第十二話 恋愛シーズンのメカニズム





 わたしの母校にして勤め先、『私立燐成りんせい高等学校』は世間的には恐らく進学校として認識されている。事実、三年生の担任を任されていた際は多くの生徒が進学を希望し、その何人かは関東・関西のいわゆる難関校への入学を果たしている。


 しかし名立たる名門校と難関大学への合格者数を競うようなレベルかと問われればそういうことは無く、各自好きにやれという感じの自由な校風で、校内も常に学業一色な訳ではない。


 だが基本的には真面目な生徒が大部分。

 学業にもそれ以外にも直向きで、教育者側としても、彼ら彼女らの真摯な在り様に応えねばとプレッシャーと緊張感を持たされる。


 ゆえに、まぁ目立つ。

 燐高の高校生カップルは。


 自由な校風ゆえ教育者サイドから生徒らの交際や人間関係に関して口を挿むことなどまず無いが(少なくとも燐高においてそんな話は訊いたことは無い)、積極的に恋愛沙汰にリソースを割こうとする生徒は少ない。

 少ないが、当然ゼロではない。

 ゆえにどうしても目立ってしまう。

 彼氏・彼女を作ることが同調圧力として存在していない燐高においてそれでもあえて交際をしてしまうカップル。


 高確率で美男美女である。

 顔が特別整っていなかったとしても、大概コミュニケーション能力で周囲に好印象を持たれている人物である。


 ……この構図はわたしが燐高の学生だった頃から驚くほど変わっていない。


 若者達が手にする道具(デバイス)や流行に移り変わりがあろうとも、生徒間の距離の測り方・詰め方、そして得手不得手の個人差の度合いが、余りにもかつてわたしが体験して来たものそのままであり、非常に居心地の悪い気分にさせられるのだ。






 体育祭が開催された次の週、わたしは奈智子とバレー部の柏木のツーショットを見掛けてしまう羽目になる。


 見掛けてしまったのは偶然だ。

 昼休みに自家用車に置き忘れてきた目薬を取りに駐車場まで行った時に、通り道にある自転車置き場の裏で人目を忍ぶように自転車置き場の塀にもたれて会話をしていた2人を見掛けてしまったのだ。


 お互いの姿を見止め、わたしが奈智子達の傍を通り過ぎるとき、2人の会話は一瞬途切れ、非常に変な沈黙が流れてしまった。


 ちらりと一瞬だけ2人の方を見る。


 バレー部男子の二年生、柏木。

 わたしの担任クラスの生徒ではないが英語の授業は受け持っている。

 しなやかな猫を連想させる、背の高くてやんちゃそうな少年。


 背の低い奈智子と視線を併せるために奈智子より深々と塀にもたれている。

 ……なるほど、高校生奈智子と並んでも釣り合う程度にはイケメンだ。


 触れ合ってはいないが、肘が触れるか触れないかギリギリの距離までお互い寄り添い、かなり気を許し合っているのが伺い知れた。


 そして盗み見るように一瞬だけ視線を向けた奈智子はわたしの方を真っ直ぐと見据えており、一瞬視線がぶつかりあってしまった。


 奈智子は、薄っすら微笑んだようにすら思えた。


 内心、逃げるような気持ちで通り過ぎた。


「……葉山、高津先生のこと知ってんの?」

「え~? そんな風に見えましたぁ?」

「いや、だって思いっきり目配せし合ってたじゃん、いま」

「あは、バレちゃいました?」

「え? 高津先生一年で教えてるっけ?」

「いいえ? 高津先生は一年の授業はしてませんよ?」

「ならどういう接点?」

「え~、これ説明するの難しいなぁ~」

「はは、どういうことよ?」


 ……奈智子達から遠ざかりつつも、わたしの話題で盛り上がっているのが聴こえてしまう。


 わたしの話題で盛り上がるのは構わないが、わたしに聴こえない距離まで遠ざかるまで我慢して欲しかった。


 しかしなんだあの奈智子は。柏木に対しての甘えるような口調と、敬語。


 まぁ、『先輩』に対して敬語は当たり前なのだろうけど、四十代の幼馴染が16か17歳の男の子に甘える様子を目の当たりにすると、非常に落ち着かない気分にさせられる。

 むしろゾッとさせられるので余り冷静に考えたくない。


 二人の高校生の視線をこの身に受けながら自家用車のドアを開け、グローブボックスに入れたままにしていた目薬を取り出す。


 そのまま車内で目薬を差し、そのまま少し仮眠してやろうかとも思っていたが、生徒の目がある状況ではそれは少し恥ずかしい。しかしそうするとまた二人の傍を通り過ぎねばならなくなり、正直気が重くなる。


 来た道とは反対方向に進んで校舎を迂回しながら帰ろうかとさえ思ったが、高校生カップルに気圧されて近付くのを避ける教師はどうかと思うし何より変なので、心の中で「よし」と気合を入れ、覚悟を決める。


 自家用車のドアを閉め、背筋の伸びを意識しつつ颯爽とした様子で元来た道を、自転車置き場の傍を通り過ぎた。


「邪魔したわね」

 すれ違う時、少しだけ笑顔と申し訳なさを込めた凛とした声色を全力で意識しながら、歩みを緩めずに通り過ぎる。


「ども」

 柏木は少し苦笑いを含ませた表情で照れ臭そうに頭を下げた。


 奈智子も一緒に頭を下げる。


 ……しかしその一瞬彼女から零れた表情は笑いを嚙み殺したようなニヤリとした表情で、『教師らしい態度』を腐心して出力しているわたしの様子を愉しんでいるようですらあった。


 顔がうるさい。

 そっちが女子高生をやっているようにこっちも教師をやっているのだ。






 ……教師としての立場では決して口にしない話題ではあるが、カップルないしカップル予備軍の顕在化はこの時期、丁度体育祭が終わった辺りで一度目の波が来る。


 体育祭の実行委員は燐高では基本的に夏休み直前に立候補なり押し付けなりで任命され、夏休み中から九月末まで体育祭に向けての諸々の活動を行う。

 運営委員に自然と運動部の生徒が多くなる点、更に夏休みデビューなどを加味すると、新たな出会いと特定の異性への関心の高まりが自然と助長されてしまう。


 そして体育祭はやがて終わる。

 生まれたコミュニティーは解散され少年少女らは会って話す口実を無くする。

 まぁそれとこれは割と身も蓋も無い理由だが、迫り来る次のイベント、文化祭を好きな相手と過ごしたいとする願望などもブーストされ、体育祭の終わりを切っ掛けに誕生するカップルが、毎年割と多い。


 ……因みに『二度目の波』は文化祭前後で、これは、更に身も蓋も無い理由を加えると、クリスマスを見越しての動きである。


 わたしがこのメカニズムに気付いたのは実は教師になった後なのだが、奈智子はそれこそ、『一度目の』高校生活で気付いていた可能性が高い。


 恋愛が過程や成り行きではなくほぼ目的化しているらしい奈智子にとっては、体育祭が終わったタイミングで目ぼしい相手にアプローチを掛けるのは必然、効率的に『彼氏』を作るのに絶好のタイミングという訳だ。




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