第6話 魔法之剣

(ヤバい)


ツカサは人生で二度目かの警報を鳴らす。

今まで鳴らしたのは幼少期の頃、無茶をして危険な目にあったことがあった。

その頃は力も弱く、剣なんて碌に振れなかった。

それからは必死に努力をして、外の魔物じゃ敵無しと言っても過言ではなかった。

だが今、目の前の魔物は。


「グルゥ…」


実力を付け、成長しても、とてもじゃないが敵わないことがはっきりと分かった。


(どうする、逃げる?無理だ、大量のウルヘンに囲まれて逃げれない。倒してもその隙に近づかれて終わりだ)


思考を回転させる。

自分達が生き残る術を必死に探す。

思いついては、不可能、却下、無謀。

無限に続くかと思われた思索の時間は、唐突に終わった。


「お兄、来る!」


「!!」


大量のウルヘンが襲い掛かった。

その爪牙で、ツカサ達を切り裂こうと次々と飛びかかって来た。


「クソっ!」


悪態を吐き捨てながらも、剣を振るい、三頭同時に屍へと変えた。

しかし同族の無残な姿を見ても、ウルヘン達の勢いは止まることはなかった。


「お兄、そのまま向かってくるウルヘンの相手をして!ニッシュ、槍で退路を確保して!大丈夫、強化魔法をかけるし、ケガしても絶対に治すから!」


「応!!」


「う、うん!」


絶体絶命の状況の中、エルは至って冷静に判断を下した。

ウルヘン達の動き、自分達に残された道、それらを一瞬にして分析して指示を与えた。


「【強化ストレング】!」


淡い桃色の光がツカサとニッシュへと飛び、二人の体を包んだ。

強化魔法を受けたツカサは、より洗練された動きでウルヘンを叩き落とす。

ニッシュはむやみやたらに槍を振るい、向かってくるウルヘンを弾き飛ばす。


(四階級の魔法は使えない!スキルがあるとはいえ、使ったら魔力が底を尽き掛ける!)


治属性の四階級魔法、【激化インテンス】。

その効力は、子供が大の大人を投げ飛ばすほどまで身体能力を向上させる。

その力の引き換えは魔力の消耗。

並大抵の魔法使いでは、一度使ったら最後、暫くの間動けなくなる。

スキル【妖精魔力フェアリー・マナ】を持つエルでも、そう簡単に使える代物ではなかった。


(使わずに倒せるのが一番だけど…)


しかしその心配も杞憂に終わった。

ツカサもニッシュも、ウルヘン相手に遅れをとることなく圧倒していた。


(にしても…ニッシュの力強すぎじゃない?)


ニッシュの戦い方は無茶苦茶だった。

相手を碌に見ずに槍を振り回す。

矛先で突かずに、危険なものから安全を確保しようとする戦い方。

本来なら、そんな戦闘にはいずれ隙が生まれるはずだが…。


「ウラァ!」


「ギャン!?」


ニッシュの槍が当たった瞬間、ウルヘンはとんでもない速さで、面白いほど遠くに吹き飛ばされた。

その光景は、迷いなく突き進んできたウルヘン達も思わず躊躇してしまうほどだった。


(あんな細身なのに…どこにそんな力が?)


疑問は残るが、この危機的状況での突破力は非常に心強かった。


(でも、アイツが動いたら…)


強化魔法を唱えて移動しながらも、ハイウルヘンだけは視界から外さないように立ち回った。

今は上から見下ろしているだけだが、ハイウルヘンが攻勢に転じた瞬間、詰みだとエルは分かっていた。

いくらツカサが刃を振るっても、エルが強化を回復を施そうと、ニッシュが吹き飛ばそうとも。

どれだけ抗おうとも、たった一体の魔物に戦局を覆される。

そんな中、一つの転機が訪れた。


「君達、こっちだ!!」


「「「!?」」」


突然聞こえてきた第三者の声。

彼は、カエデの指示でツカサ達の護衛兼観察を行っていた警察官だ。

彼も剣を振るいウルヘン達を背後から襲う。

突然の奇襲にウルヘン達は成す術もなく倒されていく。


「援軍…よかった、助かった」


エルはほっと安堵の息を漏らすが、すぐに顔を引き締めて指示を出す。


「お兄、ニッシュ、チェンジ!ニッシュはとにかくウルヘンを吹き飛ばして障害物を作って!あいつらの足止めになる!お兄はあの人と合流して、すぐにニッシュの加勢!」


「了解!」


「わ、わかった!」


端的に短く、指示を送るエルにすぐさま従い、二人はポジションを交代した。

肉弾戦を仕掛けていたツカサからの、怪力槍使いはウルヘン達の対応を遅らせた。

速さが足りなかったニッシュからの、圧倒的な速さを持って切り込んでいくツカサは、ウルヘン達に反撃する余地も与えずに解体していった。


「君達、無事か!?」


最後の一頭を斬り捨てたツカサに、警察官が駆け寄ってくる。


「俺達は大丈夫です!ただこの先でまだ一人…!」


「分かっている!すぐに助けよう!」


事態を把握した警察官とツカサは、ニッシュの元へ急いで救援に向かう。

エルも駆け寄り、警察官に話しかける。


「あなたが居るってことは…他にも来るってこと?」


「…あぁ、来る。だが、かなり遅れてな」


「えっ?な、なんでですか?」


「実は、君達が戦闘に入る前、この第一層の二カ所で異常イレギュラーが発生したんだ」


「い、異常イレギュラー?」


「今の君達と同じように、本来いるはずのない魔物と遭遇エンカウントしてしまい、他の警察官達はそちらの対応に向かってしまった」


「そんな…」


「到着には最低でもあと五分、下手したら十分以上かかってしまう。それまでに何とか持ち堪えるしかない、出来るか?」


応援が来るまで、あの規格外を抑え込む必要がある。

新人警察官には、かなり酷な任務。


「はい、出来ます!」


「やるしかない…」


それでも、二人の顔には悲壮の表情はなかった。

先程までと違い、勝機が存在する。

五分~十分耐えれば、援軍が到着する。

簡単に見えて、難しいことでも、二人は臆することなく返事を返した。

想像以上の勇ましい声に、一瞬呆けたが、警察官は好戦的な笑みを浮かべた。


「やっぱり、今年は豊作だ!俺の名前はニック!君達のような輝く原石を失わせないためにも…この危機的状況を共に乗り越えるぞ!」


「はい!」


ツカサとエル、ニックの三人は一人で未だに耐えているニッシュの元へ急いで向かう。


「ニッシュ、こっちに来い!」


「!ツカサ君、分かった!」


ニッシュは最後に大きな一振りを振るい、ウルヘンを一掃して、こちらに向かって走って来る。

だが、その判断は誤りだった。

ウルヘンの数の減少、危険なベテラン警察官の援軍、こちらに背を向けて走る男。

ハイウルヘンが攻勢に転じるのには、充分過ぎるほどの条件がそろってしまった。


「ルゥォオ!!」


「!?ニッシュ、避けろ!!」


ツカサとエルの足では、間に合わない。

ニッシュの反応速度じゃ、自身に迫る爪を避けれない。

三人では、到底無理だった。


「フン!!」


しかし、今ここにはニックがいた。

ニックは目にも止まらぬ速さで、ニッシュとハイウルヘンの間に割り込んで、攻撃を防いだ。


「す、すご…」


普段めったなことでは人を褒めないエルも、こればっかりには感嘆した。

だが、そんな超人的なことを披露したニックの顔には焦燥の表情が浮かんでいた。


(攻撃が重い…!一般的なウルヘン系統の魔物は速さと防御が優れている代わりに、攻撃が軽いのが常だと言うのに。やはり異常イレギュラー、こちらの常識を簡単に覆してくる!)


ハイウルヘンは反撃を恐れ、すぐさま後方に飛ぼうとする。

折角の好機を逃したかに思えたが、ニックは待ってましたとばかりに叫んだ。


「その一瞬の隙を待っていた!」


右斜めからはツカサが、左斜めからはニッシュがそれぞれの獲物で仕留めに掛かる。


「「ハァァっ!」」


即興チームとは思えないほどの息のあった連携攻撃は、一寸の狂いもなく、ハイウルヘンに当たった。


「ルゥォオ!!」


しかし、痛む素振りすら見せずに、後方へ大きく後退しだしたハイウルヘンの巻き起こした衝撃に、三人はそれ以上攻撃に移れなかった。


「クッ!」


「おわっ!?」


「チィッ!」


ツカサは衝撃を耐えるのに全神経を注ぎ、ニッシュは堪えれず尻もちをつき、ニックは悪態をつきながらも持ちこたえて見せた。


「三人とも大丈夫!?」


すぐさまエルが三人の無事を確認する。

彼女の言葉に問題無いこと伝え、再び武器を構える。


「えっと、さっきはすいません。助かりました」


「気にしなくていいよ、むしろあの数相手によくあそここまで耐えた…それより、どうだった?攻撃の手応えは?」


「間違いなく剣はアイツを斬ったはずなんですけど、あの体毛が固くて、思ったより入らなかったみたいです」


「僕も同じです、槍が深くまで突き刺さらなかった」


「今の戦法も見抜かれただろうね、どうしたものだろうか…」


「…でも、アイツも警戒しているみたい」


ハイウルヘンは先程の攻防で、こちらへの警戒度を上げたようで、油断なくこちらを見つめていた。

それと同時に雄たけびを上げ、ウルヘンの増援を呼び出した。

残っているウルヘンも纏まり出し、一丸となって襲う準備をしていた。


「なら、このまま耐えることも…!」


「いや、裏を返せば向こうも本気になったことになる」


「さっきみたいに一対四の構図ならともかく、向こうの数がこっちより多くなったら…」


ツカサの提案をニックとエルは否定する。

このままいけば、いずれこちらが負ける。


「…やれやれ、仕方がないな」


そんな中、ニックは笑いながら前へ進み出た。

だがその笑みは、最初に見た好戦的な笑みではなく、どこか哀愁を漂わせる笑みだった。


「ニックさん…?」


「君達、俺を置いて逃げろ」


「なっ!?」


様子がおかしいニックにエルは声を掛けるが、ニックは畳み掛けるように遮った。

突如告げられた撤退の指示、それはツカサには到底聞き入れられるような内容ではなかった。


「な、何でですか!?」


「このままいけば、援軍は到着するだろう。だが、それまでに耐えることは不可能に近いと俺は判断した。一人でも多く生き残る為に…俺が囮になる。それだけのことだよ」


粛々と、冷淡な声色で理由を述べるニックの言葉を聞いて、エルは出発前にカエデから聞いた忠告を思い出した。


『ダンジョンは何が起こるかわからない。常に最悪のケースを懸念して、物事に当たるように』


(あの時の言葉…まさか現実になるなんて…)


最悪のケース、それはこの場の全ての者が命を落とすこと。

エルは苦虫を嚙み潰したような顔で、ニックの背を見た。


「君達はこの先、大きく成長し、いずれはキースを代表する警察官になるはずだ。そんな君達がこんな所で命を落とすのはあまりに惜しい。だから君達は―――」


ニックは、礎になろうとした。

将来ある若者を生かす為、後輩の盾になろうとしたのだ。

エルもニッシュも、そんな彼の覚悟を踏みにじるような発言はできなかった。


「―――嫌です」


ただし、ツカサは違った。

ニックの言葉の途中で、それ以上は言わせないとばかりに言葉を漏らす。


「…分かってくれ、少年。いや、ツカサ君。これも全て君達を守る為―――」


「―――俺は!!」


聞き分けの無い子供を諭すように、ニックは話しかけるがツカサは再びニックの言葉を遮った。

あまりの勢いにニックは思わず口をつぐんだ。


「俺は…俺が警察官になったのは、誰かを守る為、助ける為だ!ニックさんの言うことが正しいのは分かっている、でも!…今ここで、あなたを置いて逃げることなんて絶対にできない!!」


それは、ツカサが警察官を目指した起源の想い。

ツカサは富を、名声を、力を求めて警察官になったのではない。

そこにあるのは、いたって単純な理由。

それが例え、ヒューマンでも、獣人でも、エルフでも、ドワーフでも妖精族でも、誰かの命を守る、ただそれだけだった。


「ツカサ君…君の気持ちは嬉しい。だがこれは上官命令だ。言うことを聞いてもらう!」


「なら俺は、警察官を辞める!!」


「な…っ!!」


「自分の理想を叶えられないなら、警察官の肩書なんて必要ない!」


ツカサの意志は固かった。

さながらダイヤモンドのように固く、光を放っていた。


「あっ、じゃあ私も辞める」


「エル君!?」


「私はお兄を支える為に警察官になった。でも、お兄が警察官を辞めるなら、私が警察官でいる意味は無いから」


彼女の動機はツカサよりも簡単だった。

義兄がなったからなった。

崇高な理由などなく、とても分かりやすくシンプルなものだった。


「じゃ、じゃあ僕も…」


「ニッシュ君、君もか!?」


「僕は情けない自分がいやで警察官になった。なら、無理に警察官という役職に拘る必要はないので…それに、今回の件だけでも成長を感じることが出来たのは、二人のお陰、二人が居ないなら僕も辞める」


三人の宣言は、脅しだった。

ここでニックがツカサ達を逃がしたとしても、警察官を辞めると言っているのだ。

生き残り、今後のキース警察を支えて欲しいニックの目論見は完全に潰れることになるのだから。


「ニックさん。俺は、俺達は逃げることはしません。ですから、一緒に戦いましょう。一緒に生きましょう!」


「!!」


最後に、ツカサが覚悟を示した。

理不尽に抗う覚悟を。

それがとどめの一手となった。

ニックは一度目を瞑り、大きく息を吸って吐き出した。


「…始めてだよ、新人に脅されることになるなんて…」


かれこれ長年警察官を続けてきたニックにとって、ここまで頑固な新人はいなかった。

だからこそ、彼の心を昂らせる。


「いいだろう、元より共に状況を打破しようといったのだ。ここで引き下がるなんて、誰よりもプライドの高いキース警察官が許せるはずないからな!」


「ニックさん…」


「行くぞ!今頃弱音を吐いても知らないからな!」


「「「はい!」」」


即興の四人パーティは、心を一つにして闘争に身を投げる覚悟を決めた。


「とは言え、状況は悪くなる一方だな…」


ハイウルヘンは傷が完治したようで、再び岩石の上に座り込んでいた。

ウルヘンの数も先程よりも膨れ上がって、ハイウルヘンの号令を今か今かと待っている。


「せめて火があれば…」


「火、ですか?」


ニックが溢した言葉を、ツカサはすぐさま拾い出した。


「あぁ、火もとい炎属性の魔法はウルヘンの弱点…ハイウルヘンにも必ず効くはずだからな」


ウルヘン系統の魔物の弱点。

それは発達した体毛を燃やすことの出来る、炎属性の攻撃。

それが例え上位種のハイウルヘンでも、倒すことの出来る可能性のある希望だった。

ニックはありもしない机上の空論だと、首を振るがツカサとエルは違った。

二人は顔を見合わせ、頷き合った。


「ニックさん、俺とエルに考えがあります」


「何?」


「実は―――」




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




産まれた時、自分は特別な存在だと分かった。

我等が産みの親は、武芸に多少の覚えがあれば楽に突破されてしまうこの地に、不満を持っていたのだろう。

だから、無理をしてまで自分を産み出した。

我が物顔でこの地を闊歩する、愚かな人類に制裁を与える為。

向かって来た人間どもは、自分を見た瞬間、顔を青ざめさせた。

悲鳴を上げ逃げ出したので、牙と爪でなぶり殺した。

そんな生活を送っていると、自分と似た存在と出会った。

自分より一つ下の下位種に、祭り上げられた。

頭を垂れ、忠誠を捧げられた。

悪い気はしなかった、むしろ気分がよかった。

自身が王になった気がした。

同族は自分の指示に従い、人間は逃げ惑う。

優越、満足、最高潮。

誰も自分には勝てないと思っていた。

そう思っていたのに。

目の前の人間達は、自分に反旗を翻してきた。

自分より弱い存在の癖に。

部下が次々と倒され、人間達は逃げ出そうとした。

気に食わなかったので、自ら手を下すことにした。

確実に仕留めたと思ったのに、防がれ、傷を負わされた。

初めてだった、攻撃を防がれたのも、傷を負ったのも。

こいつらは、他の人間とは違う。

確実に殺せと、体のあちこちが叫んでいた。

更に部下を呼び、これ以上自分を危険に晒さない為にも、自身の近くに五体ほど隠れさせ、襲い掛かってくるようなら返り討ちに、逃げ出すようなら圧倒的物量で押し潰そうとした。

どう殺してやろうかと考えていると、連中がこちらに向かって来た。

長身の男と、槍を持った男が前に出た。

その後方で、ワンドを持った女は何かを唱え始めた。

その動作を見るや否や、号令を下し、突撃させた。

二人の男もこちらに突っ込んできた。

衝突。

黒い海が人間を飲み込もうと押し寄せる。

しかし、槍の男がむやみやたらに暴れ、部下が殴り飛ばされる。

長身の男が剣を振るい、余ったものを切り裂く。

ワンドを持った女も負けじと何かを唱え、光を二人に送り飛ばす。

そこで、疑問を覚えた。

この混戦で一人だけ動いていない男がいる。

剣をじっと構え、動くことなくこちらを見ている。

何がしたいのか、まるで分らなかった。

考えを巡らせていると、部下によって形成された壁が破れた。

自身まで繋がる一本道が形成された。

その瞬間、剣を持った男がこちらに猛進しだした。

部下達が、無謀にも死地へ来た男に容赦なく爪牙を向けた。

それに対応することなく走ることを止めない。

長身の男とい槍の男が、ことごとく防ぐからだ。

男の走る速さは増していき、超人的なスピードでこちらに飛び掛かって来た。

予め待機させていた部下が、茂みから飛び出し強襲する。

五体まとめて斬り殺すのは不可能。

隙を晒したところを、自分が確実に仕留める。

目の前の男が迎える悲惨な結末に、笑みが零れる。

しかし、暗い終わりは迎えることはなかった。

何故なら、男の剣は赤く輝いているから。

そしてその赤い光が、自分が最も恐れるものだと思い知らされるから。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




五体のウルヘンが飛び掛かって来た。

普段なら、五体を一辺に斬ることは無理だ。

ただし、それは俺が何も使えない剣士の場合だ。

その眼に焼き付けろ。

お前達を苦しめる、燃え盛るこの剣を!

俺は一言、自身を最強へと至らしめる言葉を呟いた。


「【紅蓮之剣ぐれんのつるぎ】!!」


その言葉を告げると共に、剣を振るった。

鋼色の剣は、いや、赤色の剣はウルヘンを五体を斬り燃やし尽くした。

火花の散る中、ハイウルヘンの歪な笑みが驚愕へと変わったのがはっきりと分かった。


「話には聞いてたが、凄まじいな!」


ニックさんがウルヘンを切り落としながら、喝采を叫ぶ。


「綺麗…」


ニッシュは思わず手を止め、幻想的な炎を見入る。


「お兄!」


最後に、エルが俺のことを呼び親指を立てて叫んだ。


「やっちゃえ!!」


最高の笑みと激励の言葉は、俺の胸をより熱くさせた。


「応!!」


加速する。

未だに目の前の状況を読み込めていないハイウルヘンに斬りかかる。

漸く自分が攻撃されていることに気付いたハイウルヘンは、爪を用いて応戦してくるが、その判断は誤りだった。


「グゥォォォォォ!?」


互いの得物がぶつかり合った瞬間、俺の剣は火花をまき散らすハイウルヘンに燃え移った。

火の勢いは増していき、瞬く間にハイウルヘンの右腕を燃やした。

ハイウルヘンは慌てて飛び下がって、火を消そうと躍起になるが、勢いは全く変わらず、むしろ強まっていく一方だった。

その隙を逃す理由もなく、追撃とばかりに剣を振るう。

赤く輝く剣の軌跡を、燃え盛る炎が後を辿る。

刃は狙いを違えることなく、ハイウルヘンの体を切り裂き、炎がその巨体を飲み込む。

その一撃が、ハイウルヘンの最期を飾った花火となった。


「――――――ッ!!」


声にならない絶叫が木霊し、森の王はその姿を灰へと変えていった。

炎がとうとう燃え尽き、ハイウルヘンの死骸からは大きな紫色の魔石と鋭い牙があった。

鋭い牙の正体は、『ハイウルヘンの牙』。

その二つがあるということは、ドロップアイテムがあるということは。


「か、勝ったぞーー!!」


ハイウルヘンを倒し、ツカサが、ツカサ達が勝利を手にしたということ。

岩山の上で拳を突き上げ、高らかに勝利を告げる。


「や、やったー!」


ツカサの叫び声に呼応し、ニッシュが喜びの声を上げる。


「はぁ…もうダメかと思った…もう二度と経験したくない」


ため息をつき悪態をつくエルだが、その顔と声色には嬉しさを隠しきれていなかった。


「まさか、本当に勝ってしまうとは…」


目の前に広がる光景に、ニックは信じられないとばかりに言葉を漏らす。

そして、同時に納得する。


「カエデ副署長が観察を頼み込んだのは、あの力があったからか…」


ツカサの剣を注視するニック。

先程までの赤い光は失われ、元の鈍い鋼色に戻っていた。

赤い剣の名は、スキル【魔法之剣まほうのつるぎ】の力の一つ、【紅蓮之剣ぐれんのつるぎ】。

効果は剣に炎属性の魔法を纏わせること。

纏わせる魔法は、三階級魔法【紅蓮インフェルノ】。

高熱の炎の魔法を剣に。

ハイウルヘンを火葬するのには、充分な火力だった。


「おーい、無事かー!」


後方から声が聞こえてきたので、ニックは思考を止めそちらの相手をすることにした。


「どうやら、援軍の到着みたいだな」


「遅すぎ…もう終わったんだけど」


聞こえてくる同僚の声にニックは喜ぶも、エルは文句の一つでも言わないと気が済まない様子だった。


「俺達は無事だー!魔物も全て片付けたぞ!」


「何?ニック、お前の話だとウルヘンの群れとハイウルヘンがいたらしいが…」


「あぁ、ウルヘンなんて軽く五十体近くはいたぞ」


「そ、そうか…その数相手によく勝ったな…」


想像以上の修羅場に顔が引きつる警察官達。


「ハイウルヘンはニック、お前が倒したのか」


「いや、俺じゃない。向こうで岩山を降りている少年…ツカサ君が倒した」


「「「えっ」」」


まさかの新人が倒した話に、警察官達は動きを止めた。


「分かるぞ、新人警察官が倒したんだからな。驚くのも分かる」


「いや、そりゃまぁ驚いたけどさ」


「ここもかと思ってな…」


「ここもか?どういうことだ」


返ってきた反応が想定していたものとは違い、訝しむニックに他の警察官達が説明する。


「他の異常イレギュラーも新人警察官が片付けたんだよ」


「何!?」


「あぁ、岩石地帯に出現した魔物、ゴーレムは狼人ウェアウルフの青年が蹴り一つで破壊して…」


「平原地帯のゴブリンロードは、エルフの少女が魔法で動きを止めて持っていた細剣で細切れに…」


「ま、マジで?」


「マジだ」


到底信じられない話に、 ベテラン警察官達は揃いも揃って決まりが悪い顔をする。


「俺達、今回役に立ってなくね?」


「ヤメロ」


「それを言うな」


ダンジョンの守護者たるリドバーの警察官が、碌に功績を上げれなかったことに誰もが耳を塞いだ。

そんな警察官の様子をツカサとニッシュは、不思議そうな顔をして、偶然話が聞こえていたエルは同情の目を向けた。


「皆さん、無事ですか?」


「「「か、カエデ副署長!」」」


そんなカオスじみた光景に、現れたのはカエデだった。

ニック達リドバーの警察官達は、一斉に敬礼を行い、ツカサ達も慌てて敬礼を返す。


「手を下ろしてください、皆さん。激戦を終えた後で疲れているでしょう」


カエデはにこやかな笑みを浮かべ、楽にしていいと伝える。

…その言葉に、ばつが悪い顔で視線を逸らす警察官達がいたりいなかったり。


「ツカサさん、その手に持っているのは…」


「あっ、これ…すいません。『ウルヘンの牙』じゃないんですけど…」


「何を言いますか。ダンジョンの理不尽に抗ったあなたには、ぴったりの勲章ですよ…改めてお疲れ様でした。よく勝ちましたね」


「は、はいっ!」


カエデの賞賛の言葉に、ツカサは誇らしい顔で応える。

この言葉を最後に、突如発生した緊急任務、『ダンジョン異常イレギュラー同時多発事件』は幕を閉じた。

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