第七話 葉山ひな
『高校生時代の緋山奈智子にそっくりな女生徒』の存在に対する謎が深まっていくばかりで明確な答えが出ないまま悶々とした期間が一週間ほど続いて、いよいよこれは駄目だ仕事に支障が出ると追い詰められ、彼女の正体を明らかにしようと思い至る。
最初、茶道部の新入部員達に『葉山ひな』の人となりを訊いてみようかとか考えてみたけど、そもそも『緋山奈智子似の女生徒』と『葉山ひな』が同一人物かも怪しいので、やはり直接彼女にコンタクトを取った方がシンプルだろう。
気楽に考えれば良いのだ。
もし彼女が緋山奈智子と関係が無ければ「ごめんなさい、幼馴染とそっくりだったから血縁者なのかなって思っちゃった」とあっけらかんと謝れば良い。中年女性のウザ絡みを巧く活用するときだ。
そうと決まれば、話し掛けてしまおう。
ただしかし、どのように話し掛けようかはちょっとした難題である。
緋山奈智子似の女子生徒が校内に居る時は大概2~3人の同級生と行動しており(みんな可愛い)、教師が唐突に捕まえて、世間話を持ち掛けるのはさり気無さが皆無で気が進まない。
彼女が一人で行動しているのを見計らって偶然を装って声を掛けるしかないのだ。
だって、そういう程度の価値しかない話題な訳だし。
六月の上旬。
一学期の中間テストが終え生徒達の緊張が安堵と弛緩に変わった時期。
授業終了直後の生徒の質問に答え、教室から職員室へ戻る途中のことだ。
時間は昼休み。
廊下の外は既に生徒達でごった返していた。
生徒達の移動の流れに乗りながら一階へ向かう。
多くの生徒達の目的地であろう食堂と職員室が共に1階にあるので進行方向が途中まで同じなのだ。
階段を降りる順番待ちをしている間、そういえば今日のような昼休み前に4階から降りてくる生徒の中から奈智子似の生徒を見つけたのだと思い出し、ふと視線を上げ登りの階段の方へ目を遣る。
すると降りてくる生徒達の中からその奈智子似の生徒を見つけてしまって、目が合ってしまった。
……目が合った彼女は以前と違いわたしから目を逸らさず、真っ直ぐわたしに視線を向けたままだ。
わたしも、目を逸らすきっかけが掴めずそのまま固定されたように彼女と目を合わせていた。
階段から3階に降りた時、彼女はそのまま2階へ降りようとはせず、わたしにちらちらと視線を寄越しながら下の階へ降りる人込みからそれた場所に移動する。
わたしも、突っ立ったままそんな彼女の様子を観察していた。
何故だかわからないが、身体の奥が熱くさせられていた。
その奈智子似の少女の眼差しがあんまりにも挑発的と言うか挑戦的で、映画とかで出てくるミステリアスな美女が視線だけで男を誘導するようなニュアンスが篭められている、なんて連想が頭をもたげるのだ。
このレベルの美少女にこんな表情を作られるとこっちの性別なんて最早あんまり関係無いんじゃないかと思わされてしまう。
「その、こんにちは」
そして話し掛けられてしまった。
わたしと視線を絡めていた先程までとは全然違う、遠慮したような笑顔で。
気付けば廊下や階段の生徒達は大方階段を降り、周囲の人影はまばらになっていた。
「こんにちは……」
わたしは、内心の動揺が気付かれないように挨拶を返す。
「……高津先生ですよね、英語科の」
声まで記憶の中の奈智子そっくりだったのは驚かされたが、同時に、どこか急速に冷静になっていく自分も居た。
恐る恐るわたしの顔色を窺う美少女は、不安と戸惑いを持っているように見える。
そして、高校に入って間もない少女にそんな風にさせてしまっている理由に自分は大いに心当たりがあった。
「ええ、そうだけど」
さすがにこれはわたしの方から切り出すべきかな、と思えた。
「もしかしてわたし、あなたのこと見過ぎてた?」
「え、いや。……はい、ちょっと視線を感じていました」
「ごめんなさい。あなたの顔がわたしの幼馴染に似ていたから」
「……そうなんですか?」
屈託の無い好奇心を滲ませつつ少し驚いて見せる奈智子似の少女。
若干意識的に表情を作っている気配はあるけど、余りにも愛らし過ぎるのでそんなこと気にする気になれない。
「あなたの名前を訊かせて欲しいんだけど」
「あ、はい。葉山ひなです」
まさかのドンピシャだった。
「あなたのお母さまの名前、もしかして緋山奈智子じゃない?」
「いえ、違います」
あっさり否定された。
「ん~、じゃあ他人の空似みたいね。ごめんなさいね、あなたの顔覗き見するような真似して」
「いえそんな。……わたしの顔ってそんなに幼馴染の方と似ているんですか?」
「ええ。いやでも記憶違いもあるかもね。もう20年以上会ってない相手だし」
このように、疑問が晴れた風を装っているわたしだが、実は全然納得出来ていない。
他人の空似と言うには余りにも似過ぎているし、奈智子のあだ名と同じ名前という点も無視出来ない疑念を与えてくる。
しかし、勿論それらは『偶然』で説明出来てしまうレベルの符号ではある。
物凄い『偶然』の積み重ねだが、当の葉山ひな本人が緋山奈智子と関係無いと言ってしまっているので偶然だと飲み干すしかない。
うーん、偶然かぁ……。
釈然としないなぁ……。
「そう言えば先生は」
「うん?」
「瀬河くんのお父さんと同級生だそうですね」
あ。
「木之下先生が仰っていたんですけど……」
「あ……、うん、そうだよ同級生」
不意に、わたしの恥ずかしい過去を観察されている気分にさせられた。
「やっぱり、瀬河くんもお父さんに似ているんですか?」
好奇心を剥き出しにして爛漫な様子で尋ねる葉山。
「……そうね、やっぱり面影があるわね。よく似ているわ」
屈託無い好奇心に応えてやりたい気持ちになって秘密を打ち明けるように声を潜めて教えてやると、ええぇ、そうなんですかぁと嬉し気に笑い声を上げた。
……瀬河くんの息子の玲くんが、父親同様に女子生徒達の話題の的になっているらしいことが容易に想像出来る反応だ。
これで万が一この葉山ひなと瀬河玲が手を繋いで一緒に帰宅するみたいなシーンに出くわしたらどうしよう? と身勝手な想像をしそうになったのを全力で脳内から打ち消した。
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