第14話 地獄の道の悪霊ども

「とりあえず、カンダタ君と十郎さんはあれと戦ってくれ。僕と納言君は避難を優先させる。」


 額は真剣な表情で俺たちに支持をする。そこにはいつものようなふざけた様子はない。当然、それを断る理由もないため、俺たちはそれにこくりと頷き、行動を開始した。


 十郎と俺は高く飛び上がると、ビルの頂上にいるトカゲ型の悪霊に向かっていく。そして挟み込むように攻撃を浴びせる。


 体の傷は、既に瘴気で回復済みだ。この万全の体ならば行ける。そう心のどこかで確信していた。否、驕りを持っていた。それがいけなかったのだろう。俺が切りつけたはずの悪霊は、目の前から消えていたのだ。


「カンダタ氏、後ろ!」


 十郎に言われ、ハッとする。しかしその時には既に、俺の目の前に悪霊が迫っていた。こいつ、はやい。今までの奴らなぞ比べ物にもならないほどに。

 咄嗟に俺は上に飛び、刀でその体を切りつけた。だが、その刃は通らない。動揺する俺に対し、容赦なく悪霊は舌で攻撃する。

 俺は防御を取る。が、間に合わない。悪霊は、そのまま俺の腹部に一撃を浴びせる。全身の骨が折れる音がし、そのまま俺はビルから落下した。


「カンダタ氏!」


 十郎は俺の右手を掴み、落下を阻止する。その隙を、悪霊は見逃さない。それは十郎の背後から飛び掛かり、鋭い爪を振り下ろした。咄嗟に彼は避ける。ビルの頂上から下の階にかけて衝撃が迸り、建物が両断される。崩壊するビルの瓦礫の上を、十郎は俺を背負いながら移動する。


「カンダタ氏、少し失礼!」


 十郎は俺を上に投げると、急速に悪霊との距離を詰め、拳を顔面に向かって叩き込んだ。


炎天灼拳プロミネンス・テオ!」


 十郎の拳が燃え上がる。数百度を超える熱が、周囲の物質を蒸発させていく。その炎は、彼の拳を加速させた。吹き飛ばされた悪霊は、隣のビルに激突する。


……………………………………………………

「カンダタ氏、治療を。」


 十郎は俺を寝かせると、襲い掛かる悪霊に向かっていく。


しかし、悪霊に追撃を与えようと言うその直前で、彼の拳は止まった。悪霊が、避難する人々の真上にいたのである。このまま倒してしまったら、瓦礫が民間人に降り注ぐことに……彼は当然躊躇った。だが、その躊躇いは隙となって現れてしまった。


……………………………………………………


「クソ……体が……動かねえ。」



 俺は体の治療を俺は行う。瘴気と言うのは便利なモノで、体の治癒もこうやって行うことができる。だが、今回は時間がかかりすぎる。クソッタレ、一撃でここまで持ってきやがって。


「十郎さん……今行く…」


 全身を治した俺は起き上がる。だが、そこに広がっていた光景に俺は絶句した。十郎は、悪霊の口に咥えられていたのだ。既に彼に意識はないようで、ただブランとそこにぶら下がっているだけだった。


「くそ……!これは予想以上に……」


 あの巨人など問題にならないじゃないか。この強さは異常だ。ああまで意気揚々と飛び出したのにこのザマとは。悪霊は十郎から口を離すと、俺の方へと視線を移す。


 このままでは…死……俺が目を瞑ったその瞬間だった。


「……間に合ったな。」


 悪霊の右腕は、何者かによって吹き飛ばされた。これは……俺は後ろを振り向く。そこにいたのは、正門だった。その右手には、巨大な金棒が握られている。


「助かった。近隣住民の避難は今の間に完了した。……これからは、俺たちの出番だ。構えろ!」


 正門の支持と同時に、公安の銃口が一斉に向けられる。


「撃てー!」


 銃弾が一斉に発射され、悪霊の体を捉える。しかし、火花を立てるだけで、一向にダメージが与えられる気配はない。 


「チッ…やはりダメか。なら俺が出る。おい、カンダタ。合わせろ。」


「命令すんな、金棒野郎。」


 俺たちはそれぞれの武器を構える。


「俺が正面から受け止める。お前は回り込め。」


 正門は俺に耳打ちする。不服だが、仕方ない。一旦従ってやろうじゃないか。悪霊が襲い掛かると同時に、俺たちは地面を強く踏んで動き始めた。俺はビルからビルを移動して、悪霊の隙を伺う。対して正門は、正面から悪霊の攻撃全てを受け止めていた。


「すっげ…あいつ。」


 俺は、その光景に魅入られていた。瘴気の使い方の質がまるで違う。俺がナイフなら、奴は一級品の刀。そのまま正面から殴り合っても勝てるんじゃないのか、とさあ思えるほどだった。


「俺も良いとこ…見せなきゃなあ!」


 俺はビルの壁面に張り付き、瘴気を装填させる。まだだ、もっと研ぎ澄ませろ。イメージするのは、炎の糸。奇しくも糸、か。ハッと俺は笑う。今はこれで良い。


陽炎かぎろい!」


 壁を蹴る。


 ビルの壁にヒビが入る。


 それは、蜘蛛の巣のように見えた。


 霞む視界の中、悪霊に一撃を入れる。悪霊の半身は、その一撃によって両断された。


 なんという攻撃力。こいつ、今この場にいる中で最も瘴気が強いのではないか。正門は、その攻撃に驚愕する。


「正門ぉ!やれ!」


 俺は目一杯、正門に叫ぶ。彼は下から上に金棒を振り上げる。


断天撃クリムゾン・ブレイク!」


 それは、最早打撃とは言えなかった。あらゆる全てを抉り取る一撃は、斜線上にある後方のビルまでもを消失させた。


「がっ……!」


 悪霊の中から、男が現れる。


「な……?!」


「人間?!」


 どういう事だ、悪霊じゃないのか。俺の頭の中にカザリがよぎる。


「おい、こいつ悪霊憑きか?」


 俺の質問に対し、正門は首を横に振る。


「いや、違う。悪霊憑きはこんなふうにならねえ。……とにかく貴重だ。連れて帰るぞ。」


 正門は、瀕死の男に手を伸ばす。その時だった。突如背後に、何者かが忍び寄っていたのだ。


「!」


 正門と俺は、それに対して咄嗟に武器を振るう。だが、そこには誰もいない。


「あーあ、負けちまったかよムラマサぁ。」


 俺の背後から声がする。振り返るが、やはりその声の主はいない。


「ま、ひとまずは帰るぜ。ほら、立ちな。……また会おうや、公安に六道ども。」


 男は、ムラマサと呼ばれた男を起きあがらせると、その場から消えていった。


「くそ、待て!」


 正門は金棒を振るが、既にそこに奴らの姿は無い。悔しそうに舌打ちをするだけだった。仕方ない、兎に角終わったには終わったんだ。俺は刀をしまい、十郎を抱えると、その場を後にしようと、倒壊しかかったビルの影後ろへと走る。その時だった。


「まーた取り逃がしかよ。」


「使えねー。」


「マジの無能じゃん。」


 野次馬の中から、ヒソヒソとそんな声が聞こえたのだ。


「クソ……」


 正門は舌打ちする。いつもこれだ。どうやっても文句を言われる。必死でやっても叩かれる。これが、公安だと割り切ればいいのか?徹夜で必死こいて働いた末がこれなのか?なあ、親父……。正門は、過去を思い出した。


 父親は、公安だった。毎日のように徹夜で働いて、帰ってくる日の方が少なかった。この世界では、公安は非難の的にされやすい。治安を守れない無能、とネットでは叩かれるのが当然だからだ。子供時代の俺は、それが原因でよく虐められたものだ。


「公安のとこの奴だ」


 と石を投げられる。だから父親が嫌いだった。


「なんで父さんは公安になったの?」


 そう聞くと父は


「誰かやらなきゃいけないからだ。」


 と答えた。当初は、その言葉が分からなかった。分かったのは、父が殉職してからだった。強盗から、親子を守って死んだらしい。涙を流しながら頭を下げる親子を見て、その意味がわかった。誰かやらなきゃいけない。子供が虐められても続けたその意味は、ここにあったんだ。


 それから父への嫌悪感は、憧れへと変わった。あんな風に生きてみたいと、そう思ったんだ。


 その結果がこれだ。結局、ただ重荷を背負わされて終わる。ただそれだけ。これからもそうやって生きるのか?俺は間違えてしまったのか?正門はギュッと拳を握る。その時だった。


「うるせーんだよテメェらは!」


 何者かの叫び声が聞こえた。見ると、そこにはカンダタがいた。


「大体なあ、俺はテメェらなんぞのために戦っちゃいねーんだよ!テメェら大衆サマは散々言いやがるがなあ……テメェらの身の安全なんか知ったこっちゃねーー!」


 シーン、と沈黙が走る。


 だが少し経った後、堰を切ったように野次馬が彼に罵詈雑言を浴びせ始める。


「なんだテメェはー!」


「引っ込んでろー!」


 それに対してカンダタは中指を立て、


「やかましいってんだよばーか!こいつらが普段どんだけ貢献してるか考えたことあるか?罪人の俺だから言えるね。効果アリアリだよ!」


 と野次馬を挑発した。


 それを見た正門は、思わずフッと笑っていた。あんな風に生きられたなら……と、思わず憧れていた。


「なあ……幽晴。明日仕事…手伝ってくれるか?」


 正門は空を眺めながら、タンカに運ばれる幽晴に言う。


「今聞かないでくださいよ…」


 幽晴は、掠れた声でそう返した。



「……カンダタ氏。」


 カンダタに背負われた十郎は、カンダタに話しかける。


「なんです?」


「どうして大衆を嫌うんです?見たところ群れるのが嫌いという訳では……」


「色々あんだよ、俺にも。」


 カンダタは、十郎の質問を食い気味に中断した。そのまま残りの2人と合流し、十郎と別れるまで、彼が言葉を口にする事はなかった。

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