第3話 地獄の請負人

 周囲が燃え盛る中、マカは俺に銃口を向けている。その銃口はガタガタと震え、そこからはどこか迷いが見られた。


「お、おいおい……勘弁してくれよ…なんの冗談だこれは……」


 俺は自身に向けられた銃口を前に、両手を上げる。それでも、マカはその姿勢を崩さなかった。小刻みに震える銃口を構えながら、俺を睨みつける。


「あなたは…何者なんですか!その瘴気……悪霊の類さえ凌駕している!」


 何を言っているのか分からない。訳のわからない単語を口にしながら、俺を睨みつける恩人。これは一体どういう状況だ。


「しょ、しょーき?なんだそれ……おいおいマカさん、こりゃあどう言う……」


 先程まで険しかった彼女の表情は、徐々に悲しげなものへと変わって行った。やはり、迷っているのだろう。


「おとなしく連行されてください…じゃないと、私は貴方を撃たなきゃいけなくなる。……貴方が、悪い人だとは思えない」


 そんな顔をされては仕方がない、と俺が武器を捨てようと手の力を緩めた瞬間、突如背後から何者かが剣戟を浴びせた。咄嗟に俺はそれを刀で受け止める。


「うーん……手応えなし!」


 見ると、それは巨大な武器……ナタだった。それを振った者のその正体は、小柄な少女だった。後ろ髪に赤いリボンをつけ、黒い長髪を靡かせている。


「牛頭ー」


 軽々しい口調で少女が呼びかけると同時に、もう一人の少女がビルから飛び降り、俺に斧を振り下ろした。俺はそれを刀で弾くと、2人から距離を取る。


「なんだ……こいつら……」


 俺は横に並ぶ2人を見る。小柄な背丈に見合わないほどの巨大な武器を持った、瓜二つの2人の少女。先ほどナタを振り回していたのとは別のもう1人は、青いリボンにショートカットが特徴的な、同じく小柄な少女だった。


「牛頭さん、馬頭さん!待ってください、その人は…」


 マカの静止を無視し、牛頭と馬頭という少女2人は、再び俺に襲いかかった。


「くっ……!」


 巨大なナタと巨大な斧……同時に対応することは困難を極めた。ナタを弾けば斧が飛び、斧を弾けばナタが飛ぶ。一向に反撃の兆しは見られない。俺は徐々に、後ろに後退していく。


「この……!」


 俺は力任せに刀を振る。すると、刀を振るった先にあるビル全てが両断されてしまった。


「……?!」


 その状況に最も驚いていたのは、他でもない俺自身だった。一体、俺の体はこの数百年年でどうなってしまったというんだ。


「凄い…出鱈目な瘴気だよ、馬頭」


 牛頭という少女は、武器を構えながら、隣に立つもう1人の少女の方を見る。


「只者じゃない、予感する」


 馬頭という少女はカタコトな口調で言うと、剣先に何やら見知らぬ力を集中させる。オーラのように武器に宿ったそれは、斬撃となって俺に放たれた。


「やばい!」


 正体はわからないが、感じ取れる。明らかにこれを喰らえばやばい。俺は咄嗟に身構えた。だが、これではダメだ。ダメージを相殺することはできない。俺が目を瞑ったそのときだった。突如間に割って入ったマカによって、その斬撃は相殺された。


「待ってください……!彼がまだ害を及ぼすとは決まった訳じゃない……ここで拘束するのが正しい判断です!」


「マカ……分かってる?それ、瘴気やばいよ。それにさっき、貴方も銃を向けてた」


 牛頭はマカに向けて言う。そこには、優しさなど何一つとして込められてはおらず、ただ対象を冷徹に殺す仕事人の姿があった。


「分かっています、ですが私を助けてくれました。それに降伏しようという意思もありました。まだここで殺害する訳には……」


「どうする?牛頭」


 馬頭は、牛頭に耳打ちする。2人はしばらく目を見合わせた後


「うん、賛成。出来るだけ手は汚したく無いし、マカが言うんだし。馬頭もでしょ?」


「うん」


 それに同意し、武器をしまった。


「良かった………これで……」


 マカが胸を撫で下ろしたそのとき、後ろから伸びた鎖によって、俺の体は拘束されてしまった。


「……!」


 おれは必死にもがくが、振り解くことはできない。そして突如走った後頭部からの衝撃によって、そのまま意識を失ってしまった。




「………はっ!」


 目を覚ました俺の前に、髭を生やした巨漢な男が座っていた。どうやら俺は椅子に座らされているらしく、立つことも振り向くこともできない。周囲の景色を見渡す。全面コンクリートでできた部屋が、殺伐とした雰囲気を助長させる。


「あんまり動かないほうがいいよ、君」


 男はにこやかな笑顔で、俺に告げる。不気味なような暖かいような、そんな笑顔だった。警戒されているな、と肌で俺は感じ取った。


「ここは…どこだ?」


「なんでも屋、六道りくどうの事務所さ。よろしく、カンダタくん」


 男は、俺の名前を呼ぶ。その笑顔には、とてつもない圧が宿っていた。こいつ、只者じゃない。俺はそれを感じ取り、体を震わせた。どうやらここから逃げ出す事は出来ないらしい。


「あーそんなに緊張しないの、ね?」


 男はそう口では言っているが、目つきでわかる。何か解答を間違えようものなら、この男に殺される。俺自身、どうしてここまで警戒されるのか分からなかった。もしや俺の現世でやった事が関係しているのか?


「さて……君はマカちゃんを助けたんだってね?」


 男は俺に聞く。俺は、正直にそれに同意する。


「ああ、まあ……俺も助けられたからな。俺なりに助けた」


「ふぅん……じゃあさ、君は何者な訳?」


 男の先ほどまでの柔らかい笑みは、鋭利な笑みへと変わる。ダメだ、正直に答えたら死ぬ。人斬りをやっていたと答えようが、地獄の底で数百年眠っていたと答えようが、殺されてしまう。ゴクリと飲み込んだ唾が喉を通り抜ける。ドクン、ドクンと波打つ心臓がうるさい。


 だが……だが俺は……


「お、俺は人斬りのカンダタ。地獄で数百年眠ってた。なんか文句あるかこのやろー!」


 だが俺は、敢えてここで正直に答える。下手な嘘などつけば、この男に殺されることは間違いない。さて、どうくるか………。俺は若干前のめりになり、じっと男を見つめる。そして男が出した解答は……


「いやーそっかそっか!君の異常な瘴気ってそう言うことだったのね!どうやら君は、あまりの瘴気の高さのせいで八大地獄を通り抜けてここに来てしまったらしい。八大地獄と民間地獄の境界は瘴気でできているからね……字が読めてコミュニケーションがちゃんと取れるのは、多分そこらへんの兼ね合いかな?……うん、まあいいや」


 ヘラヘラと笑顔を浮かべ、独り言を呟く事だった。あまりに予想外の行動に拍子抜けした俺は、ポカンと男を見つめる他なかった。


「よーしよし…じゃ、ほどくよ」


 男は俺の椅子の後ろに手を回すと、縄を解く。拘束から解き放たれた俺は、両腕をぐるぐると回す。


「本当に良かったのかよ?」


未だ警戒心を解くことができない俺は、男に聞く。


「ああ、ただし君はここで暮らしてもらう。その瘴気だ、社会に解き放つには異質すぎる」


「じ、じゃあ…衣食住ずっとここってことか?」


思わず俺は顔を顰めた。


「ああ、そうだ」


 男はそう言うと、扉を開く。扉の先から、眩い光が解き放たれた。


 衣食住が保障れたのは嬉しい反面、働き口が限定されてしまったのは、なんだか悲しかった。


「ようこそ、何でも屋、六道へ。僕はここを取り仕切ってる羽山額はやまがく。よろしくね」


 額は、俺に手を差し伸べる。


 俺はその手を掴み取り、扉の外へと出た。



 支部の中は、コンクリートを白く塗装した壁と、木でできた床でできていた。どういう訳か、床には爪で引っ掻いたような複数の傷がついている。俺は額に案内された部屋へと入る。その部屋の中には、一つの大きなテーブルを、複数の椅子が取り囲む形で配置されていた。その椅子には、マカと牛頭、馬頭が座っている。


「カンダタさん!無事だったんですね!」


 マカは俺を見るなり、明るい笑顔を浮かべて駆け寄る。


「おー、マカさん。なんとかなったぜ。ありがとな。多分……あんたが訴えてくれたんだろ?」


「え…でも私は貴方を拘束しようと…」


「いーのいーの、俺なんざしょーもないクズさ。疑われるのは慣れてる」


 俺は笑顔を作り、マカを励ました。


 正直ここまで警戒される理由はいまだによくわかっていなかったが、とにかく誰かに当たるのは賢い判断とは言えない。


「………」


「………」


 牛頭と馬頭は、俺と目が合うなり、マカの背中に隠れてしまった。なんだなんだ、と俺は首を傾げる。


「ほら!牛頭さん!馬頭さん!謝ってください!」


「はーい」


 2人は小刻みな足取りで俺の前に立つと、深々とお辞儀をした。


「ごめんなさい」


「ごめんなさい」


なんだか気まずい。これはどうすれば良いのだろうか。


「……ガキになんか頭下げられるたあ、俺も随分落ちぶれたなあ」


 なんだか頭を撫でたくなった俺は、2人の頭に手を伸ばす。だが、両手がそこに到達するより前に、俺は2人に噛みつかれていた。


「ぎぃぃぃぃやぁぁぁぁぁ!!!」


 痛い痛い痛い……単に子供に噛み付かれた程度の痛みではない。動物に噛みつかれた時の痛みそのものだ。とは言っても動物に噛まれた経験などないのだが。


「頭を撫でられるのは、嫌いです!」


「フーッ!」


 2人は噛みつきながら、俺を睨みつける。必死で振り解こうと腕を上下させるが、依然として離れることはなかった。なんでだ、なんで振り回して外れないんだ。スッポンか何かがこいつらは。ブンブンと上から下に振り下ろされる姿は、まるで波打ち際に打ち上げられた魚のようだった。


「ああ、牛頭さんと馬頭さんは撫でられるのが嫌なんです。褒められるのは好きなんですがね……」


「そう言うのは早く言ってくれー!」


 ようやく2人の歯が手から離れ、俺はフーフーと手に息を吹きかける。噛みつかれた跡からは、じんわりと血が滲んでいた。


「マカさーんあの人頭撫でてきたー」


「きたー」


 牛頭と馬頭はマカにしがみついた。なんだ、この屈辱感と理不尽感。引っ叩いたろかこのクソガキども、と俺は手のひらを必死で押さえる。


「よしよし、大丈夫ですよー2人は子供じゃありませんよー」


 マカは2人の頭を撫でる。


「おいなんでマカさんは良いんだよ」


 文句を言う俺に対し、牛頭は頬を膨らましながら俺を睨みつける。


「マカは特別です」


 馬頭はそれに続くように俺に言う。


「マカはお母さん」


 対するマカは、照れる仕草を見せ、それを必死で否定する。


「お、お母さんじゃありませんよ!大体私まだ20だし……」


いや、よく見ると必死ではない。その言葉とは裏腹に、彼女の表情は満更でもなさそうに笑顔を浮かべていた。こいつ、母親願望でもあるんじゃないのか。と俺は目を細めた。



「さて……君は一応ここで保護されることになった訳だけど……実を言うと人手が足りてなくてね……。だから、ここで働いてもらうよ」


 こいつ、世に解き放つとか建前じゃねえか。さては人手不足が本音だろ。俺は目を細めて額を見る。額はそんな俺を無視して、ホワイトボードに描かれた写真を指差した。


「?」


 首を傾げる俺に、彼は言葉を続ける。


「今からこの悪霊を探してもらう。そこまで強いやつじゃないから大丈夫だよ」


「うそーん…」


 しばらく楽に生活ができると勘違いしていた俺は、ガクリと肩を落とした。まさか解放されていきなり仕事とは。


「はっはっは!なんつー所だって顔だね!残念ながらここは紛い物たちの集まる場所でねぇ!それこそなんでもありなのさ!」


 額は高らかに言い放つ。最悪だ、初めから逃げ場などなかったのだ。安全だと思っていた生活基盤が粉々に砕け散るのを、俺は直に感じ取った。

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