百合珠紀

 私の頭の中には、小さな男の子が住んでいます。その男の子は丘の上の小さな家にひとりで住んでいて、時々その姿を私に見せてくれるのです。彼が普段何をしているのか、私には分かりませんし、知る術がありません。男の子は何年たっても男の子のままで、いつもひとりぼっちでした。私はなんとかしてこの男の子を外に出してやりたいといつも思っていました。


 何年も一緒にいると、だんだんと私と彼の生活のつながりがわかってきます。たとえば、私が試験で良い点を取って気分よく帰る日には彼も陽気の下で気持ちよさそうに日向ぼっこをしていますし、仕事でミスをして眠れない夜には彼も暗い空の下で落ちてくる雨粒をただ不安そうに眺めています。

 彼はいったい何者でしょうか。どうしてひとりぼっちなのでしょうか。そんな当然の疑問が浮かんだのは、私がある程度大人になってからでした。それくらい、彼は私の中に生きているのがしごく当たり前で、自然なことだったのです。


 彼のことは誰にも話したことがありません。それは言う必要のないことであるからです。私だけが知っていればよいのです。はじめは同い年の友人のように。次に年下の恋人のように。そしてかけがえのないものを守ろうとする親のように。私と彼の関係は数年のスパンで変わっていくけれど、このところの私はいつも、小さく弱々しいものを愛でるような目で彼を見ていることに気がつきました。

彼について考える時、私は仄暗い感情を抱くようになりました。彼が自分だけの存在であるのをいいことに、それに伴う所有欲や支配欲を隠すこともせずぶちまけました。どうせ伝わらないのだと。だって、彼に話しかけることはできないのだから。

近頃はこの丘の上の小さな家はいつも嵐の中です。男の子が怯えた顔で窓の外を覗くのを、私は加虐的な目で見ていました。この私だけの男の子を、外になど出すものかと、そればかり考えていました。


ひときわ激しい暴風雨の後、丘の上には何もありませんでした。いえ、正確には家の残骸だけがありました。彼はもういません。逃げたのでしょうか、それとも。

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百合珠紀 @junelily

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