第4話 初ダンジョン

ヒューマンの少年、ニッシュと班を組んだツカサとエルは、カエデの元へ行く。


「カエデさん。俺たちは三人で行きます」


「承知しました。メンバーはツカサさん、エルさん、…それと、ニッシュさんですか」


カエデはツカサ達と共にいるニッシュを見て驚いた様子を見せた。


「ニッシュさんがツカサさんの班に加わるとは、少々意外でした。あなたは目立ちたがらない性格だと思っていましたから、新人警察官の中で注目を集めているツカサさんと組むとは…」


「ぼ、僕もそう思います。今までの自分だったらこんなことはしなかったです。でも…今のままじゃダメだってそう思ったので」


顔を赤くして恥ずかしそうにするニッシュだったが、一度目を瞑り弱弱しい声でも、覚悟を決めた表情を見せる。

そんなニッシュの姿を見たカエデは驚きを見せたが、すぐに優しい言葉を掛ける。


「そうですか。ニッシュさんもやる気になってくださって、嬉しい限りです。頑張ってくださいね」


「は、はい!」


カエデの心からの応援に、ニッシュは嬉しさを隠せない返事を返す。

そんなニッシュの姿を見て、誘ってよかった、とツカサも嬉しくなる。


「さて、それではダンジョン探索についての諸注意をお話しさせてもらいますね」


咳払いをして、声色を少し硬くしたカエデの様子を見てツカサ達も気を引き締める。


「今回皆さんにはダンジョンの『上層』にいる魔物、『ウルヘン』からドロップする『ウルヘンの牙』を回収してきてください」


ダンジョンは大きく分けて四つの層に分類されている。

まだ温厚な上層。

三流の戦士なら命を落とす中層。

魔物との死闘続きな下層。

そして、未だたどり着いたものはいない最下層。

今回ツカサ達が挑戦するのはまだ優しいとされる上層だが、舐めてかかると最悪命を落としかねない状況に陥る。

油断することはできない。


「とは言え、ここリドバーに勤務している上官の皆さんに各地をある程度警備させているので、何かあったら叫んでください。すぐに助けに来てくださるはずです。…それと、ツカサさんこれを」


「これは…バック?」


カエデから手渡しされたのは、小型のバックパックだった。


「中には低位の回復ポーションが五個と、上層の地図が記さてれいます。出てくるであろう魔物の情報も」


「あ、ありがとうございます!」


「私からは以上です。質問があるようなら何かお答えしますが?」


「俺は特には…二人は?」


「…ない」


「ぼ、僕も」


ツカサは振り返って二人に確認するが、エルもニッシュも今の説明に気にするようなことはないようだ。


「左様ですか。それでは、私から最後に一つ…。常に最悪のケースを懸念して、物事に当たるように」


「…最悪のケースって」


「エルさんの考えていることで間違いありませんよ」


静かにエルとカエデの視線が交差される。


「えっ、何。何のこと?」


そんな二人のやり取りに置いて行かれているツカサは、思わず声を出してしまった。


「…お兄、行くよ」


「お、おい!?エル!」


「ふ、二人とも!待ってー!」


ツカサの問いかけに答えることなく、エルはツカサの腕を掴んでダンジョンへの入り口に向かって行き、ニッシュも慌てて二人の後を追いかける。

そんな様子を見ていたカエデは、たまたま近くに通った警察官に声を掛ける。


「そこのあなた。いいですか?」


「はい、いかがされました…ってカエデ副署長!?お、お疲れ様です!」


振り返った警察官は相手が上官の中の上官、カエデという事に気付くと慌てて敬礼する。

カエデも落ち着いた動きで敬礼を返す。


「お疲れ様です。今お暇ですか?」


「は、はい。暇ではありますが…」


「でしたら少し、頼みごとがあるのですが」


「頼みごとですか?どういったご用件で?」


カエデは警察官から視線を外し、未だに歩き続けるツカサ達を手で示す。


「あそこにいる三人組が見えますか?」


「えーっと…女性に腕を掴まれている男性のグループですか?」


「その通りです。彼等は今からダンジョンへ向かうのですが、あなたにはあの三人にバレないように護衛兼観察をしてほしいのです」


「護衛はわかりますが、観察ですか?」


「えぇ、詳しいことは言えないのですが、現役のベテラン警察官のあなたに彼等の実力を測って欲しいのです。それと、彼等が危険に陥ったら救助を」


カエデはツカサ達のステータスを知っている。

他の新人警察官に比べて、異常なスキルや魔法を持っていることを。

強い信念を持っていることを。

本来なら自身の目で確認したいところだが、立場上できずにいた。


「相手方に気取られず観察、その身に生死に関するほどの危機が迫ったら救援…承知しました。その任、私が全うして見せます!」


「ありがとうございます。この分の報酬は弾ませてもらいますね」


「ははっ、楽しみにさせてもらいます。では、自分はこれで」


カエデのお茶らけた言動に笑みを見せ、一礼しその場を去って行く警察官。

その様子を見届けたカエデは一人、思考の海に沈む。


(エルさんは私の言う忠告の意味にいち早く気付いた。そしてあの様子は…ツカサさんを巻き込みたくないのでしょうね。なんとも健気な)


本人が聞いたら、そんなことない!、と鋭いツッコミが飛んできそうだが、カエデはエルを賢く責任感のある少女と評した。


(ニッシュさんは言わずもがな、なにせ彼のは…っといけない。元々の個体で優劣をつけては)


ニッシュのタブーに触れかけたカエデは、速やかに考えを改める。


(最後にツカサさん、彼が最もわからない。会議室では苦楽を経験した英雄のような発言をしたのにも関わらず、先程の意図に気付いていなかった。それは何故?いや…エルさんが支えてきたのだろう)


カエデはツカサのことを不思議に思っている。

年相応の反応を見せると思いきや、皆を鼓舞することのできる先人の考えを持ち合わせている。


(それに、彼のスキル。文面でしか判断できないが、もし本当だったとするなら…)


「いずれにせよ、何か成し遂げてくれるでしょう。あの者達なら」


期待と願望を胸に今を生きる彼等にエールを送った。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「なぁ、エル。何だったんだよ、さっきの」


「…お兄は知らなくていいこと」


ダンジョンに続く地下の階段を降りながら、ようやく腕を離されたツカサはエルに質問し続けていた。

エルは苦虫を嚙み潰したような表情で、義兄に関係ないと答えることしかできなかった。

エルの意志が固いと判断したツカサは、後ろにいるニッシュへと質問相手を変える。


「ニッシュはわかる?さっきのカエデさんの話の意味」


「う、うん。一応」


「マジで!?教えてくれない?」


「そ、それは…ヒっ!!」


話そうか迷っていると、ツカサより前方を歩いているエルが後ろを振り向き物凄い形相でこちらを睨んできたため、ニッシュは小さい悲鳴を溢す。

その顔には、「余計なこと言ったらただじゃ済まさない」と書いてあった。


「ご、ごめん!僕の口からは言えない!!」


「えー。なんだよ、二人して俺に秘密ですか。そうですか」


エルからの圧に耐え切れず、両手を合わせて平謝りをするニッシュ。

誰も自分の疑問に答えてくれないことに、ツカサは思わず唇を尖らせ拗ねてしまう。

エルはまるでツカサを虐めている様に感じてしまい、ばつの悪い顔をする。


「…そのお兄?私もニッシュさんも、決してお兄に意地悪しているわけじゃなくてね?なんならニッシュさんが言えないのは私のせいで…」


「言われなくてもわかってるよ」


「悪いのは全部私だから…えっ?」


自責の念で卑屈になりかけたエルは、途中に挟まれた義兄の言葉に足を止める。

恐る恐る後ろを振り返るとツカサは何とも思っていなそうな顔で、エルを真っすぐに見やる。


「お前のことだから、俺の為にわざと言わないようにしているんだろ?」


「そ、れは、そうだけど」


「なら、俺はもう何も聞かないよ…いつも俺の為にいろいろ考えてくれてありがとうな」


ツカサは知っていた。

自分の夢の、理想の為、エルが密かに奔走していることを。

今回の件もきっとそうなのだろうと思い、ツカサはこれ以上聞くことはしないようにした。

そして、いつも影から支えてくれている功労者に感謝の笑みを送った。


「…うん」


エルは隠れてやれていると思っていたことが、義兄にバレていたことの恥ずかしさと褒めてくれたことの嬉しさで顔が赤くなってしまい、視線を下げた。


「…二人共、本当に仲がいいんだね」


ここまでずっと黙って事の成り行きを見守っていたニッシュは、つい思っていたことを口に出す。


「当たり前だろ…俺たちは兄妹なんだから」


呆然としているニッシュにも、ツカサは笑顔を見せる。

その表情は先程の笑顔とは違い、誇らしい笑顔だった。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




それから再び歩を進めると、大きな入り口についた。


「おぉ、これがダンジョンの入り口なのか!」


鋼鉄で覆われている巨大な扉の存在感は非常に大きく、思わず気圧されてしまう。

見れば、エルもニッシュも感嘆していた。

言葉を交わさず、しきりに見ているとふと赤色の光が見えたような気がした。

気のせいかと思っていたが、次は青色の光が、その次は緑、橙、黄、紫、桃と徐々に多種多様な色が光を放つ。


「今のって…」


「多分、ダンジョンの入り口に付与させられた魔法…この光がなんだと思う」


「この光が!?」


よく見てみれば、扉には魔法陣のようなものが幾つも記載されていた。

かつての大魔法使いがその生涯を使い、魔を封じ込める魔法陣を完成させた。

魔法陣は代々、とある一族に受け継がれており、今もダンジョンの鍵として活用されていた。


「この先が、ダンジョンなんだよね」


「…うん」


ここから先は未知の領域。

今まで闘ってきた魔物と比べて遥かに強い。

そんな理不尽を自分たちの手で乗り越えなくてはいけない。

ツカサは深く深呼吸をして、目を瞑った。

彼にしては珍しく、その顔は緊張していた。

しかし目を開けた瞬間、ツカサの表情はいたって平静だった。

覚悟が決まったのだ。

恐怖を刃で切り裂き、夢の為、前に進む覚悟が。


「行こう」


扉を開ける。

しっかりとした足取りで、前へ進む。

ツカサの勇ましい背中を見たエルとニッシュも、遅れは取るものかと後を追う。

新たに現れた挑戦者にダンジョンも、刺客を送る準備を始める。

殺すか、殺されるか。

仁義なき、生死を分かつ闘いが始まろうとしていた。

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