第10話 夢は大きく、器はデカく

 朝になり、俺はゆっくりと体を起こす。このままだとまたマカに叩き起こされてしまう。柄にもなく丁寧にベッドを畳むと、俺は下の階へと足を運んだ。


「……ん?」


 そこには、部屋の掃除をする1人の少年がいた。たしか、浅倉納言と言ったところか。


「あ!おっ、おはよーございまーす!」


 納言は怯えた表情で、勢いよく俺に向かって頭を下げる。


 なんだこれは。これでは俺が、俗に聞く不良の長みたいじゃないか。なんだか良い気分ではないので、なんとか会話を弾ませようと無理やり笑顔を作る。


「あー……よ、よう!おはようさん。あんまり絡み無かったけど改めてよろしくな!」


「あ!よ、よ、よろしゃーっす!」


 納言は怯える事をやめなかった。そう言えば額が言っていた。こいつはここでアルバイトしている学生だと。なるほど、ここにいる他の連中と違って、こいつは常識人というわけか。そんな常識人側から見れば、俺が恐怖の対象に映るのも致し方あるまい。


「ふぁーあ……おはよう2人とも。」


 奥の扉から、額が背伸びしながら出てくる。相変わらず、顎から生えた髭には全く手入れがなされていない。


 その粗末な格好に目を細めていると、額は突然、俺たちに向かって言い放った。


「あ、今日カンダタくんと納言くん。君ら今日依頼だから。」


 ………今なんと?こいつと依頼をこなせと言うのか?チラリと横を見る。俺同様に突然依頼を告げられた納言が、アワアワと困惑している。


「じゃ、はい。これが今回の依頼内容。」


 額は、バシリと机に依頼内容が印刷された紙を叩きつけると、自身の寝室へと戻っていった。おい、あんまりじゃないか。と俺は食って掛かろうとしたが、その頃には何故か、額の姿はなかった。


「えーっと?依頼場所は……暗業あんごう大学……」


 俺が場所を読み上げた途端に、納言の体がピクリと硬直する。ん?なんだ?と俺は彼の方を向く。


「そ、そこ……僕の行く大学です。」


 マジか。だから納言を選んだのか。ここでウジウジしてても仕方ない、早く行かなければ。と俺は自身の頬を叩くと、できる限りの笑顔で納言の背中を叩く。


「よっしゃ!取り敢えず行こうぜ!」


「アッハイ…」

 しかし、納言からの反応は微妙だった。それでも俺は意気揚々と彼を連れ出し、外に出ようとした。その時だった。


またしても、トラックが窓を突き破って登場したのである。そしてやはりと言うか、納言はトラックに弾き飛ばされてしまった。


「フッ…やっちまった。」


トラックから出てきた美琴はキメ顔でそう言う。フッ…じゃねえよ。と俺は心の中で突っ込みを入れた。シクシクと、額の部屋から鳴き声が聞こえる。お察しします、と俺はぺこりと頭を下げておいた。



 俺たちは、その大学とやらに向かって歩いていた。


 さて……場所は…と俺は地図を眺める。だが、本来隣に立つべきであるはずの納言は、俺より数歩分後ろを歩いていた。


「……あんなあ!もうちょっとハキハキと行こうや!」


「あ!はいすいませんすいません……」


 納言はビクリと体を跳ね上げると、ペコペコと俺に頭を下げる。


「大体なあ…お前が案内してくれたら地図なんか観ないで済むの!」


「そうですよねえ…僕ってほんとにだめだ…」


 何かぶつぶつと呟きながら、納言は自己嫌悪を呪文のように口にしている。


「なあ……さっさと行こうぜ?」


「さ、さっさとぶっ殺そうぜ?」


「何をどうやったらそう聞こえるんだよ!早く案内しろっての!」


 ついに我慢の限界を迎えた俺は、納言の背中を強く押す。納言はびくびくと怯えながら、大学へと俺を案内した。


「こ、ここです…」


「おおー。」


 なるほど、大学というのは中々どうして立派じゃないか。目の前に広がる建築物を、俺はまじまじと見つめる。木造と鉄の入り混じった壁面、わざと歪ませたであろう天井からは、なんだか芸術性を感じる。


 その時、周囲の冷たい視線を俺は感じた。当たり前か。現代っ子にはボロボロの着物を着た男など、怪奇に映るに決まっている。


「な、なあ。そんで依頼内容なんだっけ?」


 なんだか恥ずかしくなり、納言に耳打ちする。


「ええっと……確かこの大学で巨人が現れたとか……」


「…巨人ねえ。」


 にわかには信じがたい話だ。何故わざわざ巨人が大学に現れると言うのだ。どう考えても悪霊の仕業であることは確かだが。


「……まずはここら辺に探知機を当てまくろうぜ。」


「ええ?!ここ広いですよ?!どう考えても丸一日かかるんじゃ……」


「いーのいーの!ほら行くぞー。」


 俺は納言の手を引くと、大学の中へと入っていった。途中納言が


「僕授業あるのにぃー。」


 だのと言っていたが、もはや気にするものか。


「えーっと……ここでもないここでもない……」


 壁、天井……あらゆる場所隅々まで探す。しかし依然として反応はない。


 もしや……


「ここか?」


 教員のカツラを剥がし、探知機を押し当てる。


「ギャァァァァァ!」


 納言は、悶える教員から俺を引き剥がした。


「な、な、何してるんですかあ!」


「何って探してんだよ。」


「禿頭にあるわけないでしょ!」


「うるせーな禿げにだって悪霊ついてるだろ!」


「禿げにはないですよ悪霊なんて!あんなの無ですよ無!」


「カツラがあんだろうがカツラが!このハゲ!」


「ハゲって言った方がハゲです!ハゲをハゲハゲ!」


「お前こそハゲハゲハゲ!」


「うう……」


 啜り泣く声が聞こえ、ふと教員の方を見る。ボロクソに禿げと罵られた教員は、その場から走り去っていってしまった。


「しまった。やり過ぎた。」


 俺が自身の失態を感じたその時、後ろからヌルリと何者かが現れる。


「君らちょっと来ようか?」


 見ると、鬼の形相、と言うか鬼そのものの警備員だった。表面上こそ笑顔を作っていたが、明らかに怒っている。そのまま俺たちは警備室に連れていかれ、その場に正座させられた。


「君たちさあ……何してたの?」


 鬼の警備員は、椅子に座りながら正座する俺たちを見下ろす。


「エト…あの……依頼があってですね…」


「依頼ぃ?」


 警備員は、俺が恐る恐る渡した紙をまじまじと見る。暫くの沈黙の後、何かを察したように彼は口を開いた。


「なるほどね…六道の人たちか。」


「へ?」


 まさか、一介の警備員にまで話が伝わっているのか?何もかもがどうでも良くなったのか、警備員は部屋の扉を開いた。


「行って良いよ、君たち。あの連中なら、放っておいた方が安全だ。」


 何が何やら、あっという間に部屋から追い出されてしまった。


「何だよもう……」


 困惑する俺達に、何者かが話しかける。


「あれ?納言くん?」


 見ると、牛の頭をした小柄な青年だった。……青年と言う表現で正しいのかはわからないが。


「え?…あ、カザリくん。」


 カザリと言う青年は、俺にペコリとお辞儀をする。こうしてみると、彼の小柄さが強調される。俺の体の1/3程度しかないその身長は、なんだか一部の層に人気でも呼びそうだ。


「どうもこんにちは、納言くんがお世話になってます。」


「あ、ドモ……」


 思わず俺は、それに返すように頭を下げる。


「ところで貴方は……親御さんですか?」


「そんな老けてねえわ失礼な!」


 俺はペチンとカザリの頭を叩いた。


「俺はこいつのバイト先の六道っつーところにいる………なんだろう。」


「貴方も答えられないじゃないですか!」


「少なくともこいつの親父ではねーわ!」


 俺たちは顔を密着させて睨み合う。


「ま、まあまあ……取り敢えず今日は切り上げて僕は授業に…」


「待たれよ。」


 さりげなく授業に向かおうとする納言を俺は引き止める。


「なんでぇ?!」


「俺1人にやらせるつもりかこの野郎!ぶっちゃけ周りからの目線がキツイんだよ!」


「今の目線がキツイんですけど!」


 学生の足に掴みかかる男。そして何故かそれに対処しない警備員。先ほどを上回るほどの奇怪な状況である事は、俺から見てもわかった。なんだか急に恥ずかしくなってきた俺は、恥ずかしげに納言の両足から手を離した。


「協力……しましょうか?」


 カザリが突如告げた提案に、俺は目を輝かせた。


「マジ?!ありがとうなーこの状況で断るやつなんかいないよなー?」


 俺はわざとらしく納言を見る。どうだ、こうなって仕舞えば断れないだろう。と見せつけるように。納言は気まずそうに顔を顰めると、渋々首を縦に振った。


 そうして、1人を追加しての探索が始まった。3手に別れて探査機を隅々まで当てていく。しかし、どこをどう探しても瘴気の一つも見つからなかった。


「いやー……結局見つからなかったですね。」


 カザリは笑顔のまま、後頭部をかきむしりながら言う。一体どう言う事だ。目撃証言があるなら、瘴気の一つでも見つかるはずではないか。もう時期日が暮れてしまう。生徒たちも続々と帰っている時間だ。


「うーん……すまんな、付き合わせて。今日はもうここで終わるわ。」


 俺は軽く頭を下げ、2人に告げる。2人は溜まった疲れを吐き出すように、大きく肩を落とした。


「これだけやって収穫なしかあ…」


「まあ、無駄って訳じゃないと思うよ。」


 納言とカザリの2人は、仲睦まじい様子で会話を交わしている。


「なあ……アンタら、どこで知り合ったんだ?」


 ふと気になった疑問を、俺は投げかけてみる。2人はうーん、と考えた後、話し始めた。


「僕と納言くんが知り合ったと言えば…高校の頃かなあ。」


 納言は、自身の過去を語り始めた。


『こいつマジちょれーよなあ……』


『金だけは持ってんだからよお…』


 不良たちが、カザリの腹を蹴り上げる。


 体重の軽い彼の体は、ゴム毬のように壁に叩きつけられる。


『ほら、もっと持ってんだろ?全部よこせっつってんの。』


 不良はカザリの胸ぐらを掴むと、ポケットに手を回す。その時だった。


『あ、あのー……あんまり暴力は良くないんじゃ…ないかなあ?』


 びくびくと怯えながら、少年が現れたのだ。


『何お前。』


『うぜー。』


 そのまま少年は羽交締めにされ、不良たちに次々と殴られて行く。


『あーなんか冷めたわ。行こうぜ。』


 不良たちは、その場から去っていった。


『き、君…大丈夫?』


 カザリは、恐る恐る納言の元へと駆け寄る。


『大丈夫だよ。僕、打たれ強さには自身あるから。』


 納言は、自身の傷をさすりながらそう言った。



「なるほどなあ……あんた、良いやつだな。」


 俺は、まじまじと納言を見つめる。


「いやあ…そんなでもないですよ。」


 納言は体をうねうねとくねらせながら、露骨に照れる仕草を見せる。なんだこいつ、気持ち悪っ。と俺は若干ドン引きする。感謝の言葉を忘れないようにしないと、と俺はカザリに頭を下げる。


「この後アンタも授業あるんだっけか?じゃあ……協力するのはこれで終わりでいいぞ。」


「僕も授業あったんですけどね…」


 ボソリと呟く納言を、やはり俺は無視した。


「それじゃあ頑張ってくださいねー。」


 カザリは手を振りながら、自身の教室へ向かっていった。


「はー……収穫なしとなるとやっぱ骨折り損だなあ。」


 俺がボリボリと頭を掻きむしり、事務所へと戻ろうとしたその時だった。


 ドォォォォォン、と巨大な爆発音が鳴り、周囲に瓦礫が降り注いだ。そこにいたのは、巨大な巨人だった。白くペンキが塗りたくられたように、平坦が広がる顔面。細いようで筋肉質に見える体。それらの全てが無機質さを強調させていた。


「なんだ……?!」


「………カザリくん!」


 納言はカザリの向かった方へ走る。俺は納言を追いかけた。向かった先には、その場に倒れるカザリがいた。


「……納言。お前は避難を優先させろ。俺がここをやり過ごす。」


 俺は刀を引き抜くと、巨人に向かって刃を走らせた。

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