第十五話 クラス共有
久しぶりに高校生活を始めて最初に面喰ったのが、高校入学から数日と立っていない自分に当時からクラスのまとめ役になりつつあった女子生徒が、クラスでLINEのグループを作ろうと言い出したことだ。
そういうSNSの使い方をする発想があるのかと内心驚かされたが、考えてみれば当然で、時と場所を選ばずに特定の相手と内緒話が出来るツールを高校生達が見逃すはずは無い。
『最初の』学生時代でよくやっていた授業中にノートの切れ端に書いた手紙を送り合う文化の延長線上だろう(もっとも、授業中の手紙の送り合いが完全に廃れた訳ではないらしい、授業中にスマートフォンを弄るのは悪目立ちし過ぎる)。
ただ、この文明の利器を個人レベルの密談に留めず、クラスメイト全員のグループという半公共的な使用法に学生達が自発的に行き着いていたことに面喰った。
クラスメイト全員が参加するグループなのでそれを弁えた上での抑えた発言、主に学校行事やテスト勉強における情報交換が主で、発言者は発案した女子生徒と彼女と仲の良い数人が中心ではあるが、男女共に結構多くの生徒が参加していて、しばしば盛り上がっている。
体育祭が終了した次の登校日、登校した朝の教室内が妙に色めき立っているように感じられた。
仲の良いグループがスマートフォンを片手に集まって、時折画面の見せ合いをしているらしいけど?
「葉山さんおはよ~」
多くのクラスメイト同様、スマートフォンを細かく検分していた友人、
「おはよう」
わたしも自分の席に鞄を置きつつ、微笑みと共に挨拶を返した。
「何かあったの? なんか、ざわついているっていうか?」
他のクラスメイト達に視線を走らせながら戸惑った様子を見せてやると、小動物めいた愛らしい顔を楽し気に綻ばせながら「クラスのLINEグループだよ」と言いながら自身のスマートフォン画面を見せてきた。
画面には女子生徒達の写真。
運動着を着たクラスメイト数人がこちらに向かって笑顔を向けている。場所は学校のグラウンド。体育祭の時の写真だ。
「あー、
体育祭において原則的にスマートフォンの持ち込みは禁止されていた。その主な理由は盗難防止のためなのだが、例外的に怪我人が出たときなどの緊急時のためにクラス委員や実行委員は盗難防止の管理の徹底を条件に携帯を許可されていた。
しかしそのクラス委員の志野さんは中々やんちゃな人で、携帯を許可されたスマートフォンでみんなを撮影していたのだ。
……ちなみに、クラスのグループLINEを立ち上げた女子生徒もその志野さんである。
自分のスマートフォンを取り出して同様にグループLINEを立ち上げてみる。
画面に並んでいるのは体育祭の思い出。
運動着を着た数人のクラスメイト達の写真が並んでいた。男子や女子の、あるいは混合のグループが笑顔だったりはにかんだような表情だったりを画面の向こうのわたしに向けてくる。そして、それらの画像には、それぞれクラスメート達のメッセージが連なっている。
「……わたしの」
当然、運動着姿のわたしもその中に加わっている。
スクロールの先で見つけたわたしの写真を、西崎にも見せる。その写真にもわたしの隣には西崎が写っている。
この時ふと、かつてのわたしの心象風景、『一度目』の高校生の頃に自身の写真を見たときの気持ちが蘇ってきた。
十代の頃のわたしは、自分の顔が写った写真を見るのが内心気恥ずかしかった。
容姿の良さには自覚があった。その上でその自分の見た目の良さが最大限発揮されるように表情を作っている姿と計算高さが写真の中にいつまでも残され、不特定多数の目に晒されるのが、身悶えするほど気恥ずかしいと感じていたのだ。
いまこの時、西崎と共に、運動着姿であざとい笑みを浮かべるわたしの姿に、あの頃感じたような羞恥心を感じなかった。
……あの頃よりもずっと年を取って神経が図太くなってしまった、可能性も否定出来ないが、どうも、今の自分の姿をまだ自分の身体として認識し切れていないような感覚がある。この写真を見ても自分ではないような、全く関係の無い少女が同級生と写真を撮っているようにしか見えないのだ。
「……なんか、自分の写真って、はずかしいな」
だから、西崎に対して漏らしたこの感想は完全に嘘である。
本物の女子高生だった頃の自分の心象を思い起こしてそれっぽいことを言っているだけだ。
「えー、ひなちゃん全然美人じゃん! どこに出しても恥ずかしくないよ~」
「あはは、それは褒め過ぎ」
「それに比べて見てよコレ(そう言いながら画面上の自身を指差す西崎)! 鉢巻が捻じれてるの全く気付いてないし!」
「志野さんの撮った写真を見せてもらわなかったら体育祭の間ずっと鉢巻が捻じれたままだったかもね」
「それは不幸中の幸いなんだけど、昼休みの直前までずっとこの状態だったんだよ! 残念過ぎる!」
笑い声を上げながらお互いスマートフォンを眺めながら昨日の思い出とそれに寄せられる今日のコメントを楽しむ。
……そして、その中には当然クラスメイトの瀬河玲の姿も写っている。
クラスメイトの男子と並んで笑顔を向ける、異様なほど心をざわつかせるその姿。
玲の周りだけ時間が歪んでいるよう。
その部分だけ、何十年も書くから切り取って張り付けたような違和感。
そう、さっきの西崎と並ぶわたしの姿と同じ感傷を抱かせる。
「あっ、そうそう葉山さん」
不意にわたしの眼前まで額を寄せ
「ちょっとした『ブツ』を用意したんで黙って受け取ってや貰えませんか?」
と、声を潜めて時代劇の悪徳商人のような口調でわたしの瞳を覗き込む。
どういうこと? と訊ねつつ促すと、西崎は素早く自身のスマホを指で乱打する。
程無くしてスマホに新たな着信。クラスのグループLINEではなくわたし宛の個別メッセージだ。
そこに送られたのは一枚の画像。
ただこれは先程のクラスメイトの集合写真とは性質が違う。被写体は一人、バレー部新キャプテンの
柏木はグラウンド内に立っていて真剣な面持ちで進行方向の先を凝視している。
カメラには視線を向けていない。競技に挑む直前の姿を写真に収めた訳だ。
「どうよ?」
西崎はニヤリと笑いながらリアクションを求めてくる。
「……これ盗撮じゃない?」
クラスのグループに投稿されている画像に関しては、撮影時に志野が掲載の許可を求めていた。
この写真に関しては西崎が柏木に対して許可を求めていたとは考え辛い。
「あんまりにもシャッターチャンスだったから隙を見て撮っちゃった。もちろんこれ以上の画像の悪用はしないしなんならデータも削除します」
わたしが別に怒っていないと察知した西崎は、一応申し訳無さそうな表情を作る。
「西崎さんの罪に関しては深く審議する必要がある」
わたしは真面目腐った口調で仰々しく宣言すると、画面上の柏木に人差し指を押し付けた。
「量刑のために取り敢えず盗撮画像をダウンロードして画像の詳細を徹底的に観察します」
「堪能する気満々じゃん!」
すかさずツッコミを入れる西崎。
「盗撮の是非はともかく、無駄にするには惜しい写真だし。大事にする」
「葉山さんが盗撮に寛容で、助かった!」
しかし西崎さんはクラス委員でも保健委員でも実行委員でもないのに、体育祭に密かにスマートフォンを持ち込んでいたらしい。
まぁ、持ち込み禁止のルール事態半ば形骸化している節はあった。
上級生は志野さん以上により大っぴらに撮影を繰り広げていたし、体育や生活指導に係わっていない先生は黙認しているようにも見えた。
「いやーでもさ、写真で改めてみると柏木先輩って普通に格好良いよね」
お互いのスマートフォンの中の柏木を眺めながら、西崎は感慨深げに呟く。
「ああ、いや勿論、別に恋愛感情とかそういうんじゃないからね!」
「いや、別にわたしも柏木先輩と付き合ってはいないからね? 会ったらちょっと話をする程度」
「えーでも異性としての興味は、あるんでしょ?」
「いやま、そりゃあ、良い人だし」
「おぉ~」
いやマジでそんなんじゃないからね!? と、感嘆を上げ感心して見せる西崎に一応釘を刺した、半笑いしながら。
……まぁ、柏木の写真は後回しにすることにして。
ふと思い付いてしまったので再びクラスのグループを開く。
クラス委員の志野が撮った写真以外にも幾つかクラスメイト達の写真が掲載されておりコメントも次々表示されている。
わたしはその流れを遡り、一枚の写真に行き当たる。
それは他の物と同様に志野が撮影した男子数人の記念写真のひとつ。でも他の写真と決定的に違う点がある。瀬河玲が写っているのだ。
少しだけ期待していた。西崎からもらった柏木の盗撮写真のように玲のみを被写体にした写真を誰かが掲載してくれているのではないかと。
でもクラスグループのタイムラインに公開されているにはこの、肩を寄せ合い示し合わせたキメ顔でガッツポーズをする男の子達のひとりに紛れた玲の姿だけだった。
多分誰かは、玲の写真を許可を貰らったり貰わなかったりして撮影しているのだろう。
しかしそれらの写真はクラスのグループなどというオフィシャルな場では流通されず、個人間で密かにやりとりされていることだろう。
柏木の盗撮画像を西崎が密かに送ってくれたように。
わたしは教室を見渡し、バレないように玲を見つける。
玲は他のクラスメイト同様に、スマートフォンを片手に他の男の子達と談笑している。
男としての顔立ちが出来上がりつつある中に時折見せる無邪気な表情。
時々ハッとするくらい長幸と同じ表情をすることがある。
わたしは西崎から画面を隠し、密かに玲が写った画像をダウンロードした。
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