第4話 新生活

「えーっとね、まず悪霊についてだけど……」


 額は俺の反応を無視して説明を始める。


「ちょいちょいちょいちょい……待ってくれ。」


 俺は咄嗟に額の言葉を遮る。


 彼は不思議そうに首を傾げる。この野郎、好き勝手に説明しやがって。訳わからないフリをしたって無駄だからな。


「いきなり働けってったって意味わかんないわですけど!」


 怒りに任せて、俺は額へと叫ぶ。


 すると彼は、うーん…と腕を組んで考え込むような仕草を見せ始める。


 一体何が不思議だと言うのだ。とっ捕まえた奴を働かせようと言うのは、どう考えても非常識である。


「いやね、だから人手に困ってて…」


「とっ捕まえた奴を働かせる何でも屋がどこにあるんです?」


「……細えことは気にすんな!」


 額は明るい表情で親指を立てた。まるで少年漫画の主人公のように。


 本当にこの人が取り仕切っていて大丈夫なのか、と俺はため息をついた。


「取り敢えず説明するよー。」


 やはり俺を無視して、無額は説明を始める。

 もう何にでもなれ、と俺は説明に耳を傾けた。


「まず、この世界には悪霊ってのがいるんだ。転生しきれなかった魂の残骸……それが形を成したものさ。


 こいつらは放っておくと世界を破滅させる。この世界は瘴気というエネルギーで満ちているからね。世界の瘴気を吸収してしまう悪霊は危険ということさ。


 そしてそれを祓って治安を守るのが地獄公安。


 あともう一つ、獄卒公安ってのがあるんだが、それは地獄全体の治安を守る役割を成している。いわば地獄公安より上の立場だね。」


 獄卒、と聞いて、俺は思わず顔を顰める。数百年前、散々獄卒に追い回された。それが今では公安の一環とは、時代も変わったものだ。


「そこにいる牛頭ちゃん馬頭ちゃんは、元々獄卒の一族だったんだよ?試験に落ちてここにきたんだけど。」


 額に呼ばれた牛頭と馬頭は、何やら気まずそうにうずくまった。


 試験、とは獄卒の試験だろうか。獄卒にも試験というものがあるなど、やはり世知辛い世の中である。


「あー……それは…」


「言わないお約束……」


 プルプルと震えながら、マカに2人はしがみついていた。


 青いリボンの少女……牛頭が流暢で、対する赤いリボンの馬頭がカタコトなのは、何か理由があるのだろうか。と疑問に思う。だが、聞いたらまた噛みつかれそうなのであえて聞かなかった。




「…で、ここは言わば荒くれ者、弾かれものが来るような所でね……戦力的には地獄公安と遜色ないけど…ちょいとイレギュラーすぎて界隈じゃ浮いてるのさ。」


 はあ、とため息まじりに無額は言う。どう考えてもアンタの方針のせいだろうが、と俺は思うが、あえて口には出さなかった。


「そこのマカちゃんもねえ……優秀だったのに堕天使って事でここに流れ着いたんだよ。」


 俺はマカの方を見る。彼女は悲しげな顔で俯いていた。


 差別とは、本当にどの時代にもあるらしい。俺の時代でも、俺の住んでいた場所は差別の対象にされた。


「そっか……で、やっぱ俺が仕事する理由がわからねえんだけど。」


 再び俺は話を切り出す。


 仕事をしたくないわけではないが、なんだか碌なことにならない気がしたからだ。


「……はっはっは!」


「笑って誤魔化すなし!」


 飛びかかろうとする俺を、マカは静止する。


「ちょっと待って…落ち着いてくださいカンダタさん……。額さん……私もあんまり納得いかないですよ。なんで働かせるんですか?」


「え?人手が足りないから。」


「ダメだこいつ…」


 一向に意見を曲げない額に、俺たちは落胆する。やっぱりここが荒くれ者扱いされる理由は、こいつのせいなんじゃなかろうか。


「わかったよ……仕事しますよ。」


 ボリボリと頭を掻きむしり、俺は答えた。


 もうこれ以上押し問答を続けても仕方あるまい。適当にやって適当に解決すればいい。


「カンダタさん、良いんですか?!死にますよ最悪!」


 バタバタともたつくような仕草を見せながらマカは俺に詰め寄る。まるで子の行く末を心配する母のようである。やっぱ母親願望あるだろこいつ。


「オッケー了解!じゃあ始めよう!……これ、見てくれるかい?」


 額は、ホワイトボードに貼り付けられた写真を再び指差した。


「悪霊には第5級脅威指定から第1級脅威指定、そしてその上の特別5級脅威指定から特別1級脅威指定まである。第5から第4まではほとんど脅威がないが、第3からは人に害を及ぼす。昨夜君が倒したのは第2級だね。


 今回討伐してもらうのは第3級『黒蟻くろあり。』


 複数で群れをなして、子供を食らう。最近ここらで被害が出た。これをマカちゃん、そしてカンダタくん。君たちで討伐してほしい。……子供の行方不明も届いている。最悪の事態になる前に、ね。


 あ、あと念のため牛頭ちゃんと馬頭ちゃんも付き添い人としてね。」


 にこやかな笑顔で無額は言う。


 その笑顔に対して、俺は笑い返せなかった。

 どうしてこんなことになってしまったんだろう。これも生前犯した罪とやらなのだろうか。



「おおおお……なんだあれ!」


 今まで外の景色は恐怖の対象だったが、よくよく考えてみれば、俺にとって辺りに映るもの全ては目新しいものばかりだった。


「霊魂アイスいかがですかー?」


 見たことのない菓子が売られている。これは買うしかない。


「買う!」


 俺はアイスとやらが入った箱に手を突っ込むと、5本ほど取り出してしゃぶりついた。


「ちょっとぉ?!すいませんすいません……」


 マカは勢いよく店員に頭を下げると、俺の頭を叩いた。


「いて!何するんだよマカさん!」


「何するんだよじゃありません!」


 しまった、怒らせてしまった。


 俺を睨みつけるその表情は鬼さながらだった。


「おおお…なんだこれ…板に変なのが動いてる……」


 ガラスにベッタリ顔を貼り付けながら、俺は何かが動く板をまじまじと見つめる。


「それはテレビです!人がいるわけじゃないです!ほら!人が見てる!離れてください!」


 マカは必死でガラスから俺を引き離すと、そそくさとその場を後にした。


「カンダタ……モラルないね…」


「やばい…」


 俺の後ろで、ヒソヒソと牛頭と馬頭は陰口を叩く。


 周囲の冷たい視線を意識すると、なんだか急に恥ずかしくなり、俺は縮こまってしまった。


「さて……ここら辺りで目撃情報がありましたけど…」


 マカはキョロキョロとあたりを見渡す。公園には、子供たちが追いかけ合いをしている以外の変化は見られない。


「うーん…悪霊ってんだから夜に出るとかじゃねえの?」


 俺の素朴な疑問に、マカは答える。


「いや…それは現世での話です。ここでは瘴気に昼も夜も変化がないので…」


「その瘴気ってのはなんなんだ?」


 俺の質問に、しまった、と言うような仕草をマカは見せ、説明を始める。


「説明してませんでしたね…瘴気って言うのは地獄のエネルギーのことで、地獄の力を持っている人なら誰でも使える力です。


 公安にいるような人たちは皆、その力が強くて戦闘に実践できるような人たちです。カンダタさんの場合その量が上記を逸してるから、色々警戒されたんです。


 貴方が数百年間姿を変えずに生きながらえたのも、その瘴気があっての事。瘴気には若さの延命機能もありますから。


 それぞれ瘴気を使って己の得意技を伸ばしていくことが、強くなるためのコツですよ。」


 子供に言って聞かせるように、マカは俺に言う。やっぱりこいつ母親願望あるだろ、と俺は思わず目を細めた。


「ねえねえおじさんたちー、鬼ごっこしようよ。」


 突如、俺たちの元に子供が駆け寄り、そんな事を言ってきた。


 マカはしゃがみ込むと、申し訳なさそうに子供に告げる。


「あー…ごめんなさい、今お仕事してて…」


「へー、負けるの怖いんだおばさん。」


 子供が言い放った一言に、マカは固まる。


 おばさん……それは世の女にとっての禁句である事は俺にもわかっている。


 後ろで牛頭と馬頭は口をあんぐりと開けている。


 そして険しい表情でマカは子供に襲いかかった。


「誰がババアじゃこのガキャぁ!私はまだ20だっつってんだろうが!」


 ジタバタと暴れるマカを、俺たちは必死で引き留める。こいつ、そんなに自分の歳について言及されるのが嫌なのか。


「ぎゃー逃げろ逃げろー!」


 子供達は、ゲラゲラと笑いながら逃げていく。


「カンダタさん、牛頭さん、馬頭さん。これ持って。」


 マカは上着を俺に渡す。


「ん?マカさん?」


「待てやこのガキゴラァァァァ!!」


 マカは猛スピードで子供達を追いかけ始める。周囲に砂埃を撒き散らし進む姿は、闘牛士に操られる牛のようにも見えた。


「マカは……堕天使だからぶっちゃけ出会いないんですよ。」


「だから……こう言うのには人一倍敏感。」


 ガタガタと震えながら牛頭と馬頭は言う。


 これを本人が聞いたらどう思うのだろう、と思いつつ、遠方で走るマカへと俺は視線を戻した。


 一見真面目に見える人間には裏があるとは聞くが、まさかこんな形で垣間見ることになろうとは。と俺は苦笑いする。


「と、取り敢えず追っかけるか。」


「ん。」


「りょーかい。」


 俺は牛頭と馬頭を引き連れて、公園の奥へと走った。



「はあ…はあ……!くっそ……絶対とっ捕まえて反省させたるあのガキぃ…!」


 マカは草木をかき分け、キョロキョロと子供達を探していた。


 その時だった。突然何かを感じ、足を止め

 る。これは、悪霊の放つ瘴気だ。


 一体、どこから。


 ふと、彼女は後ろを見る。そこにいたのは、先ほどの子供だった。


「………」


 彼女は子供に向け、銃を発砲した。だが、子供は体を捻ってそれをかわし、口から粘液を吹きかけた。マカは咄嗟に後ろに下がってかわす。


 粘液のついた石は、跡形もなく溶けてしまった。とてつもない硫酸。食らえばひとたまりもないだろう。


「おばさあん…あーそぼ。」


「あーそぼ。」


「あーそぼ。」


「あーそぼ。」


「あーそぼ。」


 次々と、子供たちが彼女を取り囲む。


 これは……まさか黒蟻。子供に擬態する能力まで身につけていたとは。通常の黒蟻は、指先に止まる程度のサイズのものが大量に群をなして人を食らう、低級。だが、これはどう考えても一級指定レベルだ。


 気づいた頃には、100を超える量の子供たちが、彼女を取り囲んでいた。


「あーそっ…ぼ!」


 一斉に子供達は彼女に襲いかかった。



「……」


「……」


「……」


 俺達は、目の前の光景に唖然としていた。巨大な蟻……俺の3倍はあるであろうサイズの蟻が、そこにはいたのだから。


 それも1匹や2匹ではない。10匹にも及ぶ数だった。


「ぎぃぃぃぃやぁぁぁぁぁ!!!」


 あまりの恐怖に、俺たちは一目散に逃げ出した。巨大な蟻達は、逃げ惑う俺たちの背中を追いかける。


「おいお前らなんで逃げてんだよ!」


「虫は苦手なんですよおおおお!」


「…怖い。」


 牛頭と馬頭は、俺の体にしがみつきながら、ガタガタと震えて言う。


 重い。ただただ重い。何故ガキ2人にしがみつかれなきゃいけないんだ。


「何言ってんの?!それでも何でも屋かよ!」


「あなたに…言われたくない…」


 ムスッとした表情で馬頭は言う。


「あ…前!」


 牛頭がそう言った時には遅かった。


 崖から勢いよく飛び出していたのだから。


「ああああああ!」


 俺たちはそこから落下する。


 ああ、俺の最後ってこんななのか?


 お袋…いや背景お母様……聞いてるかい?そろそろそっちに…


「ここが地獄だしそもそも死なない。」


 馬頭は武器を取り出す。巨大なナタを背中から取り出すと、地面に向けて解き放った。


弾鉄刃ざんてつじん!」


 ナタがぶつかった場所は、ゴムのように勢いよく跳ね、俺たちを上へと打ち出した。


「うおおおお?!」


 空中に浮かび上がった俺は、ジタバタと暴れる。


「落ち着いて……よいしょ!」


 牛頭は巨大な斧を取り出すと、崖に向けて突き刺し、足場を作った。


「良いのか?あいつら俺たちのこと見てるぜ?」


 俺は、木々の奥で待ち構える蟻達を指差す。


「大丈夫…」


「やるだけ、だから。」


 双子は武器を構えると、蟻への攻撃を開始した。

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