第8話 猫はこたつで丸くなる

「この…雑魚があ!」


 化け猫の両腕が飛ぶ。


 俺たちは再び二手に分かれ、同時に化け猫に飛びかかった。


 美琴の蹴りが飛ぶ。とてもじゃないが、肉眼では捉えきれない。その凄まじい蹴りが、化け猫の顔面を捉えた。化け猫は大きく横に揺れ、地面に倒れ込んだ。


 そこで生じた隙を俺は狙う。刀を上から下に振り下ろし、化け猫の首へと刃を走らせる。


「クソッタレ…!」


 化け猫は右手でその刃をガードする。


 勢いよく振り下ろされた俺の刃により、その右手は切断されてしまった。


 紫色の血を浴びながらも、俺達は攻撃の手を緩めない。


 痛みに悶える化け猫に向けて美琴は右手を振り下ろし、地面に強く叩きつけた。


 下の階から下の階へと、化け猫は沈んでいく。


「ネズミがどっちかって聞いたよな?今のお前はどうなんだ?」


 とっておきの煽り文句を口にしつつ、俺は化け猫の顔面を切り付けていく。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 大量の血が部屋中を埋め尽くし、紫色の海を作り出す。


「血は瘴気そのものだと聞くが、これほどの量……強さはともかく、瘴気の量だけなら特別三級レベルだ。」


 美琴は、化け猫の持つ瘴気の量に驚愕していた。一体どうやって、これほどの量のものを蓄えたというのだ。


 顔面を押さえる化け猫に、俺たちは視線を移す。


「ははは…なるほどな……流石に手ェ抜きすぎたぜ……」


 化け猫は苦笑を浮かべながら、体を再生させる。それに対して、俺は言い放つ。


「やかましいんだよ化け猫が!あの大量の猫どこにやった!知ってんだろうが!」


「クックック………どうなったと思う?」


「!」


 まさか………と最悪の結果を想像した。


 だが、ここまでの瘴気を溜め込める理由もわかる。


 瘴気とは、即ち魂の残骸。増やす方法は手っ取り早い。それは。カンダタがかつて地獄で亡者の恨みつらみを飲み込んだように、この化け猫も……。


「…………」


 両者の瘴気が、爆発した。


「俺も人の事は言えねえさ。散々人様の魂食ってきたんだからよ。だが……それを自慢するような奴は胸糞悪くて仕方がねえ。」


「同意だカンダタ。僕もこいつは嫌いだね。同じ猫として動物愛護心に反する。」


 俺たちは目を合わせると、ニヤリと笑う。


「「覚悟はできてんだろーなぁー?」」


 天井から刺す光………その影に覆われる2人の笑う人影。その姿に、化け猫は恐怖した。


「この………おおおおお!」


 化け猫の瘴気が爆発する。


 空中に、大量の蒼い人魂が灯る。


「これは……」


「猫又の出す人魂だ。触れたら死ぬぞ。」


「はあ?!いきなり?」


 美琴から発せられた言葉に、俺は驚愕する。だが、そうする暇もなく攻撃は開始された。


 化け猫の体に、人魂が纏われていく。


 蒼く燃え盛るその体からは、凄まじい量の瘴気が放たれていた。火花の一つ一つが、低級悪霊の数倍に匹敵する。


「……来るぞ。」


 美琴がそう言った直後、化け猫が俺たちに襲いかかった。触れたら死ぬ、という言葉を思い出し、咄嗟に俺は左に避ける。


「おい!大言壮語浮かべたがどうする?なんとかできないか?」


 美琴は俺に提案を求める。


「人魂に触れたら具体的にどうやって死ぬんだ?」


「体が燃えて死ぬ。そんなの当たり前だろう?」


 なるほど、体が燃えて死ぬ、と。


 となれば……。


 ニヤリと俺は笑うと、美琴の首を掴んだ。


「は?」


「燃えるんならよ……燃え尽きるまでは死なねえだろ?」


「おいまさか……やめろお前!」


 俺は勢いよく振りかぶると、化け猫に向けて美琴を投げた。美琴は猛スピードで猫に向かっていく。


「あああ!もう知らんぞこのぉ!」


 美琴は大きく拳を構えると、飛ばされた勢いに任せて思い切り化け猫を殴りつけた。


「ぐあああああ!」


 化け猫はビルの壁を突き破り、そのまま道路へと飛び出していく。


「あっつぅぅぅ……恨むぞカンダタあ!」


美琴は右手にフーフーと息を吹きかけながら、俺に向かって文句を漏らした。


 周囲から悲鳴がする中、俺は落下する化け猫に向けて刀を構える。


「剣は鉄……なら燃えねえよなあ?」


 刃を猫の顔面に突き刺し、そのまま顔面から腹部へと刀を振り下ろした。


 凄まじい量の血液が道路を埋め尽くし、同時に纏われていた人魂は四方に散らばり、消えていった。


「や、やめてくれ!助けてくれ!」


 既に既に余力の残っていないであろう化け猫は、俺たちに懇願し始める。


「で、猫たちはどこにやった?何が目的だった?」


 俺の質問に、化け猫はびくびくと怯えながら答える。


「お、俺は……猫にメシやら瘴気の残骸やらを集めさせて……そんで使えなくなったら食おうと思ってたんだ……」


 瘴気の残骸……街に散らばる微量な瘴気の残り香と聞く。なるほど、塵も積もれば山となると言う。町中のものを集めさせればこれほどの瘴気にもなる。


「じゃあ猫どもは食ってねえんだな?どこだ?」


「それはなあ……」


 突如、化け猫はニヤリと笑い始める。


 その表情の意図を察した頃にはもう遅かった。化け猫は周囲から大量の猫を呼び寄せると、隠し球として用意していたであろう人魂をそれらに突きつけた。


「う、動いてみろ。こいつら…殺すからな。」


 しまった、やられた。と俺は舌打ちする。人質を取られようが知ったことではないが、今回は別。依頼がかかっている状況を放棄するほど馬鹿ではない。


 このまま、逃げられてしまうのだろうか。

 そう歯軋りした、その時だった。


 後ろから、何者かが猫の心臓を突き刺したのだ。見ると、それは紛れもないマカだった。


「がっ………あ!お前は……」


「何をしているかと思えば脅迫か……悪霊のすることはどこまで行っても下衆だな。」


 マカは、化け猫の心臓から剣を引き抜くと、冷たい表情でそれを見下ろした。


 俺は、額の言葉を思い出していた。


 救いようのない正義。乖離した正義。


 それが今、この目の前にいる。


「ひ、ひぃ……違う!俺は言いなりになってたんだ!奴らの言いなりに……!


 なあ……俺だって良い気になって悪かったよぉ!こ、これからは平穏に暮らすから…」


「ま、マカさん……ちょいと話を聞くぐらいは…」


 俺が言葉を挟もうとしたその時、容赦なくマカは化け猫の首を切り落とした。


 大量の血液を顔面に浴びながらも、彼女は一切表情を崩す事はなかった。


「悪霊に平穏など訪れない。」


 彼女が言い放った言葉に、俺は唖然とするばかりだった。


「これが正しい判断だ。悪霊は世界の瘴気を崩す。」


 美琴もその状況を受け入れるように、そう言う。みんな、この状況がおかしいと思っていないのか?


 彼女がしていた目つきは、まさしく俺が過去に向けられていた目そのものだった。


 悪人をクズと切り捨てるその目。


「マカさん……アンタ本当に……」


 彼女の抱える闇を垣間見た俺は、何も言えなかった。



「ありがとうございました!」


 少年は飼い猫を抱き抱え、帰って行った。

 たった2000蓮。あれほどやった割には安い金額に見えた。


「なあ……マカさんは……ずっとあれだったのか?」


 俺は、隣の美琴に問う。


 彼は少しの沈黙の後、口を開いた。


「君は…彼女を否定するかい?

 少なくとも、僕は彼女の正義に突き動かされた1人だよ。……君も、だろ?」


 確かに、そうだ。俺はあの正義に救われた1人だ。だが、あの目つきを観てしまったら俺は………


 彼女が、俺をああやって切り捨てる未来があったのだろうか。


「俺は大罪人だ。彼女も、俺にあんな目をするのか?」


 自分でも、よくわからないことを言っているのは分かっている。だが、聞かずにはいられなかった。


「君は…悪霊じゃないだろ?少なくとも、彼女が切り捨てるような人間には、僕は見えないね。」


 美琴の答えは、ずれているようで的確だった。俺は、悪霊じゃない。それはそうだ。救いようがある悪に対しては、彼女は手を差し伸べるのだろう。だが、救いようがないと判断した途端、ああやって牙を剥く。


 それが彼女にとっての正義。


 俺は、彼女のために何かしたいと思っていた。だが、それは何だ?あれを見てしまった今となっては、それが分からなくなった。



美琴は、かつて拾われた時のことを思い出した。


『うち……来ます?』


雨に打たれる自分に、マカは傘を刺してくれた。居場所のなくなった自分に、手を差し伸べてくれた。


……いくら彼女が歪んでいようと、それは変わらない。彼女と共にいると決めたんだ。


暗い表情をするカンダタの背中を、美琴はポンと叩いた。



「……あの化け猫は流石に無理があったんじゃねえの?」


とある廃ビルの会議室にて、触手を生やした男が、影に隠れた男に言う。


「ふむ……瘴気が大き過ぎたようだな。まあ良い、変わりは幾らでもある。


……そうだ、我々に新たなメンバーが加わるかも知れんぞ。」


影に隠れた男は、触手を生やした男に言う。


「マジか。じゃあいっちょ歓迎パーティーでもする?」


「冗談はよせ。まあまだ分からんよ。地道に待て。」


2人の男は、会話を続ける。2人の会話は、他の誰にも聞こえない。その目的でさえも、誰も知らなかった。

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