第10話 寝室

 そしてお風呂から上がったあと、今日は寝室へと向かった。昨日はリビングで寝たから、寝室に行くのは初めてだ。

 どんな部屋なのだろうかと、ワクワクしていた。そりゃあ初めて他人の家の寝室だ、ワクワクしないわけがない。


 そして連れられた部屋にあったのはダブルベッドだった。


「おい秋根」

「なに?」

「なんで今日はダブルベッドなんだ?」


 昨日は一緒に寝たとは言え、布団は別々だったし、離れてもいた。だが、今日のベッドは明らかに一つのベッドに一つの布団だ。まさか秋根の中では同棲=ダブルベッドでもあるのか?


「これ私のお父さんとお母さんが使ったやつで、今は海外にいるから空いてるやつなの。だからせっかくだから使っちゃおうって!」

「でもなあ、ダブルベッドって……なんか」


 説明できないけど、いいイメージがない。何しろ、ここで寝たくないと、内なる俺が叫んでいるのだ。


「だからさ、悪いけど昨日と同じ感じにしてくれないか?」


 ハードルが高すぎる。もう少し女子あきねになれてからじゃないと、だめだ。


「いや、私はここがいい。ここで一緒に寝たい。ね、良いでしょ?」

「でもなあ」

「お願い」


 そう上目使いで願ってくる。秋根……お前そんな技まで使えてたのか。しかもなるべくかわいくおねだりできるようにしてる感じが見え見えだ。だが、そんな事実を踏まえてもかわいいのもまた事実。


 困った。しかし、


「いや、だめだ」


 そう、言って断る。

 俺は、ここには寝たくない。


「お願い」

「だめだ」

「お願い!」

「だめだ」

「お願い!!」

「だめだ」

「お願い!!!!」

「……」


 そして俺はベッドに横になった、秋根の横で。つまるところ、俺は秋根のしつこさに負けて断ることが出来なかったということだ。まあ、嫌じゃないよ。うん、でも、なんか気まずいし、なんか、安眠できないかもしれないし、うん。


「えへへ、一緒に寝られてうれしい!」

「そりゃあ……どうも」

「抱っこ!」


 そしてハグされた。まあ、こうなった時点でハグされることは分かっていたけどよ。


「やっぱりベッドと言ったらこれだよね」


 そう言って、俺から離れない。


「なあ、そろそろ暑いんだが」

「私は暑くないよー。だって、遊星くんと一緒なんだもん!!!」

「そうっすか」


 もう秋根のこの性格にはだいぶ慣れてきた。もはやこういうものだと割り切るしかない。


「遊星くん、確かこれも小学生の時にしたことあったよね」

「そうだな。これも……な」


 とはいえ、あの時はただの布団だったのだがな。


「いつの間にか、お前俺の布団に潜り込んでたよな」

「え? そうだっけ?」

「そうだよ。暑いなと思ってたらお前が横にいてびっくりしたんだよ。あの時はさ」

「それはごめん。でも、遊星くんが悪いんだよ」

「なんで?」

「だって、居心地良いし」

「それは今もか?」

「もちろん!!」


 そう純粋な笑顔で秋根は言い張った。


「まあ……あの時はさみしかったというのもあったかもしれないけどな」

「え? そうなの?」

「だって寝言で、遊星くん離れないでとか言ってたし」

「え、本当に私そんなこと言ってた!?」

「言ってたよ、俺のパジャマの裾をつかみながら」


 しかもかなり強い力でつかまれていた。今でもあの時のことは脳内で映像化できるくらいしっかりと覚えている。


「え? 私、裾つかみ過ぎじゃない?」

「ああ、つかみ過ぎだな。多分あの一週間で俺のパジャマの裾五ミリくらい伸びてるかもな。とはいえ、あの時のお前はかわいかったな。寂しがり屋で」


 だって、寂しそうな顔で俺に引っ付くんだぞ。かわいくないわけがない。


「え? 今の私はかわいくないってこと?」


 何でだよ!?


「面倒くさいこと言うな。かわいいに決まってるだろ。そうじゃなかったら今ここに居ねえよ」

「ありがとう」


 秋根はそう感謝を伝えた。俺はそれにこたえるように、秋根の頭をわしゃわしゃと撫でる。


「何するの?」

「いや、かわいいことの証明だよ」


 実際、ありがとうと言った秋根はかわいかったし。


「ありがとう」

「何回ありがとうって言うんだよ」

「だってありがとうって言ったら遊星くん私に良くするし」

「つまり、媚びを売ってるってこと?」

「そうなるね」


 そう、あっけからんと言う秋根に対してため息をつく。


「え? ため息しなくてもいいじゃん。酷いよ」

「逆に、ため息をつかない理由を教えてほしい」


 そりゃあ、ありがとうと言うのは媚びを売ってるとはっきりと言われたらそりゃあため息くらいつきたくなる。


「でもね、ありがとうと思ってるのは本心だから」

「そうですか」

「そう言えば、今日のラノベみたいなことしていい?」

「何だよ」

「これ!」


 そう言って秋根は俺に、耳打ちしてきた。「僕は君のこと好きだぞ」と。おそらくラノベに出てた僕っ子キャラの真似だろう。セリフもそっくりそのままだ。


「そんな言葉どこで覚えたんだよ」

「君のせいだよ。君のせい。分かる?」

「お前はオタクにやさしいギャルか!?」

「えへへ」


 実際、秋根は茶髪で、ピアス穴もあけているので、ギャルと言えばギャルなのか?

 少なくとも俺にはギャルの定義は分からないけど。


「毎日こんな喋り方してもいいんだぞ。遊星くん」

「……仁のやつ羨ましく思うだろうな」


 ラノベ展開過ぎて少し怖い。よく考えたらすべてがうまくいきすぎだ。何か代償が来るんじゃないかとビビってしまう。だが、そんなふうに思うこと自体秋根に対して失礼なのかもしれないけど。


 そしてさっきの俺の言葉は秋根に聞こえてしまっていたらしく、


「自慢したら?」


 と言われた。それなんか俺が秋根の威を借る遊星になっていないか?


「ダメだろ。俺の手柄じゃないんだし」

「いや、遊星くんの手柄だよ。だって遊星くんじゃなかったら再会しても付き合おっかなんて言わないし」

「そうだけどよ」

「だから、手柄にしてもいいんだよ」


 そう言いながら俺に顔を近づけてくる。これは、だめだ。俺の心拍数が上がっていく感じがする。この漢字は耐えられないと、内なる俺が言っている。

 秋根がかわいいのがいけないんだ。


「少し離れてくれ」


 今の俺には心苦しいが、こう言うしかない。


「え?」


 ショックそうな顔を浮かべる秋根。


「お前がかわいいのがいけないんだよ」

「あ、ドキドキしたってこと?」


 そう言って、機嫌を取り取り戻して、さらに顔を近づけてきた。


「お前なあ、やめろ! 俺を殺す気か!?」

「ドキドキによるショック死? いいじゃん」

「ダメだろ! とにかく、俺の心拍数を取り戻すために離れろ」

「はーい」


 そう言ってしぶしぶ離れてくれた。全く、いたずらに俺の心拍数をあげやがって。これで俺の寿命が縮んだらどうするんだよ。


「まあ、じゃあ、そろそろ寝る? 遊星くんをショック死させないためにも」

「そうだな。明日も早いしな」

「うん。お休み!」

「おやすみ!」


 そして電気を消して俺たちは寝ることにした。良かった、とりあえずこれでさらに緊張することはないだろう。

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