第十一話 幽霊を見た
『葉山ひな』と呼ばれる人物は実在する。
それは緋山奈智子が勝手に名乗っている偽名としてだけではなく、戸籍上実在するらしい。奈智子が女子高生に若返るに際し、仮の身分として用意したのだ。
どうやって?
「わたしの今の後見人が、まぁざっくり言うと日本の魔術業界のフィクサーみたいな人でね。その人が政府とのコネで新しい身分を用意してくれたの」
だから高校に提出している書類は全部正真正銘のホンモノだから安心して。と、再会してしばらく経った頃の奈智子に事も無げに言われた。
……心底訊くんじゃなかったと思える社会の深淵だった。
ライトノベルの裏設定かよ。
ただこれは適当に吐いた嘘の可能性も無くはなさそうだが。
「それは、わたしに話しても大丈夫な話なの?」
わたしは一応尋ねた。
「大丈夫じゃないけど……、こんな話訊いても、みのりぃどうしようもないでしょ?」
「…………確かにね」
嘘かも知れないと追及して真実を引き出した所でこれ以上におぞましい話を訊かされそうなのは目に見えている。
質問をする時点で覚悟が足りていなかったと言わざるを得ない。
「その、魔法使いとか魔女っていうのは、世の中にそんなにたくさんいるものなの?」
訊きにくいことを訊くついでに、奈智子が言う『魔法』についての話を詳しく掘り下げようと覚悟を決めた。
「そんなにたくさんいないと思う」
特に憂いも無くあっけらかんと応える奈智子。
「わたし以外の魔法使いは2人しか知らない。そのフィクサーさんと、わたしの直接の師匠」
「2人……」
それが多いのか少ないのかすらよくわからないな。
いや、私が43歳になるまでに一人(奈智子)にしか出会っていないのだから多分多い方なのだろう。
「どうやったら魔法使いと出会えるの?」
「ああ、両方ともわたしじゃなくてあっちから接触してきた感じだったから。まぁ、師匠のときは、師匠が占いの仕事をしてるブースで、『魔法使い』の才能があるとか言われて」
「胡散臭いな……」
「あはは、わたしも最初なんかの霊感商法かなとか思ったけど面白そうだったからちょっと話を訊いてみたら今に至るという訳で」
「魔法使いの才能って……、一体どういうものなの?」
その質問に奈智子は人差し指を頬に当てながら「え、えー」と困ったように呻く。
「世界や自然、あと他人との感応性の高さ、みたいなものとか……。色々アプローチはあるみたいだから一概には言えないんだけど……」
「例えばさ、わたしに才能があるかどうかとかってすぐにはわからない?」
わたしが好奇心で尋ねると、奈智子は胡散臭げにわたしの顔を一瞥し、少し思案する。
「みのりぃはさ」
「うん」
「何歳の頃から幽霊が視えていた?」
「え……」
わたしは思わず言葉に詰まった。
変な質問である。
それは完全に『幽霊が存在する事が当たり前』という前提の質問なのだ。
「いや……、幽霊とか視たこと無い」
若干の空恐ろしさを感じながらわたしが恐る恐る口にすると、奈智子は緊張の糸が切れたように「あー……」と感嘆の声を漏らす。
「それなら魔法使いは目指さない方が良いと思う。多分何の成果も得られない」
非常にぴしゃりと断定されてしまった。
「……それ、大事なんだ」
「まぁね」
「てか、今この瞬間まで幽霊が実在するとか考えたことも無かったわ……」
「あー……。幽霊が『実在』するかどうかって実は定義が微妙な話題みたいでさ。幽霊って厳密には脳の電気信号が強力な思念で空間に転写される現象らしくて……」
「えぇ……」
なんか無暗に込み入った専門的な話が始まってしまった。困惑する気持ちを隠すのも忘れて呻いてしまった。
「ああ、わたしその辺専門分野外だからあんまり詳しい事はわからないよ。まぁ、『普通の人達』が定義している幽霊と大して変わらないかな?」
その幽霊の実在をずっと信じていなかったのがわたしである。急に『マグルが定義する幽霊』とか言われても困る。
「……幽霊の話をしたのとか、小学校の頃以来かも」
「そうなの? ……まー、それはそうか。大人になってから幽霊の話とか普通はする機会無いよね」
「小学校の頃って結構、そういう幽霊の話題で盛り上がったりしなかった?」
「んー、したした」
奈智子は少し思案した後、美少女女子高生フェイスに寛いだような笑みを浮かべた。可愛いと言うほか無い。
「交通事故現場で見た幽霊とかの話してみんなを怖がらせてた~」
屈託無くそんな事を言ってしまう奈智子。
ここでわたしは、実は密かに絶句してしまう。
小学生の頃のわたしは奈智子とそれ程付き合いが深かった訳ではない。
だから奈智子のことを、「お化けを見た」だの「自分は霊感が強い」などという話題を自分から降ってくるタイプの人物として分類していなかったのだ。
そして再び思い当たる。
わたしは小学生の(最早顔すら忘れた)同級生達がたまに口にしたお化けや霊感だの話を全く信じていなかったのを。
嘘や勘違いをまことしやかに語る彼女達の話を、人付き合いの作法として信じた振りをして話を合わせていた記憶が断片的に蘇る。
そして奈智子は、そんな『胡散臭い話』を自ら口にするような少女だったはずはないと、勝手にカテゴライズしていたのだ。
「……ひなが幽霊の話とかしていたイメージ、あんまり無いな」
そんな若かりし日の様々な決め付けを胸の内に押し込みつつ、わたしは率直な本心を口にする。
「うん、まぁそういう話してたのって低学年くらいの頃までだし。五年生になったくらいからかな、敢えてそういうの言わないようにした」
「そうなの?」
「だって誰もわたしの話、ホントのことだって信じてないのわかっちゃったし」
ただただ幼い頃の思い出を懐かしむように笑う奈智子。
わたしは、幼い頃の偏見を見透かされていたのを明かされたようで、ひどく居心地が悪かった。
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