14. カーバンクルの『チャオ』

 カーバンクルを助けてから10日が経過した。

 あのあと、カーバンクルはお爺ちゃんの部屋で安静にしているらしい。

 一度だけ様子を見にいったけど、穏やかそうな顔つきで眠っていてよかったよ。


 高純度人工魔核というものも今日到着するとかで、お爺ちゃんはその受け取りに行っている。

 機密性が高いものらしいから、信頼できる人じゃないと受け取りができないらしいのだ。

 なんだか大変そう。


 その日も1日の仕事と日課を終え、屋敷に帰るとお爺ちゃんから呼び出された。

 カーバンクルのことで話があるらしい。

 急いで行ってみよう。


「お爺ちゃん、来たよ」


「おお、ルリか。わざわざすまなかったな」


「ううん。それより話ってなに?」


「明日じゃが、朝の仕事が終わったらここに戻ってきておくれ。カーバンクルを野生に帰せるか試す」


「えっ!? もう放してもいいの!?」


「高純度人工魔核を埋め込んでから元気いっぱいにはしゃぎ回るようになった。怪我も完治しているし、ひとまず大丈夫じゃろう」


 そうなんだ、もう帰しちゃうのか。

 なんだか寂しいな。


 ……あれ?

 そういえば、カーバンクルがいない。

 この部屋にいたはずなのにどこに行ったんだろう?


「お爺ちゃん、カーバンクルはどこかに連れて行ったの?」


「なに? どこにも連れて行ってはおらぬが?」


「でも、部屋のどこにもいないよ?」


「なんじゃと!? ……本当じゃ、どこに行った!?」


「ええと、保護器には入れてあったんだよね?」


「入れてあったのう。となると、保護器ごと『幻獣の抜け道』でどこかに行ってしまったのか?」


「それって大変じゃないの!?」


「大変じゃが、そう遠くには行けないはずじゃ。屋敷の者に周囲を探させよう」


「私も荷物を部屋に置いてきたら手伝うよ!」


「頼んだぞ。誰か、至急手伝いを頼む!」


 お爺ちゃんが屋敷の人たちに指示出しをしている間に、私は自分用に貸してもらっている部屋へと戻る。

 少し急ぎ足で戻ったんだけど、屋敷の中全体がばたついてるので見とがめられなかったのはよかった。

 さて、私も部屋に荷物を……あれ、私の部屋から明かりが漏れてる。

 誰かが入っているのかな?

 でも、普段は掃除のために使用人が入ることはあるそうだけど、こんな時間にいるはずはないし。

 お貴族様の屋敷に泥棒が簡単に入れるとは思えないけど、慎重にドアを開けてみよう。


「……誰もいそうにない、よね?」


 ドアにはやっぱり鍵がかかっていた。

 音を鳴らさないようゆっくりと鍵を開け、ドアも開けると部屋の中にある魔力灯がついている。

 でも、人影はやっぱりない。

 どこかに隠れているのかな?

 どうしよう、人を呼ぶべき?

 屋敷の中で銃を使うのははばかられるし、どうしたらいいんだろう?


「ニャウ!」


「わわっ!?」


 ドアの隙間から中を覗き込んでいたら、突然上からなにかが降ってきた。

 温かい毛皮に包まれたそれは私の顔にしがみついて離れてくれない。

 仕方がない、ちょっと痛そうだけど無理矢理引き剥がそう。


「えいっ! ……つつ。うん? あなたは?」


「ニャウ!」


 私から引き剥がされたそれは明るい緑色のカーバンクルだった。

 元気よく一鳴きするとまたジタバタ暴れ出し、私の手をすり抜けたと思えば私の体をよじ登って肩にしがみつく。

 どうなっているんだろう、これ。


「えーと、あなた、私の部屋に来ていたの?」


「ニャ! ニャウ!」


「あ、保護器も私の部屋にある。どうやってここまで来たの?」


 私がカーバンクルに尋ねると、カーバンクルは紫色の光りに包まれて消えてしまう。

 そして、次の瞬間には頭の上に少し重たい物が落ちてきた。

 それが肩まで降りてきたら、やっぱりカーバンクルだったよ。

 これが『幻獣の抜け道』なんだね。


「とりあえず、お爺ちゃんのところに戻ろうか。心配しているよ?」


「ニャウニャ!」


 私は保護器を抱えてお爺ちゃんの部屋まで戻った。

 そこで待っていたお爺ちゃんに状況を説明すると、なんとなく安心してくれたようだ。

 保護していた幻獣が逃げ出したなんて大変なことみたいだからね。

 無事に見つかってくれて本当によかったよ。


「それで、なぜルリの部屋にカーバンクルがいたのじゃ?」


「うーん、わからない、かなぁ。部屋の明かりがついていて用心しながらドアを開けたら、カーバンクルが上から降ってきた状態だったし」


「ふむ……命の恩人であるルリが相当気に入った、とかじゃろうか?」


「ニャニャ!」


 それが正解だ、と言わんばかりに元気よくカーバンクルが飛び跳ねる。

 何回か飛び跳ねたあと、また私の方に飛びかかってきて服をよじ登り肩にしがみついた。

 そこが気に入ったのかな?


「これは困ったのう。明日にでも野に放すつもりじゃったのじゃが」


「これって大丈夫なのかな?」


「大丈夫ではないじゃろうな。『幻獣の抜け道』を使ってまで脱走したのじゃ、森に逃がしてもすぐにまた帰ってくるじゃろう」


 やっぱりかぁ。

 どうするのが正解なんだろう。


「仕方があるまい。ルリよ、『契約』を試せ」


「『契約』?」


「幻獣と魂で結びつき互いの魔力を交換しあうことができるようになることじゃ。『契約』が済めば、人里で暮らす幻獣として認められるし、離れた場所にいても契約主には幻獣の居場所がわかる。契約主には幻獣を保護する義務が生じるが仕方あるまい」


 それくらいなら仕方がないか。

 契約の方法は名前を付けてあげればいいということなので早速試してみようと思う。

 でも、いきなり名付けをしろと言われてもいい名前って思いつかないよねぇ。


「『ニャウ』じゃそのままだし、『カー』とかも変。えーとなににしよう?」


「ミャウ?」


「ちょっと待ってね、いい名前を考えてあげるから」


「ミャオ!」


 いろいろと考えに考えた結果、この子の名前は『チャオ』に決まった。

 名前が決まれば『契約』はスムーズに進む。

 私が考えた名前をこの子が受け入れてくれればいいらしい。


 カーバンクルは私の名前を受け入れてくれて額の宝石の中に紋章のような物が浮かび上がった。

 私の左手の手のひらにも同じ紋章がついているし、これが『契約』の証らしい。

 この状態だといろいろできることが増えるみたいだけど、詳しい説明は明日に持ち越しだ。

 正直、夜遅くなってしまったので早く寝たい。

 急激になにかが変わるわけでもないだろうし、今日のところはここまでにしよう。


 おやすみ、チャオ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る