第5話 更生の一歩

 双子は跳躍しながら、蟻の手足を切り落としていく。


「牛頭、こーかん。」


「はいはい、ガッテン承知。」


 牛頭と馬頭は互いの武器を入れ替えると、蟻の頭を切断した。


「弾鉄刃!」


 牛頭と馬頭は瘴気を放ち、自身の能力を発動する。すると、地面が弾性を浴び、2人はそれを利用して大きく飛び上がった。


 馬頭はそのまま、勢いよく斧を振り下ろす。


獄門斬ごくもんざん!」


 振り下ろされた斧は巨大化し、その場にいた蟻を一掃した。


「マジかよ……強えええええええ………」


 俺はその光景に思わず見入っていた。少女の体に見合わない、獣のような動き。一見違和感を感じそうなその状況でさえも、ある種の芸術のように見えた。


「カンダタ……行って。」


 馬頭は前を指差す。


「へ?」


 首を傾げる俺に、牛頭は説明を始める。


「黒蟻には、女王アリが存在する。それを叩かない限り、蟻は無限に増え続けます!カンダタさん!早く女王を探してください!」


 馬頭とは打って変わって流暢な説明に俺は驚きつつ、指を刺された方向を見る。


 そこには、何かよからぬものがいるのが感じられる。これが瘴気というものか。


「よくわかんねーけど…了解!」


 俺は言われるがままに走り出した。


 ……………………………………………………


「ふふふ…」


「うふふふ……」


 マカは襲い来る蟻の大群を避けながら、キョロキョロと辺りを見渡す。


 黒蟻は無尽蔵に沸き続ける。それがこのサイズとなると、倒すだけ瘴気の無駄。ならば逃げるのが一番良い。


「ふふふ……堕天使……」


「堕ちた天使……」


 ヒソヒソと、黒蟻達の陰口が森中に響き渡る。そうやって、いつまでも笑われ続けたものだ。生まれた時から親もなく、虐められ続けて育った。笑われ慣れている。慣れている、が。


「上等だ。ここで全員蹴散らしてやる!」


 笑ってきたものを見返すために、真面目かつ愚直にやってきたのだ。こう言う時こそ、やるのが一番だ。今だけは、真面目さを捨てよう。やれるだけやってしまおう。


断罪ノ剣だんざいのつるぎ。」


 黒と白の2色が入り混じった剣。マカはそれを上空に向けて勢いよく振るった。


 解き放たれた斬撃は、周囲にある黒蟻全ての首を一瞬で切断した。


「よし……行きますか!」


 マカは木から木へと飛び移ると、凄まじい速度で黒蟻を蹴散らしつつ、キョロキョロと辺りを見渡した。


「この瘴気……あれだ!」


 森の奥へと目を凝らす。そこにいたのは、全長20mは超えるであろう、巨大な蟻だった。


「そこ……かあ!」


 マカは回転しながら、女王蟻の体へと剣を振るう。しかし、その硬さにより、殆ど傷をつけることができなかった。


「やばい……!」


 女王蟻は彼女を捕捉するなり、猛スピードで追跡を始める。周囲の木々を破壊しながらのその進行を前に、彼女は後退を余儀なくされる。


「くっ……!流石に瘴気が足りなかった……!」


 マカは瘴気を剣に込める。


 剣は巨大化し、襲い掛かる女王蟻の前足を切り裂いた。バランスを失った女王蟻は、勢いよく倒れ込む。


「そこ…!」


 畳み掛けるように、彼女は剣を振り上げる。その時だった。女王蟻の口から、何かが飛び出た。


 それは、子供の顔だった。


「な……!あれは……」


 まさか、取り込まれたのか。ギリ、とマカは歯を食いしばる。これでは、殺せないではないか。


 そんな彼女に向けて、女王蟻は容赦なく追撃としてレーザーを浴びせる。


 マカは咄嗟にそれをかわす。放たれたレーザーは、周囲の木々を一瞬にして焼き尽くし、森を火の海へと変えた。


「流石にモロに食らうとやばいか……じゃ、手っ取り早くアレを……」


 マカが瘴気を解放しようしたその時、森の奥から、何者かが飛び出した。


「うおおおおおおお!」


 その正体は、カンダタだった。


 彼は刀を引き抜くと、女王蟻の頭に向けて勢いよく刃を突き立てた。しかし、どう言うわけか、そこに刃は通らない。


「なぬ…?!」


「カンダタさん!」


 マカは叫ぶ。再び、彼に向けてレーザーが装填されていたのだ。


「やっべ……このぉ!」


 カンダタは蟻の頭を殴り、地面に叩きつける。


「ありゃ?なんでパンチは通じるんだ?」


 首を傾げるカンダタに、マカは説明する。


「カンダタさん!瘴気です!瘴気を纏わせてください!刀の先に纏えば、きっと蟻を両断できる!蜘蛛の悪霊を斬った時と同じです!……これを倒せば、中にいる子供たちも……!」


「同じようにやれってったって…うおおお?!」


 困惑するカンダタを蟻は見逃さない。


 蟻はカンダタを振り落とすと、レーザーを装填し始める。


「カンダタさん!離れて!」


 マカの言葉も、もはや意味をなさない。その頃には、レーザーは既に彼に向けて照射されていたのだから。


 どうしよう、このままでは、死なせてしまう。死んじゃだめだ、死んじゃだめだ。

 マカは必死で手を伸ばす。


 だがしかし、予想外の事態が起こった。彼を焼き尽くすはずだったレーザーは、何かによって両断されていたのだ。


 その正体は、カンダタだった。


 彼が、刀でレーザーを切り裂いていた。


「うぎぎぎぎぎ……こー言う事か?瘴気を使ってのは。」


 カンダタは、マカの方を振り返る。正真正銘、そこに纏われていたのは瘴気だった。


 彼はレーザーを相殺し切ると、怯える蟻に刀を構える。


「ええ、そうです。行きましょう、カンダタさん!」


「おうよ!」


 マカとカンダタは前に飛び出し、同時に蟻の頭に刃を入れる。そしてそのまま、勢いよく振り上げた。


 紫色の血がそこら中に降り注ぎ、数人の子供がドサリと地面に落ちた。


「やりましたね、カンダタさん!」


 思わず、マカは両手を前に出していた。


 あ、と彼女は赤面する。嬉しさにかまけてなんてことを、と両手を引っ込めようとする。

 だが、カンダタはそれに応えるように、その両手にハイタッチした。


「ま、俺の更生の第一歩ってことで。」


 2度とあんなところに…地獄の底になんぞ戻ってたまるか。とカンダタは強く決心した。


「おーい、討伐できましたか?」


 牛頭が手を振りながら、2人の元へと駆け寄る。


「おう、ばっちしよ。」


 カンダタは2人にピースサインを贈る。


「なかなか、上出来。」


 先輩風を吹かせながら、馬頭は彼の肩をポンと叩いた。


「ガキに先輩風吹かされたかねえんだけど…」


 そう悪態をついたカンダタの右手に、馬頭はガブリと噛み付いた。


「ぎゃーーーーー!痛い痛い痛い!」


 ブンブンと腕を振り回す彼を、牛頭とマカの2人は笑った。


 だが、その時だった。女王アリの体内にいた子供が、マカの服の裾を掴み、ガタガタと震えながら言った。


「まだ……まだいるんだ、他の奴らも!」


「え?」


 一同が眉を顰めたその時だった。ドォォォン、と周囲の木々が倒れる音がする。一同は、音のする方を向いた。


「あれは……!」


 女王アリを遥かに超える、巨大な黒蟻だった。まさか、別個体がここに潜んでいたとは。黒蟻は、ものすごい速度で街の方へと向かっていく。


 バキバキバキ、と周囲の木々が倒れる音がする。遠方からは、民衆の悲鳴が聞こえる。


「あ、まずい。こりゃあやべぇぞ、」


 カンダタは、案外冷静だった。人間は窮地に立たされた時冷静になるのは本当なのか、と彼は心の中で思った。


「とにかく行かないと……このままじゃ街が!」


 ウー、ウー。とアラートが鳴る。民衆は息を切らしながら黒蟻から逃げる。


「やばい、これ。街、壊れる。」


 馬頭はポツリと呟くように言う。黒蟻は街に侵入すると、周囲のビルを倒壊させていく。


「カンダタさん、もう一度!」


「応よ!」


 マカとカンダタは、再び瘴気で攻撃をする。……しかし、すんでのところでそれは止まった。


「助けてー。」


「誰かー。」


 そんな声が聞こえてきたのだ。それも一つや2つではない。何十人分もの量だ。


 2人は、黒蟻の背中の上で会話を交わす。


「これ……流石に無理だよな?」


「ええ……これだけの量だと被害が出ます。どうすれば……」


「俺に考えがある。」


 カンダタは、3人に耳打ちする。


「ええ?!大丈夫なんですかそれ!」


 牛頭は顔を顰めると、カンダタの体を舐め回すように見る。


「わーってるよわーってるよ。そんなもん、気合いで解決だ。」


 そう言うと、カンダタは階段からビルの上へと駆け上がった。そしてそのまま屋上へと上がると、勢いよく飛び降りた。


「よっしゃ頼むぜマカさん!うおおおおおおおおおおおおお……」


 カンダタは、黒蟻の口にばっくりと食われてしまった。


 だが次の瞬間、衝撃が黒蟻の腹の中で走る。次々と体は傷つけられていき、トドメと言わんばかりに、カンダタが勢いよく腹の中から飛び出してきた。胃液にまみれたカンダタは、上空に向かって咆哮を上げる。


「うおらぁぁぁぁぁぁ!」


 中から、大量の子供達が溢れ出る。落下するそれらを、牛頭と馬頭の2人はキャッチした。


「……マカさん、ぼーっと見てないで早く。」


 胃液にまみれたカンダタを前にたじろいでいたマカだが、自身の名を呼ばれ、ハッと気がつく。そして雷を落とすがごとく、勢いよく剣を振り下ろした。


 黒蟻は、徐々に消滅していく。


「よっしゃぁぁぁぁ……終わった終わったー!」


 カンダタは喜びを体で表現するが如く、ジタバタと暴れ始める。その度、胃液があたりに飛び散っていく。


「わー!辞めてくださいよホントに!」


 牛頭はカンダタから距離をとる。


「えー、なんでだよつれねーなー。」


 カンダタは、そんな彼女を追いかける。暫く両者の追いかけあいは続いた。


「カンダタ……すごいね。」


 馬頭はフッと笑うと、マカに一言言う。


「ええ……彼はなんでも変えてくれる、そんな気がします。」


 マカは、同様に笑って返答した。


 馬頭は、自身の過去を思い出した。


 今は亡き母。いつも頭を撫でてくれた。


 死んで以来、撫でられる事が嫌いになった。だが、彼になら……


 彼女がそう思ったその時だった。ズンズンと、自身のもとにカンダタが近づいてくるではないか。


「く、来るなぁぁぁぁ!!」


 やっぱりダメだこの人は。馬頭はカンダタから逃げ出した。


「フン、なるほどね。あれが新入りのカンダタか。中々良い男じゃ無いか。僕程じゃないけど、ね。」


 森の影、金髪の男はその様子を見守りながら、一言つぶやいた。




「じゃあ、この後依頼者との話があるのでカンダタさんは帰っておいてください。」


 マカにそう言われ、カンダタは事務所に帰った。


「………誰だ?」


 そんな彼を出迎えたのは、1人掃除をする少年だった。なんだか覇気がなく、少し押しただけで倒れてしまいそうな、そんな少年が。


「え?!あ、お、お、おはようございます。僕は浅倉……」


 びくびくとしながら少年が自己紹介をしようとした瞬間、突然飛び出してきたトラックが事務所の窓を突き破った。


「ギャァァァァァァァァァ!」


 少年はその衝撃によって吹き飛ばされ、トイレのドアへと勢いよく突っ込んでいった。

 車から降りた男は、天高らかに名乗り始める。


「はっはっは!遅れて参上!我が名は阿佐美猫美琴あざみねみこと!ようこそ六道へ!歓迎するよカンダタくん!」


 なにやら独特の決めポーズをとり、美琴という金髪の男は彼にそう言い放った。


「……は?」


 カンダタは、その光景に唖然としていた。

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