第5話 弁当

 そして翌日、目を覚ますと、隣には秋根がいなかった。どこに行ったんだ、もしかして寝相が酷くて転がっていったのかと思い、近くを探すが、どこにもいない。


 奇妙だなと思い、リビングに向かうと、台所で秋根が料理を作っていた。

 なるほど。だから寝床にいなかったのか。


「あ、おはよう遊星くん」

「お、おう。……何をしているんだ?」

「見たらわからない? 弁当を作ってるの」

「もしかして毎日弁当作ってるのか?」

「もちろん。当然でしょ!」


 ほう、驚いたな。


「あ、遊星くんの分も作ってるから、安心してね」

「ありがとう」

「どういたしまして!」


 そう言って、秋根はこちらを見て笑った。


「そうだ! 俺に手伝えることはないか?」

「無いよ」

「ええ、本当にないのか?」

「うん。ほとんど終わってるから。テレビでも見て過ごしてて」

「いや、なんか何でも至れり尽くせりだと、なんとなく、嫌だな」

「えー、じゃあそう言うのなら。着替えてきて?」

「あ、本当だな」


 俺はまだ寝巻で、制服を着ていなかった。確かに他人のことよりも自分のことをしなければな。

 そして着替え、髪の毛のセットなどをすませて、台所に戻ったら、ご飯の準備がもうできてたので、秋根と一緒に朝ごはんを食べて、二人で学校へと向かった。



 その途中で色々な視線があったのは、なぜなのだろうか。結構痛い視線だ。このリア充めとでも思っているのだろうか。


「見られてるね」

「そうだな」

「やっぱりカップルは目立つかあ。いいねこういうの! 見せつけてる感じがして」

「俺はなんか嫌だけどな」

「えー、つまらないなあ遊星くん」

「何がだよ!?」


 そしてそんな感じで一緒に話しながら歩いているとすぐに学校に着いた。


「じゃあお別れだね。サヨナラ遊星くん。昼休みには絶対に会いに行くから!」

「おう! じゃあまた後で」


 そして教室に入り、仁に朝の挨拶をしようとすると、


「おい! 遊星」


 と、いきなり強い口調で言われた。朝一番何なのだろうか。


「あの人ってよく見たらあの竜胆秋根じゃないか」

「え?」

「あの、わが校の美人大会で一位を取った竜胆秋根だよ」

「え??」


 俺にはその言葉はよくわからなかった。去年の美人大会の一位? 意味が分からない。


「とぼけた顔するなよ。ほら」


 確かにそこには俺の見知った顔があった、秋根の顔だ。


「なんであいつが?」

「つまりな、お前が付き合っているのは、この学年一の美人っていう事だ」


 この学校の美人大会はそこまで大きくはない。


 参加者も顔に自信のある十人前後だ。だから俺も優勝者の顔になんて興味なかったし、これからも興味を持つとも思っていなかった。

 だが、その優勝者が秋根とは思わなかった。


「……まさかあいつがな」


 俺の知ってる秋根なんて自分に自信が無くて、卑屈な、所謂陰キャと言われるタイプだった。


 自分の顔に興味を持っていなくて、おしゃれなんてもってのほかだった。


 だが、確かに今の秋根だったら、優勝できるくらいの顔は持っているだろう。


「色々とやりにくくなるなあ」

「え?」

「だって、そんな称号なんかあるんだったらさ、やりにくいじゃねえか」


 だって、その彼氏となれば、もしかしたら注目されたりするかもしれないし。


「大丈夫だって。美人大会自体そこまで有名じゃないから、お前みたいに知らない人も多いって」

「なら大丈夫か」

「しっかし、あんな美少女が彼女って本当羨ましいな」

「まあな。……釣り合わないとかいうなよ?」

「大丈夫だって、お前も結構イケメンだと思うぞ」

「ありがとう」



 そしてお昼休み、今日も秋根は単身やってきた。


「ヤッホー、遊星くん。じゃあ、ご飯食べよっか」

「ああ、そうだな」


 そして今日も仁に一言謝って秋根のもとへと向かう。


「今日はね、朝言ってた通り遊星くんのお弁当も持ってきてるから」

「やっぱりお前すげえな」

「なんで?」

「お弁当作れるんだもん」

「当たり前でしょ。女なんだもん、これくらいできなきゃ!」

「さすがだな」


 そしてお弁当を互いに広げる。もちろん互いに同じ弁当……だと思ったのだが、俺の弁当には秋根の弁当と違って二本のソーセージが入っていた。


「これって……」

「そう、遊星くんソーセージ好きだったでしょ?」

「……よく覚えてたな」

「そりゃあ覚えてるよ。遊星くん、毎日食べてたもん」

「毎日って言いすぎだろ」

「ふふ、でも、出た日にはがつがつ食べてたよ」

「……そうかなあ」


 そして、秋根がどうぞというジェスチャーをして、食べ始める。すると、すぐに俺の目の前に卵焼きがやってきた。


「これは何だ?」

「もちろんあーんよ」

「お前あーん好きだな」

「そりゃあもちろん! さあ、受け取って」

「いやでも、……ここ学校だし」


 周りの視線もあるわけなんだから。


「大丈夫! 見られても恥ずかしい物じゃないよ! ほら!」


 そう言って、俺の口に卵焼きを押し付けてくる。周りからの視線が普通に痛いんだけど。


「食べなさい!」

「分かったよ」


 そして俺はその卵焼きをぱくっと食べる。


「美味しいな」


 卵焼きの味がしっかりと出ていて美味しい。


「でしょ。喜んでもらって良かったー!」

「ふふ」

「何よ遊星くん。笑っちゃって」

「いや、かわいいなって」

「そんなこと言わないでよ。照れちゃうじゃん」


 そう言った秋根は顔が少しだけ赤くなっている。


「この、女たらし」

「いや、俺は女たらしじゃねえよ」

「女たらしじゃん。私照れちゃってるし」


 なんとなく変な照れくさい空気になってしまった。これ学校で出していい雰囲気じゃねえな。


「おい、秋根。とりあえず飯の続きしようぜ」


 この空気には耐えられない。


「うん……分かった。じゃあ、あーんして」

「え?」

「あーんよ。だめ?」

「さっきの恥ずかしい空気の後、またあーんだと!?」

「いいじゃん。今度は恥ずかしい空気にならないよ。それに、こっちだけあーんするなんて不公平だもん」

「……分かったよ」


 このままだと埒が開かないしな。

 そして俺は秋根にあーんをする。それを秋根がパクっと食べた。


「美味しいね。やっぱり遊星くんのあーん最高」

「そんな褒めるなよ。てか、褒める物でもないし」

「いいじゃん。ほめて損はないんだし」


 そんな、ごめんはただみたいに言うな。



「そう言えばさ」

「何?」

「この学校の美人大会に出てたんだってな」


 食べてる途中で、そんな話があったことを思い出した。


「え? どこ情報?」

「仁から聞いた。お前がそう言う大会に出てたことを」

「そっか、知っちゃったか。知られたくなかったな……。だって……あれは完全に調子に乗ってただけだったもん。告白されまくりだからなんとなく出たら優勝できちゃうかなみたいなノリで」

「それで優勝しちゃったと?」

「うん。断トツで。私だってあれはなかったことにしたい。だって、あの後色々と面倒くさくなったし、それにそんな大会優勝するって恥ずかしいじゃん? あんなの自己肯定感高めたい目的でやるみたいなとこあるし。だから遊星くんも周りには言わないでね。分かった?」

「お、おう」


 そんなガチで嫌だったのか。


「てか、そろそろ時間か」


 あと五分で予鈴が鳴るような時間だ。


「そうだね。早く食べないと」

「おう!」


 そして俺たちはガツガツと食べる。授業に間に合うように。そして予鈴が鳴り終わる頃にはなんとか食べ終わった。


「じゃあ、また放課後」

「おう、放課後にな」


 そして嵐のように秋根は去って行った。



「おい、遊星」

「なんだ?」

「お前……抑えとけよ」

「何を?」

「言わなくても分かると思うけど」


 なるほど、そういう事か。


「俺だって、抑えたいけど、あいつが容赦ないからさ、どうしようもないんだよ」

「まあ、気持ちは分かるけど、ここは学校という公衆の場で、みんなの為の場所でお前らだけの場所じゃ無いからな?」

「ちょっ、聞けよ!!」


 そんな事を言っている仁は悪戯な笑顔を浮かべていた。

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