第十七話 インタビュー
瀬河長幸の息子が入学してくると教頭先生から訊かされたとき、ネットでざっくりとだが、『画家兼イラストレーターとしての長幸』の来歴を調べてみた。
そもそも、教頭から息子の入学を知らされるまで、長幸が画家をしているなんて話すら知らなかったのだ。
長幸が本格的に絵を描き始めたのはなんと社会人になってから。
大学卒業後、大手の出版社に就職した長幸はそこでデザインに係わる部署の営業に配属される。
プロのデザインワークに触れる内に「自分にも似たようなことが出来るのではないか」「自分も似たようなことをやってみたい」という気持ちが高まり独学で美術の勉強を始める。
社会人になってから芸術的な趣味に目覚めるのはまぁよくある話なのだが、芸術・デザインに係わる職場で様々な人脈を得ていたこと、そして長幸本人に間違い無く才能があったことが合わさり、研鑽を積み意欲的に作品を各所に発表、今では国内外で注目される気鋭のアーティストとしての評価を得ている。
30歳過ぎで出版社を退職して独立、プロの画家・イラストレーターとして活動を続け、会社に勤めていた頃に結婚していた奥様との間に息子・玲をもうけ、今に至るという訳だ。
何なんだこのバイタリティ、凄いな。
そんな感想しか出てこない。
ただただ茫然とさせられる。
作品のジャンルは一応風景画? それらは意図してジオラマめいて描かれており、俯瞰されたデフォルメかした街並みが異様なほど精緻で目を瞠る。こういうのが好きな人にはとことん刺さるだろうなと容易に思わされる。企業案件にもしばしば着手しているらしく、ネットの海はありとあらゆる架空、実在の街並みをジオラマ化した長幸の足跡を表示した。
そもそも高校時代の長幸と『画家』に接点を見出せない。そしてやはり、彼が描く絵からは高校時代の彼が連想される要素は見出せなかった。
……いやまぁそもそもわたしは瀬河長幸の人間性について深い理解があるとは到底言えないのだが。
息子の玲は、「高校生活が画家になる第一歩だった」「燐高に入学しなければ画家になろうとはしていなかった」と父親・長幸の回顧を明かしていたが、一体何があった? なんかあった? 少なくともわたしにはさっぱりピンと来ない。
それこそ奈智子に訊けば何か知っているかもだけど、奈智子に瀬河長幸の話を振る勇気はちょっと湧かない。そもそも長幸がわたしに今更接触しようとしている理由が奈智子に関係するように思えてならないし……。
「青春時代の心象風景は、間違いなく作品に大きな影響を与えてますね」
ネットで『画家としての瀬河長幸』について色々調べていた際に、高校時代の自分について語っているインタビュー記事を見掛けた。
「高校時代の私は美術の授業などで筆を握るくらいで、将来画家になるなんて想像したことも無かったですね」
「ただやっぱり、今現在キャンパスなりタブレットなりに向き合ってさぁ何を描く? となったとき、自己洞察の中で具象化したいビジョンを探し求めたときに鮮明に立ち現れてくるのが学生時代に見たり感じたりしたものだったりする場合がすごく多い」
「高校の頃に見た街並みとか風景とかを見て感じたこととその実際の風景のギャップはどこにあるんだろうというのを思い起こしながら、心象風景の放っていた高揚感を絵画の中に移し込めればひとつの作品として成立しうる。その頃の世界の感じ方を思い起こしながら描く。原風景と原体験のひとつとして間違い無く切り離せない」
……長幸が高校時代について語っているのは目にしたインタビューの範囲ではこの部分だけだった。この文章はこの後「人生のどんな経験がどんな局面で役に立つかわからない」とか「初期衝動の大切さ」とか、そんな啓発めいた話に舵を取っていく。
長幸が絵を描き始めたのは社会人になってかららしいが、絵を描き始める切っ掛けは燐高に入ってから、だそうな。
それはあらゆる人生経験が未来に繋がるとかそういう一般論をめいた話なのだろうか? 高校生活は充実していた、とかそういう類の言い換えの一種か?
そして変な気分だった。高校時代のサッカー青年がまともな、ちゃんとした大人みたいなコメントを寄せている事実が異様なちぐはぐさ加減を押し付けてくる。立派になったなぁという感慨と共に、高校生時代の印象が抜け落ち遠く彼方に消えていった、何か別の存在の姿を見せられている気分だ。
息子の玲の姿の方が、まだ長幸の実在に迫っているようにさえ思わせる。
……瀬河玲から、父・長幸の連絡先を渡された。この件を奈智子に明かすかと問われると当然NOである。
ただ、連絡先を貰って即連絡! という気にもなれず、仕事が終わった後、そのまま奈智子が待つ自宅へ帰ってきた。
家に帰って、わたしに「おかえり」と言いながら夕飯の準備に台所に立つ女子高生奈智子を眺めるのが、すっかり日課になってしまった。
……奈智子が、わたしの勤務する高校、かつての私たちの母校に現れた理由を実はハッキリ訊いていない。わたしが教師として母校に帰ってきたこととは、やはりどこか、根本的に質が違う気がする。女子高生に若返って恋がしたいと言うのなら、わざわざ母校に戻って来る必要なんて無いと思うのだが……。
やはり瀬河親子が何らかの形で関わっているように思えてならないのだ。
ただ、この疑問は一応それとなく投げかけて奈智子本人から否定されてはいる。否定されてはいるのだが、素直に信用する気にはなれなかった。
「ひなはさぁ」
奈智子謹製の夕食を摂りつつ、わたしはそれとなく探りを入れてみる。いつもみたいに、踏み込みが浅すぎて、結局雑談みたいにしかなれない詮索。
「なぁに?」
「結局、クラスでは瀬河玲くんと話したりするの?」
「うん、たまに話すよ」
割とあっさり認めた。
「まー、みのりぃが期待してるようなことは無いけどねぇ」
「いや、期待してない。何も期待してないわ」
「てかさ、うちのクラス割と特別だと思うんだよね?」
「どうして?」
「クラス委員の志野さんがさ、クラス行事とか学校行事とかで積極的に先導役をしてくれるのよ」
「ふぅん……」
クラス委員の志野さん。初めて聞く名前だ。奈智子の名前の呼び方のニュアンスからして女子だろうか?
まぁ、クラスや部活で受け持っている生徒の名前を把握している方が稀なのだが。奈智子や玲は、当然『稀』の部類だ。
「クラスが一丸となって行事に参加する雰囲気作り? みたいなのを凄く意識してる感じ」
「リーダーシップか」
「そう。でも、ちょっと危うく見えちゃうんだよね。無理している風には見えないんだけど、責任感が有り過ぎなんじゃないかなって。志野さんも頼られて嬉しいのが傍から見ててわかっちゃうから皆それに甘えちゃうみたいな悪循環」
「あー……、それちょっとわかるかも……」
わたしの(わたし達の)学生時代にもいたように思う。
そういう責任感を過度に発揮して良いまとめ役になってくれるけどそのせいで余計なストレスを負ってしまう女子。
その後、奈智子により『志野さん、頑張っているけど無理しないで欲しい』エピソードが幾つか披露された。途中で、巧妙に奈智子と玲の関係について(いつも通りに)はぐらかされたのに気付いたが、まぁ追及されたくないなら無理に追及するまい。
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