第13話 地獄の公安
「た、逮捕…?!」
納言は、突然告げられた言葉に驚愕する。局長、と呼ばれた男は言葉を続ける。
「俺は地獄公安第三局局長
俺は正門を見る。そこからは大した量の瘴気は出ていない。だが、問題はそこではない。圧倒的なまでの圧。強者にしかなし得ないプレッシャー。それをその男は纏っていた。とてもじゃないが、勝てない。ましてやあたり一面は公安になって取り囲まれている。どう考えても逃げるのは不可能だ。
俺たちは渋々両手を上に上げる。
「おいそこのお前!刀から手を離せ!」
公安の1人が俺に詰め寄り、手首を掴む。だが、それに対して俺は無意識に抵抗していた。そして動揺するその男に対して、思わず
「その刀に触れるな。」
と口にしていた。その瞬間、俺に向けて銃口が一斉に突きつけられた。正門はそんな俺に対して質問を投げる。
「触れるなってのはどーゆー事だ。」
「……とにかく雑に扱われるのは嫌だ。丁寧に扱ってくれ。」
少しの間沈黙が走る。正門は公安たちに命じ、俺の刀を回収した。話のわかる男らしい。
「よし、これに乗れ。」
俺たちはパトカーは乗せられていく。俺の乗った席の隣に、正門が座り込んだ。続々と車が発車していく中、俺は正門に質問を投げる。
「…なんで着ぐるみ着てたの?」
「開口一番に聞く一言がそれか?!」
正門は俺の首を締め上げる。
「あー待って!ギブギブ!ギブだって!」
手錠をかけられた両手で椅子を叩く。そんな俺を意にも介さず、これまでの報復とでも言うように、正門は俺の顔面を掴んでブンブンと振り回す。
「アーーーー!痛いって痛いって!」
「着ぐるみの時も痛い思いしましたー!はい俺の勝ち!」
「小学生の煽り合いか!」
唸り声をあげながら、俺たちは車内で取っ組み合う。
「あんたら車ん中なんだから静かにしろやー!」
運転していた公安の1人は、俺たち2人の脳天をゲンコツで殴りつけた。
そして各々は取り調べにかけられる事になり、俺は3人の公安の前に座らされた。その中央に座る正門は、俺を睨みながら話し始めた。
「……お前ら六道を黙認してきたのは、功績があったからだ。だが今回はやりすぎた。……特にお前、怪しすぎる。その異常な瘴気……しかも戸籍も何もないと来た。お前、自分の生まれたとかわかるか?」
若干こちらを心配するような口調で正門は言う。この野郎、どうしてお前に同情されなきゃいけないんだ。俺は不服ながらも、自身の思い出せる限りの生まれの詳細を思い出す。
「生まれた村の名前は…あんまり言いたくねえ。生まれた年は…寛永10年だった…はず。」
「寛永ぃ?なんだそれは。というか年号と言ったら現世が存在した時代の日本の概念だろう。」
しまった、明らかに混乱を深めてしまったらしい。
「寛永は江戸時代の日本……その計算だと半世紀以上こいつは生きてる計算っすよ。」
右に位置する公安の1人がそう言う。確か名前は…
「少なくとも、僕は信じられないね。いくら瘴気が高いとは言え、そこまで生きながらえるほどには見えないよ。」
左に位置する小柄な少女は言う。一人称が僕な事はさておき、まるで牛頭と馬頭だ。
「……取り敢えず、暫くここにいてもらう。」
正門はそう言うと、俺を牢屋の中に連れて行った。ここに入れられるのは何百年ぶりだろうか。昔の頃の記憶が蘇る。……あの頃の自分は、何もかもに絶望しきっていたように思う。だが今は違う。大事なものができるというのは、こうまで心強いモノなのか。
「カザリくんは…彼はどうなるんです?」
納言はやってきた小柄な少女に聞く。
「まず逮捕は免れないでしょうね。」
「そんな……なんとかならないんですか?!僕の友達なんです!」
「友達だという理由で民間人を危険に晒したことを見逃せと?」
少女は、鋭い目つきで納言を睨みつけた。そうなってしまっては、最早彼からは言葉が出てこない。ただ押し黙って取り調べを受ける事しか出来なかった。そんな彼に対して、少女は言葉を続ける。
「気持ちは分かります。しかしね、正義というのは私情が入った時点で破滅する。そういうモノなんですよ。私も局長も、そういう信念でやってきた。」
優しいながらも、冷徹な口調。他の介入を許さないその佇まいには、怖気付く他なかった。
「羽山額、お前の事はよく知っている。お前のせいで被害が拡大した事件は数え切れんほどあるからな。」
額の周りには、10数人の男が取り囲む形で立っている。それは取り調べ、というにはあまりにも過剰な光景であった。
「いやあ、その件はどうも。……で、今回の一件はどうな訳?僕を捕まえるチャンス、とでも思ったのかい?」
額から、凄まじい量の瘴気が放たれる。それを感知した公安な男達は、一斉に彼に銃口を向ける。
「やはり凄まじいね、羽山額。……これだけ強くて正体不明とは。」
尋問部屋から戻った小柄な少女は、その様子をカメラ越しに監視していた。
「……
小柄な少女……湊は、正門の問いに対し、早口に状況を伝えた。
「羽山額、浅倉納言に関しては特にこれと言った収穫はありませんでした。まあ以前にも事情を伺っていましたし。
……例の巨人の犯人を妙に浅倉が気にかけていた理由が判明したくらいでしたね。しかし、問題は鬼崎十郎という男でした。」
「……何かあるのか。」
2人の間に緊張が走る。恐る恐る、港は語り始めた。
「彼は……地獄全体で行われた第一回格闘技大会の準優勝者です。」
正門は息を呑んだ。地獄界のツワモノが集まるという血みどろの戦い。文字通りなんでもありのあの場で準優勝するという意味を彼は知っていた。
「……そうか。監視を怠るなよ。」
「わかってます。」
湊は冷静さを崩さぬままに答えると、その場を後にした。正門は監視室を出ると、局長室へ入り、パソコンを立ち上げる。残りの書類整理は山ほど残っている。今夜は徹夜だろう。
その時だった。パソコンに、チラリとネットニュースが映り込んだ。
『悪霊の被害が拡大……公安の対応不足が原因か?』
正門は、徐にページを開いた。そこのコメント欄には、公安への中傷が書き連ねられていた。
『公安マジで無能。改革するべき。』
『悪霊の討伐くらいもっと手早くすれば良いのに。』
ギリ、と拳を握りしめる。途方もない怒りの感情が湧き出てくる。なんのために、俺はこの仕事についたんだっけ。はあ、と正門はため息を漏らした。
その時、コンコンと戸を叩く音がする。
「まだやってんすか?」
幽晴が部屋に入る。
「ああ、すまんな。適度には休んじゃいるんだが……」
「無理しすぎっすよ。……アンタの努力はみんな認めてるんだから。」
幽晴がそう言うと、正門はフッと笑う。
「この世界は犯罪が多すぎる。……俺たちが民間人を守らなければいけない。」
「ま、程々に頼むっすよ。」
幽晴は、沸かしたコーヒーを机に置く。彼らがいる公安は、言わば中間に位置する。上からの命令に従いつつ、下を従えなければいけない中間管理。それに日々晒される事となる。
「さて…連中の様子はどうだ?」
「取り敢えずは大人しくしてるっすよ。」
「そうか……分かった。なら、引き続き監視を頼む。」
「いや……それがですね……連中がうるさいと苦情が……」
幽晴は、気まずそうに言う。なんという事だ。このまま放っておくわけにもいくまい。
「……案内しろ。」
正門は、カンダタたちのいる牢屋へ向かった。
「じゃーしりとりしようぜー。くるぶしの『し』!」
「なんで初手でそのワード?!普通しりとりの『り』でしょ!」
カンダタの投げかけた提案に対して、納言はツッコミを入れる。
「し……し……歯科医。」
額はあっけらかんとした表情で答える。
「続けるんだ……」
そう呟いた納言の方を、カンダタと額はチラリと見る。なんだか答えないのも気まずいので、仕方なく答える。
「…インゲン豆。」
その場で睡眠をとる十郎を無視して、しりとりは続行する。
「め……め……メコバラミン。」
「なんでそんなマニアックなワードを?!ていうかどこで覚えたんですか。」
納言が再びツッコミを入れたその時
「何したんじゃお前らは?」
カンダタの背後に、正門が立っていた。
「なんだよーしりとりくらい。」
カンダタは開き直ったようにいう。
「なにがしりとりくらいじゃボケ!さっきまで将棋やらなんやらやってた癖に!」
「頭ん中でやってただけじゃん……」
「その度にうーんだのあーだの話すから眠れねえって苦情きてんだよ!」
正門は、鉄格子を両手でガシリと掴むと、カンダタに叫んだ。
「今のあんたが一番迷惑だけどな。」
キメ顔でカンダタは言った。周囲からの視線を感じ、急に恥ずかしくなった正門は、そのまま両手を引っ込めてしまった。
「とにかく……さっさと寝ろ。以上。」
「……なんで態々局長のアンタが来るんだ?」
カンダタの投げかけた質問に対して、正門は少し沈黙した後
「やらなきゃいけないからだ。」
とだけ答える。だがしかし、それに対してカンダタは食い下がらない。
「他の奴でも代用できるだろ。……あんた、くま出来てるぜ。何でもかんでも背負いすぎてダメになる典型だよ。」
「……!」
図星だった。ここ最近、溜まった疲労を消化し切れていなかったのは事実。そこを突かれてしまった彼は、そのまま黙って行ってしまった。
「……やれやれ、自己犠牲ってのは随分と残酷なものだ。」
額は、ポツリと一言つぶやく。今更ふざける気にもなれず、一同はそのまま眠りについた。
「……何?マサムネがいなくなった?」
廃ビルの会議室で、男が知らせを聞いて顔を顰める。触手を生やした男は、ため息混じりに続ける。
「まーたあいつの殺人衝動だよ。まあ俺も人のことは言えねえけど。」
「……早急に探してこい。」
「りょーかい。」
触手を生やした男は、その場からシュン、という音と共に消えていった。
作業していた幽晴は僅かな瘴気を感じ、眉を顰める。
なんだ、と正門は窓の外を見る。
その時だった。突如巨大な爆発音が、遠方のビルで鳴った。
「なんだ……?!」
そこから、凄まじい量の瘴気が溢れ出る。これは悪霊だ。それもかなり強力な。
「この距離からこのレベルの瘴気……最低でも特別3級以上だ。早く向かえ!」
「了解っす!」
幽晴は部屋を飛び出すと、爆発の巻き起こったビルに向かっていった。くそ、こんな深夜に来るとは、と正門は舌打ちした。
ビルの中、男は刀を振り回しながら社員達を切り付け始める。
「ギャァァァ!」
「誰かあ!」
噴水のような血飛沫。それが床を赤黒く染める。
「殺す衝動ってよお…あるよな?」
男は、ブツブツと語り始める。
「止められねえんだよなあ…この衝動。だからよお…止めてくれ。俺を今すぐ止めてくれええええ!」
男は刀を振り回し、再び社員達の体を両断し始める。既にその場に居たものたちは、半数も残っていない。生者意外にあるのは死体のみ。誰か…誰か。と誰もが祈る。その時だった。ガラスを突き破り、幽晴を含めた公安達が現れた。
「…?!」
動揺する男に対し、幽晴は二丁の銃口を突きつける。
「
螺旋を描き、黒い弾丸が男に発射される。男は刀を自身の腹の前に構え、それをガードする。だが、弾かれる筈だった弾丸は、男の体を回転させ、ビルの外へと弾き出した。落下する男に対し、幽晴は追撃を浴びせる。
「
銃口から、虎の形をした黒い稲妻が発射される。男は刀でそれを両断すると、反撃として幽晴を切り付ける。彼は落下した状態のままのけぞってかわす。
両者は瘴気でビルの壁面に張り付き、睨み合いを始める。
「アンタ何者っすか!悪霊とは違う……アンタのはれっきとした人間の魂だ。」
「お前…俺を満たしてくれるのか?」
幽晴の質問に対して、男は答えない。ただ、ボロボロと涙を流しながら、震える声で聞き返すだけだった。
「チッ…会話にならねえ!」
幽晴は再び銃の引き金を引く。回避できないように、全方位を囲い込む形で。男は弾を切り裂きつつ、前進する。その前進の過程で弾を体に受けるが、最早彼はそんなものは気にしなかった。幽晴との距離を急速に詰めると、彼に向けて刀を振り下ろす。幽晴はそれを回避し、男から距離をとった。彼のはなった斬撃によって、ビルの壁面に深い傷がつく。
「なんつー速さ……!しかも攻撃範囲も広い。……ならば。」
幽晴は銃の引き金を引く。男はそれを弾く。先ほどと同じ流れ。の、筈だった。弾いたはずの弾丸が、男の右肩にめり込んだのだ。凄まじい電撃が走り、男は後ろに倒れる。
「…?」
もう一度、発射された弾丸を弾く。しかし、やはりその弾丸は男の腹部にめり込む。
「そうか……弾丸の背後に弾丸をもう一つ隠したのか。」
男はニヤリと笑う。幽晴はそれに答えず、再び弾丸を発射する。タネが割れたなら簡単な話。裏にある弾ごと斬ればいい。男は先ほどより大ぶりに刀を振り回し、弾を弾いていく。しかし、どういう訳か、男の全身を弾は捉えたのだ。
「…?!」
「俺の狙いはね……弾を隠すことじゃあない。あんたが弾が隠れることにばかり注目して変則攻撃に対応できなくなる事だ。」
幽晴の説明を聞き、男の笑みはさらに深まる。
「ははは……良いぜ。良いぜアンタ!俺を止めてくれる!満たしてくれる!」
男は深く踏み込むと、急速に幽晴との距離を詰める。遠距離攻撃が主体なら、このまま斬り伏せて仕舞えば終わる……はずだった。
幽晴の銃には、剣が出現していた。まさか、銃剣に変化させられるのか。男が全てを悟った頃にはもう遅く、その頃には既に、男の首はその刃によって切り裂かれていた。
「がっ……!」
「まあ、それも嘘で……本当は俺が遠距離しか出来ないと思わせるためだったんすけどね。さっきからわかりやすく距離取ってたっしょ?そういう事っすよ。」
幽晴は、落下を始める男の左腕を掴んで言い放った。
「クックック……」
しかし、追い詰められたはずの男は笑うことを辞めない。どういう事だ、と幽晴が困惑したその時だった。突如男の体が膨張し、彼の体を飲み込んでしまった。
「な……!くそ!やばい……!」
必死で幽晴はもがくが、意味をなさない。一瞬のうちに膨張する体に飲み込まれ、意識を失ってしまった。そのまま彼は落下し、地面に体を叩きつけられた。
「あ、荒川準局長!」
公安の男は、横たわる幽晴を前に腰を抜かす。そんな男の頭は、上から飛び出した悪霊の口にばっくりと食われてしまった。
「なんだ……あれは!」
正門は外の景色に驚愕していた。巨大なトカゲが、ビルの上で吠えている。
『局長!どう対処すれば…うわぁぁぁ!』
『局長!早く!』
バキバキ、グシャ。何かに潰される音が聞こえる。トランシーバー越しにも、どんどん死人が出ているのが分かる。このままでは、被害がどんどん拡大してしまう。どうすれば……
「なー局長サンよ、協力してやろうか?」
後ろから、声が聞こえる。振り返ると、そこにいたのはカンダタだった。
「な…?!お前どうやって出た!」
「錠破りだよ。そんくらいできるわ。で?どうすんの?」
「………これは俺たちの問題だ。外野のお前達に頼るわけにはいかない。」
「そうかよ。じゃあそうやって人が死ぬのを俺は見物してるぜ。誰にも頼らずに自己完結させるのがアンタの正義なんだな。」
そう言うと、カンダタはその場を去ろうとする。そんな彼の手を、正門は掴んだ。
「……今回だけだ。」
「毎度あり。よっしゃ行くぜ!」
カンダタは、脇に隠れていた自身の仲間に呼びかける。額、納言、十郎は、ビルの方へと向かっていった。
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