第12話 親しき中にも礼儀あり
巨大な熱線が、俺に向けて放たれた。その凄まじい熱は上空へと打ち上がり、周囲へと衝撃波を走らせる。それによって、ビルのガラスにヒビが入った。
「カンダタ氏!」
十郎は叫ぶ。なんて事だ、これではもう…彼がぐっと唇を噛み締めたその時だった。熱戦が、何かによって両断されたのだ。
「これは……!」
見ると、それはカンダタだった。
「あっぶねえええええ………マジヒヤヒヤしたぞこのやろー!」
俺は巨人の背中に乗ると、刀でその体を切りつけながら頭部へと駆け上がった。俺は、額の言葉を回想する。
『悪霊憑きと本体を分離するには、頭部を狙うのが一番だね。一番瘴気が集中するのはそこだから。……聞くにその彼、既に悪霊と一体化出来るっぽいしね。尚更だよ。……悪いね、君と納言くん以外の皆んなは他の仕事で手一杯なんだ。……いざとなれば僕も出る。安心してくれ。』
俺は巨人の頭部に向けて、刀を走らせる。しかし、突如生成された巨大な瘴気の壁によって、それは塞がれてしまった。
「!」
「その程度で……勝てると思うのか!」
巨人……カザリは立ち上がると、俺に向けてブンブンと腕を振り回す。俺は体を捻って間一髪でかわすと、彼の腕に乗り、そこから連撃を繰り出す。
「
黒い炎の刃が、カザリの首元を捉える。が、やはり瘴気の壁でガードされてしまう。それは想定済みだ。壁を作るにしても限界があるはず。そこを、狙い撃つ。それまでは、攻撃の手をやめない。壁を切り裂きながら徐々に、徐々に進んでいく。
そして遂にその時は来た。壁が生成されなくなったのだ。その隙を狙い、再び先ほどの構えを取る。
「黒炎……」
その時だった。大量の棘が、カザリの身体中に出現したのだ。咄嗟に俺は飛び上がり、それをかわす。しかし空中へと移動し、回避する手段を失った俺を、巨人は許さない。
カザリは起き上がる勢いに任せて俺に拳を振りあげたのだ。しまった、間に合わない。ガードを取るが、それも無意味。凄まじい衝撃により、俺はビルの中へと叩き込まれた。
ゴロゴロと、会社のオフィス内を転がる。社員たちは、その様子に困惑している。
「ゲホッ!ゲホッ……くっそ……!」
先ほど俺が咄嗟に作った、瘴気の壁。アレがなければやばかった。一撃でこの威力。まともにくらっていれば即死だった。
「くっ……やはりダメだったか。」
……………………………………………………
十郎は、目の前の巨人を見る。先ほど切り裂いた腕は既に再生しかかっている。巨人は、キョロキョロと辺りを見渡している。まさか、探しているのか?あの不良たちを。
…仕方ない。彼は覚悟を決めると、巨人へと飛びかかった。その顔面に、拳が叩き込まれる。洗練されたその一撃により、巨人は倒れかかった。しかし十郎はそれを許さない。即座に背後に回り込むと、連続して拳を突き出していく。
『
巨人の体に、ボコボコと穴が開いていく。
しかし次の瞬間、巨人が発した雄叫びにより、凄まじい衝撃派が走り、十郎の動きは止まってしまった。ビリビリと痺れる体は、全くいう事を聞いてくれない。そして彼はガードを取る暇すらないまま、巨人の拳を正面からくらってしまった。
十郎は上空に打ち上げられ、それから地面に背中を叩きつけられた。仰向けに倒れたまま、動かない。
巨人は敵がいなくなったのを確認すると、周囲を見渡す。大学のある方面、もしかしたら奴らはあそこにいるかも知れない。瘴気で強化した視覚で周囲を見渡す。すると、いた。ニタニタと金を巻き上げようとした、あの忌まわしき顔が、そこにはあった。
「……見ぃつけた。」
巨人は上に向かって飛び、そして不良たちの目の前に着地した。そして彼らを上から睨みつける。
「よお不良ども。よーくやってくれたなあ。」
ニタニタと、ほんの数時間前にされた仕返しのように言い放つ。不良たちはすっかり怯え、体をガタガタと震わせていた。
「手始めにお前たちだ。死ねぇ!」
カザリは、不良たちを踏みつけようと足を上げる。
「仕方ない…行くか。」
その光景を眺めていた額が構えをとったその時だった。
目の前に、いるはずのない男が立ちはだかったのだ。
「納言…くん?」
自身が殺したはずの男が。唯一の友人がそこに腕を広げて待ち構えていたのだ。
「待って。君は、本当にそれで良いのかい?」
「………君に何がわかるっていうんだ。僕は生きてるだけで後ろ指を刺される!動物種だ、小型系だと笑われ、殴られる!君は良いよ!差別されない人型だ!おまけに背丈もある!」
「違う!……僕はさ、ずっと友達がいなかったんだよ。根暗だ、ヒョロガリだって常に笑われてきた。……僕は君を大事に思ってるよ。だって…」
「嘘をつけ!どうせ見下してたんだろ!」
「だって僕……君以外に友達いないから。」
「っ……!」
照れくさそうに、納言は笑った。それを見てしまったら、もう何も言い返せなかった。言い返せなかったからこそとった行動は……
「黙れええええ!」
やけになって地面を踏みつける事だった。
周囲の人間は皆避難している。そこにいるのは納言のみ。被害を喰らうのは、彼だけ。分かっていた。カザリにもそれは、分かっていたのだ。
「あ…ああああ!」
なんという事だ。僕は、友人を2度も殺めてしまった。彼は絶望に打ちひしがれた。だが、その時だった。
「……僕はね、外の世界を知らなかったんだ。」
死んだはずの声が、聞こえた。死んだはずの納言が、立っていたのだ。見ると、身体中の傷が凄まじい速度で再生していくではないか。
「納言…くん?」
「大昔、学者たちが違法に行った実験……悪魔移植実験。悪魔の心臓を埋め込むとどうなるのかって内容だった。僕は子供の頃から、実験番号でしか呼ばれなかった。納言って名前も実験番号が75だったから。
……君にはさ、なんとなく共感してたんだよ。その実験の結果がこれだけどね。圧倒的な戦闘力を得るつもりが、頭部を潰しても再生する圧倒的な再生力を得た。」
再び納言を照れくさそうに笑い、カザリに手を伸ばした。
「帰ろう、カザリくん。君がなるべきはこんな姿じゃない。」
「納言…くん…」
カザリが手を伸ばしたその時、突如凄まじい痛みが彼の頭部に走った。
「あっ……あああああああ!!」
「しまった……!彼の強くなりたいという思想が悪霊に勝っていたから、ここまでになれたんだ!それを捨ててしまったら……」
額は舌打ちし、ビルの屋上から飛び降りる。
「納言くん!下がれ!もう中にいるのは悪霊だ!説得は通じない!」
納言は、巨人を下から見上げる。ゴォォォォォォ、と巨人は雄叫びを上げ、身体中から熱線を発射した。
「仕方ない……周囲に被害が及ぶ前に…」
額は瘴気を少量解き放つと、発射された熱線をことごとく切り裂いていく。
「納言くん!行ってくれ!もうああなっては強硬手段は難しい。
あれから本体を引き剥がすんだ!引き剥がすには本体が心を開くのが重要だ!友人の君にしかできない!……僕が本気を出したら街が壊れてしまう。すまない、今回はこれが精一杯だ。」
申し訳なさそうに、額は謝る。
「分かりました……やります。」
納言は拳をぎゅっと握りしめ、走り出す。巨人は拳を振り下ろし、納言を上から押し潰した。しかし、即座に体を再生させた彼は、振り下ろされた拳をよじ登り、首元へと向かい始める。
巨人はブンブンと腕を振り回しつつ、全身に棘を生やし妨害するが、彼に棘は通用しない。刺されても再生する彼にとって、その程度の妨害は無に等しかった。
「くっ……」
しかし、バランスを取ることができない。このままでは、落ちてしまう。そうしたらまた一からやり直しだ。納言が落下の衝撃に歯を食いしばったその時だった。
何者かが、彼の体を受け止めたのだ。
「納言、俺らが援護する。」
「行きますよ。」
そこにいたのは、カンダタと十郎だった。
2人は巨人の首元を睨みつけると、先行して走り出した。まるで納言についていけ、と言うように。
「……はい!」
3人は駆け上がる。瘴気の壁を弾き、壊しながら。3人に向けて熱戦が放たれるが、それは額によって相殺された。ズキリ、と棘が刺さるたびに痛みが走る。しかしそんなもの、知った事か。
「「「おおおおおおおおお!」」」
ついに頭部に到達した3人は、瘴気の壁を破壊する。
「「行けー!」」
カンダタと十郎は、納言に向かって叫ぶ。
「おおおおおおおおらぁ!」
納言は巨人の首を掴むと、全力で後ろに引っ張った。そこから気絶したカザリが飛び出す。力の方向を見失った納言は、後ろに倒れ込む。
「よっしゃぁぁぁぁ!」
3人はそのまま巨人から飛び降りると、地面に着地する……正確には納言は着地できなかったのだが。
「よし…これで…」
カンダタは巨人を見上げる。しかし、未だその姿が消える気配はない。
「なんでだよ……取り憑いたやつは消えるんじゃ…」
「いや…あれは既に独立して行動できるほどの瘴気を持っています。」
十郎の言葉に、2人は驚愕した。巨人は全身を発光させる。まさか、あの熱線が全方位に放たれると言うのか。カンダタ、十郎の2人は死を覚悟し、目を瞑る。その時だった。
「うん……特別3級レベルってところかな。まあ何がともあれ……あとは任せてくれ。」
羽山額……その男が、月の光を浴びていた。
「
額が刀を引き抜いたその直後、巨人は跡形もなく消えていた。否、斬られたのだ。視認できないほどバラバラに、全て跡形もなく。なんという絶技。その場にいる全ての人間が、その技に驚愕していた。
「って……周り巻き込むから僕にできるのは精一杯って嘘じゃないですか!」
納言は、はっと我に返ったように叫ぶ。そんな彼に対し、着地した額は
「いやー…僕って加減する時はやりすぎちゃうし、本気出す時もやり過ぎちゃうじゃん?だから必ず殺すってならないと確証できなくってさ……」
と頭をボリボリ掻きむしりながら言った。
「ま、何がともあれ解決だな。」
カンダタが自慢げに言ったその時、大量のライトが一同に向けられた。見ると、ヘリコプターが真上に浮かび、そこから俺たちを照らしているらしい。
「そこの連中!今すぐに武器を離しなさい!」
「まずい、公安だ。」
額がポツリと呟いた言葉に、カンダタは恐怖する。公安……自分が生前逃げ続けた警察連中には、痛い目にあっている。語ることすら恐ろしいほどの拷問を受けた記憶が蘇る。
「よお……久しぶりだなあ。」
銃を構える隊員を掻き分け、1人の男がカンダタの前に現れる。黒い髪、鋭い目つき。腰には真っ黒な刀が掛けられている。
「…誰?」
「テメェ…」
男は顔を顰めて何かを取り出すと、頭にカポッとそれを被った。それは、猫の着ぐるみの頭の部分だった。
まさか、まさか猫探しの時の………
「ギャハハハハ!」
カンダタは思わず笑い始めていた。
「笑うなーーーーー!」
男は刀を取り出し、怒り狂ったようにそれを振り回した。
「待ってください局長!怒られますって!」
「くぅ……ああ……すまん。……テメェらを今から逮捕する。器物破損諸々の罪でな!」
冷静になった男は、鋭い目つきのまま、一同にそう告げた。
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