になりそうな雰囲気だ。
「私もそう思う」
そんな中、優子が待ったをかける。
「被害者は嫌って言えないよ。それなのに勝手に肯定されたみたいな気持ちになって、いじめを続けるの。本当に恥ずかしいと思う」
優子がいい放ったその言葉に、少し沈黙が流れる。
「それで、秋根はどうしたい?」
「私は……もう昔の事だし謝ってくれればそれでいい」
「本当に謝るだけでいいのか?」
秋根の声は震えていた。
俺は、秋根が場を平穏に済ましたいからという旨での発言ならそれはされるべきでは無いと思っている。
長い間苦しんだんだ。わがままくらい言ってもいい。そう思う。
「秋根、言いたい事があるなら遠慮せずに言え。もし、このまま終わったら後悔すると思うのならな」
「……」
秋根は数秒考え込む。そして、
「私はずっとやだった。誰にも言えずにずっと苦しんでた。だから、なんでこんな目にあってたんだろうって思ってた。だから本心では許したくなんてない。もう、こんなこと言ったらダメだけど、殺したいくらい憎いの」
「はあ? なに? なんで私が責められなきゃならないの? 私は何も変なことはしていないし」
あくまでも遊びで、秋根が過剰反応してるだけと言い張る気か。
「変なことしてるでしょ。人の嫌がることを!」
まずいな。また状況が混沌としてきた。
「じゃあ、私から一つ提案。もういっそ同意とかなしで、殴ってみたらどう? そしたらすっきりするかもしれないよ」
「おい! どこの漫画だよ。ここファミレスだぞ」
「勿論外出てからだよ。ここでそんなことするわけないじゃん、お兄ちゃん」
「ふざけないで、そんなのリンチじゃない」
「いや、来夏。お前もやってたって聞いたぞ」
秋根から。
「どうせ、秋根ちゃんがデマでも流してるんでしょ? 私たちはただ仲よく遊んでただけ。そうでしょ?」
やっぱり、加害者は自分がいじめをしていたことをすぐに忘れるって言っていたけど、その通りだな。
こういう人が厄介なんだ。
だって、気づいていないのだから。
「とりあえずだ。俺は来夏のことを見損なった。とりあえずこんな奴のために秋根の時間を使うことがもったいないと思ってきた。秋根、お前の鬱憤を晴らすためにはどうしたい?」
「そりゃ、仕返しがしたい。もう、絶望させてやりたい」
この怒り……秋根が秋根じゃないみたいだ。
それだけストレスが半端ないってことだな。
そして、協議した結果。公園に行くことになった。幸い人もそこまでいない。
ここで二人に思う存分戦ってもらう。
二人の感情をぶつけてもらう。
その間、俺たちが見ていたらやりにくいと思うから、俺たちはひとまず帰った。
秋根も来夏も馬鹿じゃない。やりすぎることはないだろう。
「これで解決するといいね」
「ああ。だが、そう簡単にはいかないとは思うがな」
秋根がやりすぎないことを祈るばかり。
そして、一時間後、秋根が帰ってきた。
「私。……ちゃんと過去の因縁にけりをつけたよ。もう、ぼこぼこに言い負かして気持ちがよかった。これで全部解決とかにはならないけど、とりあえず私は大丈夫。それに……もう来夏ちゃんに会うことはないしね」
「そうだな」
秋根と来夏は住んでいる場所は別のところだ。今回みたいな偶然がない限りもう会わないだろう。
「あっちも、ストレスがあったみたい」
そのストレスとは、親の喧嘩が激しくて、家に帰るのがつらくて、それで秋根に強く当たっていた部分があったかもしれないというものだった。
それで、結局秋根に誤ったそうだ。
それは秋根が怖くての本意じゃない謝罪ではなかったと思ったらしく、解放したらしい。
結果、秋根の過去の因縁との決着がついてくれてよかった。
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