第11話 デカいものほど中身がない

 巨人の拳が振り下ろされる。俺は咄嗟にそれを刀で受け止める。が、その重みに耐えることができず、全身から血が噴出する。


『こいつ……!攻撃が重い!』


 まともに喰らえばかなりキツい。ならば見切って一撃に集中するほかあるまい。俺は巨人から距離を取ると、壁を勢いよく駆け上がっていく。巨人は俺を追いかけるように、連続で拳を壁に向けて振るう。その度壁は破壊され、瓦礫へと姿を変えていく。


「……ここだ!」


 巨人の視界が瓦礫で塞がったのを確認すると、その隙を狙って俺は巨人の体に刀を滑り込ませる……


 筈だった。巨人の喉元を捉えるはずだった刃は、その直前で左腕によってガードされ、弾き返されてしまった。


 俺の手に握られていた刀はこぼれ落ち、地面に突き刺さる。しまった、反応が思ったより早い。即座に着地した俺は、突き刺さった刀に手を伸ばす。


 が、巨人はまるでそれを妨害するように、地面を拳で強く叩き、突風を巻き起こした。そして、それによってバランスを崩した俺に対し、追撃の蹴りを浴びせる。


 メキメキ、と鈍い音が身体中に響き渡った。あまりの痛みに意識が一瞬飛ぶ。


「かっ……は!」

 ボタボタと口から血を吐き出す。こいつ、知性がある。いや、そもそも知性がないとどうして錯覚していた。これはまずい。後方の刀にチラリと目線を移す。なんとかしてアレを取らなければ、勝算はない。


 巨人の拳が飛ぶ。俺はそれを回避するように、後ろに倒れ掛かる。しかしそれは建前。本命は背後にある刀。それを掴み取ると、体を縦に回転させ、地面に突き刺さった巨人の拳を正面から切り裂く。紫色の血飛沫が噴水のように上がり、あたり一面に降り注いだ。


 よし、通る。俺がそう確信した時、巨人は予想外の行動に出た。それは即ち、逃避。


 俺に背中を向けると、校舎をよじ登り始めたのだ。どういう事だ。何故、逃げる。この野郎、舐めやがって。俺はギリ、と歯を食いしばると、巨人に飛びかかった。


 しかしその瞬間、巨人は俺の方に振り返ると、その巨大な両腕で俺の体を挟み込んだ。しまった、逃げるのは挑発だった。こっちが立場上、自分を逃がせないのを狙って正面から叩き潰そうとしたのか。いや、俺の場合逃がせないから追ったのではない。ただ単にムカついたから追っただけ。なんたる失態。俺は冷静さを失った自分自身を恥じる。しかしそんな暇を敵は与えてはくれない。


 考える間に、どんどん巨人は俺の体を締め上げてくる。先ほどとは倍以上の出血が体から噴き上げる。


「こん……のお!」


 全身を奮い立たせ、自身を締め上げる両手を広げる。ポロリと両手から転げ落ちた俺は、ゼェゼェと息を漏らしながら、巨人を睨みつけた。一体どうすれば良い。この数秒後には、巨人の拳は俺の体を捉えるだろう。俺には既に、それを避けきるだけの体力は残っていない。どうする…どうする…………。


 その時だった。突如間に割って入った何者かが巨人の顔面を殴り飛ばし、その巨体を横転させたのだ。


 誰だ、と目線を移す。そこにいたのは、先ほど俺を拘束した警備員だった。


「無事ですか、カンダタ氏。」


 警備員は、帽子の埃をぽんぽんと払ってそう言う。自身の安否を告げる以前に、俺は目の前に広がる光景に驚愕していた。


 逆上した巨人の拳を、その警備員は片手で悉く弾いているのだ。それも、背中を向けながら。


「あー……少し待ってください。」


 このままでは会話がままならない、とばかりに警備員は飛び上がると、巨人の顔面に蹴りを叩き込んだ。そうして上へと打ち上がった巨人に向けて、彼は追撃で右拳を振り下ろす。地面に叩きつけられた巨人は、ピクピクと痙攣しながら仰向けで倒れている。


「さて……これが言っていた巨人ですか?」


 警備員は俺を見下ろしながら質問を投げる。それまでの光景に唖然としていた俺は我に帰り、立ち上がって状況を説明する。


「え、ええ……まあ。こいつが例の巨人っす。」


「恐らくまだ起きますよ、こいつは。早く蹴りをつけましょう。」


 警備員は巨人に向けて構えを取る。その構えを見て、俺は確信した。こいつ、武闘家か。どうりで動きが洗練されているわけだ。洗練された、動き。それを観て、俺は自身の過去の思い出が頭をよぎる。このまま共闘したとして、果たして彼についていけるのか?そんな不安を感じたその時だった。


「カンダタさん!とりあえず救助終わりました!」


 納言が階段を駆け上がり、俺たちに手を振っていた。


「納言!避けろー!」


 俺は喉を枯らさんばかりに叫ぶが、もう遅い。起き上がった巨人は、既に納言に向けて拳を振り上げていた。そのまま納言は吹き飛ばされ、その体は校舎の壁面を突き破った。


「おぉぉぉぉぉぉ……!」


 突然、巨人が身を震わせ始めた。ボタ、ボタと何かが滴り落ちる。これはまさか、涙?あの巨人が、涙を流している。次の瞬間、シュウウウウ、と巨人の全身から煙が吹き出し、周囲は霧のようなモノに包まれる。



「これは……カンダタ氏、動かないで!」


「わかってますよ!」


 互いに姿が見えぬ状況の中、俺は警備員と声を掛け合う。そして霧が晴れた頃には、既に巨人の姿はそこにはなかった。


「どーゆー事だ、こいつは。」


 俺は困惑すると同時に、戦いへの敗北感を味わい、膝から崩れ落ちた。



「名乗り忘れました。私は鬼崎十郎きざきじゅうろう。以後よろしく。」


 警備室にて、警備員、十郎は頭を下げる。俺は少しおどつきながら、ペコリと頭を下げる。


「………」


 ここは俺も何か言うべきなんだろう。それより、それより、だ。なぜ………


 なぜ納言が生きている?しかも無傷で。


「あ、えっと……協力してくれるんですよね?とりあえずは。」


 納言は自身の事などどうでもいい、と言うように話を進めようとする。そんな状況に対して困惑していたのは俺だけではなく、十郎も同じだった。服がボロボロに裂けているので、攻撃を喰らわなかった、という言い訳は通用しないだろう。だが、攻撃を耐え切るほどの瘴気が納言にあるとは思えない。どう観てもヒョロガリの素人である。


「なんでお前は平然と攻撃に耐え切ってるんだよ。」


 俺は言いたくてたまらなかった質問を、ついに納言に投げかける。


「ああ……僕は打たれ強いんですよ、色々と。」



「その言葉で説明できるとでも?」


「……それは後で説明します。それで、巨人はどんな感じでしたか?」


 先ほどまでのコミュ障ぶりが嘘のように、流暢な口調で納言は俺たちに問う。仕方ない、取り敢えずは情報共有だ。俺たちはうーんと記憶を探り当てる。


「少なくとも、洗練された動きではありませんでしたね。素人の動きだった。」


 十郎の言葉に、俺はポンと拳を叩く。


「そういやそうだわ。拳をブンブン振り回してるだけで、攻撃自体は見切りやすかったな。……捕まっちゃったけど。」


 うーん、と俺たちは声を唸らせる。


「やっぱ重要なのは……泣いてた事だよな。殺す事に躊躇いがあったわけじゃないしなんで突然……」


「………」


 突然黙り込む納言に、俺は首を傾げる。


「心当たり、あるのか?」


「少し、考えさせてください。」


 納言はそう言うと、警備室から出ていった。こういう時は結論が出るまで放っておくのがいいだろう。


「まずは近くで見てたであろう奴に事情を聞くのが一番だな。……ちょっと約束あるんで、一緒に来てください。」


 俺は椅子から立ち上がると、十郎を引き連れて大学の外へと足を運んだ。確か少し離れた場所に待機してもらったはず……。


 すると、そこから何かの声が聞こえる。


「ほらちょっと金貸してよお。」


「や、やめてください……」


「良いからよこせや!」


 見ると、約束を取り付けたカザリが、不良たちに絡まれている。


「おい。」


 俺は、不良の頭を掴むと、路地裏へと放り投げた。


「な、なんだよお前…」


「あ?」


 俺が睨みつけると、不良はヒッと声を漏らして逃げていってしまった。その場に座り込むカザリに向けて、俺は手を伸ばす。


「いやー、災難だったな。しっかしあんたも絡まれやすいなー。」


 しかしカザリは、そんな俺の手を振り払った。


「アンタらなんかに……本当に強いアンタらなんかに何がわかるって言うんだ!」


 彼は涙を流しながらそう叫ぶと、走り去っていってしまった。ポカンとそれを眺めるしかできなかった俺に、十郎はポツリと呟くように話し始めた。


「彼は牛頭族ですね。それもかなり小柄だ。……ただでさえ動物種は差別されるのに、あの体格だと……」


 それに対して、俺は何も言えなかった。強いアンタらなんかに何がわかるんだ。その言葉を頭の中で再生させる。


 俺は、強くなどない。マカを傷つける事を防げなかった。巨人にも負けた。ギリ、と歯を食いしばり、十郎の方を向く。


「十郎さん、お願いがあるんですけど。」


「?」


 十郎は首を傾げる。俺は駆け抜けるように、自身の願望を十郎に話した。


「……」


 警備室に戻った納言は、考え込んでいた。自身の考えた。彼は2人が部屋に戻ると同時に、話を切り出した。


「お2人共、話があります。巨人がどうやって生まれたのか、についてです。」



「……こんなところに呼び出して、どうしたんですか?」


 その日の夜、カザリは呼びつけられた廃墟でその場にいる誰かに呼びかける。


「よお、カザリさんよ。」


 空き地のドラムの後ろから現れた俺は、彼に対し、不敵な笑みを浮かべる。


「挨拶はいい、本題に入りましょうよ。」


 彼は、こちらを挑発するように言う。俺は、その本題を切り出した。


「俺はさあ、とある可能性を忘れてたんだよ。なんだと思う?さ。額に聞いたらビンゴだったよ。取り憑いた悪霊ってのは周囲に殆ど瘴気を漏らさないってな。納言も俺もそこんとこは素人だから知らなかった。


 で、まあこの話の流れで分かるだろ?アンタなんだろ、カザリ。」


「……根拠は?」


 カザリは鋭い声つきで俺に問う。


「あの場にいたのはお前さんだ。アンタ、あの場で悪霊を解き放ったんだろ?だが、それは意図的なものではなかった。抑えきれなくなった悪霊が暴発したが故に起きた現象だった。」


「……」


「だが額が言うにはよ、悪霊憑きってのは通常悪霊を抑えられなくなって体を乗っ取られるらしいのさ。だがアレほど巨大な悪霊を潜伏させられるのは、体を乗っ取っている証拠だ。


 そして何より……アンタは納言を殴った時に泣いた。どうやら大事な大事な友人サンはやるつもりは無かったらしいな。」


「黙れ!」


 俺の言葉に割って入るように、カザリは話し始める。


「始まりは3日前だった。突然僕は体が大きくなったんだ。その時の高揚感と来たらもう!……もう誰にも僕を笑わない!虐めない!殴らない!」


 まるで玩具で遊ぶ子供のように目を輝かせながら彼は言う。馬鹿馬鹿しい。何がそんなに嬉しいというのだ。


「……そうかよ。それでお前の友達を殺したがな。」


 俺の言葉に、ピクリとカザリは眉を動かす。そしてワナワナと体を震わせ始める。来るか、と俺は構える。その直後、途轍もない量の瘴気が周囲に立ち込め始める。


「僕はもう、誰にも笑わせない!お前もここで、叩き潰してやる!」


 雄叫びをあげながら、巨人が現れる。夕方に観たものとはまるで違う。アレの3倍はある。150mは超えるであろうその体を、月の光の影が覆う。

 かつて昔、山を超える巨人のことをこう言ったという。だいだらぼっち。これは、まさにそれじゃないか。巨人は俺に向けて、巨大な拳を振り下ろす。


「………」


 俺は、十郎との会話を回想した。


『俺に瘴気の使い方、少しで良いから教えてくれませんか?』


『……確かに、貴方の瘴気の使い方は粗末だった。少しで良いなら、教えられますよ。』


 教えられた事を、思い出す。瘴気とは、即ち思念の力。言葉、記憶、感情などの全てによって発生する。重要なのは目的を定めること。そして攻撃をイメージする。


『人の数だけ瘴気の形は違うものです。貴方の瘴気は炎……それをイメージしてください。』


 イメージするは、地獄の炎。刀を握り、振り上げる。そして技名を詠唱する。


黒炎武踊こくえんぶよう。」


 月の光る空。


 星すら消えるその光を、黒い炎が切り裂いた。


 無駄一つないその一閃は、巨人の右腕を切り落とした。巨人はその痛みに悶え、後ろに倒れ掛かる。このままでは街に倒れかかってしまうだろう。その時だった。


「倒れさせて……たまるか!」


 十郎がビルからビルは飛び移り、右拳を巨人に向けて振り上げた。赤い拳は紅く染まり、衝撃の壁を生成する。


赫閃拳メテオ・ブレイカー!」


 その凄まじい衝撃により、巨人の体は逆方向に倒れる。よし、こちらの方向なら廃墟。人の被害は出ないはず。俺は巨人の首へと回り込むと、そこに刃を走らせようと……


 したその時、巨人が口を開き、大量の瘴気を装填し始めた。


「カンダタ氏!避けろー!」


 巨大な熱線が、俺に向けて放たれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る