第9話『tension』

張間蒼太は我武者羅に駆け出していた。

向かう先は訓練場。


「ハァ…ハァ」


たいした距離を走っていないにもかかわらずすでに息を切らしている。

限界が近いのだろう。


「くそっ!」


しびれを切らしたのか、魔法を発動する。


風属性猛風


地面に魔法を放ち、その勢いで吹き飛ぶ。

その間に蒼太は呼吸を整え、訓練場へ向かう。


訓練場は半壊しており、そこには彼の予想だにしない光景があった。


生徒や教師の悲鳴、瀕死、重症、軽症、みなそれぞれ、恐怖に染まっていた。


「は?」


皆の視線の先には魔物。ではなく、羽の生えた鬼のようながいた。


彼はあの人間、いや、あの化け物を知っている。

本来ならこの国、いや、この大陸に来ることすらできないはずの種族。


『魔族』

きわめて人間に近い見た目をしたバケモノ。

ヒトの暮らす大陸のはるか遠くに国々を築いた、いわば別世界の種族。

魔物のなれの果てとされ、知能、言語を取得している。

そして最大の特徴が、魔法に長けている。というものだ。

人間の魔法とは仕組みが違う。理解せずとも扱うことのできる、高威力の魔法。

それを扱い、全種族に恐れられる。


その『魔族』が今、か弱い人間である生徒を襲っているのだ。

その様相を見た瞬間、蒼太の何かが切れた。

なぜか、それは、魔族が彼の妹である圧樹を襲っていたからだ。


火属性 《火球》


魔法を放ち、こちらに気づかせる。


「ヒャハハ!…あ?」


魔法を放たれたことで、蒼太に気付く。


「そいつからどけ。」


平静を保てなくなっている。


「なんだ?てめえは」


「いいからどきやがれ!!」


火属性 《猛火》


使い慣れない中級魔法を使ってまでどかせようとする。


「ハッ、ザコがよぉ」


魔族は馬鹿にしたように笑う。

そして、を始める


『炎よ、大地を焼き尽くせ。』

『インフェルノ』


二種類の、ヒトと魔族の魔法がぶつかる。

しかし、威力に特化した魔族の魔法と、利便性を求めたヒトの魔法とでは圧倒的な差がある。


インフェルノが猛火を飲み込み、蒼太のもとへと迫りくる。


足をマナで強化し、回避する。

(くそっ!このままじゃあジリ貧だ!)


威力の高い魔族の魔法には、人間の魔法ではかなわない。

しかし、それはあくまで魔法での話だ。

固有魔法を使えば話は変わってくる。

が、激昂している蒼太には、そのようなことを考える余裕がなかった。


風属性 《竜巻》


『風よ、木々をなぎ倒せ。』

『ストーム』


「ヒャハッ!」


「ハァ…ハァ…」


「意気揚々と飛び出した割には随分とザコみたいだなあ」


「ハァ…だ…まれ」


強がってはいるが、蒼太はすでに己の限界に達している。


「そろそろ終わらせてやるよ!」


『水よ、弱者を押し流せ』

『タイダルウェーブ』


魔族がそう唱えると、大波が魔族の手から生み出される。


「溺れて死にやがれぇ!」


風属性 《暴風》


自らの魔法がかなうはずがないと、自らが一番わかっているはずなのだが、彼にはそのような考えはできなかった。


「くっ!」


発動した魔法は大波を少し削るだけであった。


「げほっ、お…にいちゃん!」


ボロボロの圧樹が兄をよぶ。正気に戻すためだったのか、ただ不安で呼んだだけなのかは、わからない。


が、その声によって、蒼太は確実に冷静になれた。


(冷静になれた、ありがとう、圧樹)

そう礼を心の中で言いながら、固有魔法を発動する。


tension張力


蒼太の固有魔法『tension』

対象と対象の力を釣り合わせる。

力の向きも変更可能である。

さらに片方の力をなくし、強制的にもう一方の力を発動させることも可能。

そして、釣り合わせる力は、対象と対象のかかっている力の平均、力の大きいほう。のどちらかを選ぶことができる。

蒼太は自身の魔力を糸状にし、それを飛ばすことで、綱引きの要領で力を釣り合わせている。


今回の蒼太は大波を対象として設定した。


「ぐっ!」


今回は力の大きいほうと同じだけの力がかかるようにした。

そのため、大波の勢いが蒼太の体に多大な負荷としてかかる。

マナで足を強化し、踏ん張っていても倒れてしまう。

今の蒼太は大波に飲み込まれているのと同じ状態なのだ。


Release B forward大波を前方に解除


そう唱えることで、大波は向かっているほうと反対、つまり、魔法を発動した魔族の方向えとすべてを飲み込むようにして向かっていく。


「なに!?」


さすがにこれは予想外だったようで、魔族は大波に飲み込まれた。

しかし、この程度で倒れるほどやわな相手でもない。

むしろ、余計に神経を逆なでしてしまった。

こうなってはもう、周りの被害など気にせず、確実に蒼太を殺しに来るだろう。


『炎よ、大地を焼き尽くせ』

『インフェルノ』


二度目の魔法発動。


だが先ほどと違い、平静を保っている蒼太は落ち着いて対応をする。


『tension』

Release A forward自身を前方に解除


炎魔法『インフェルノ』の勢いを消し、自らはその魔法の発射された勢い、

およそ時速160キロで前方にはじき出される。

が、たとえ勢いを消したとしても、そこには炎があることに変わりない。

そこに何の躊躇もせず、飛び込む。


「なにっ!?」


さすがにこれは想定外だったようで、魔族は焦り、動きが鈍くなる。


「おらぁ!」


マナで拳を強化し、はじき出された勢いで、魔族の腹を殴る。


「ぐえっ」


情けない声をあげて吹き飛ぶが、すぐに起き上がってくる。


魔族は前を見据える。が、いない。

蒼太がいない。


「最後に聞くぞ、あの魔物はお前の仕業か?」


魔族は戦慄した。先ほどまで手玉に取っていたただの餓鬼に、簡単に背後をとられた。

しかし、魔族の矜持がその恐怖心を打ち消した。


「そうだといったら…なにができるんだ?ええ?!」


魔族はその言葉とともに、少年に肘うちをする。

マナで強化された打撃、それは少年の顔に直撃する。


しかし、少年は動かない。退かない。

鼻血が出ていることから効いていないわけではない。

そのはずが、不意を突かれたことによる動揺すらも感じられない。


少年は、静かに、冷たく言い放つ。


「お前をぶっとばす。」


その瞬間、蒼太から尋常ではないほどのマナがあふれ出る。

その量と密度は、魔法に対する適性が最もたかい魔族でさえ、恐怖させるのには十分だった。


魔族は一度退く。


距離をとれば大丈夫だ。

そう考えた。


その考えは間違っていない。

たとえもう一度突撃してきたとしても、次は前方に土魔法で壁を張る。

してこなければ魔法を放つ。


本来ならば、その考えは間違っていない。

が、いまこの場ではそのような考え方は悪手だった。




『tension』

対象は…魔族。

​───────

目の前の男、魔族に魔力でできた糸を貼り付ける。


『tension』


固有魔法を発動した瞬間に足をマナで強化し、全力で後方に下がる。

が、もちろん固有魔法の効果によって相手も同じだけの力がかかる。


『Release A forward』


俺は前方にはじき出され、魔族の男に向かっていく。


今回はそこまで強い力がかかった訳では無いからもちろん横へと回避される。


「予想通りなんだよ!」


横方向へと回避した男に魔力の糸を貼り付ける。


魔族の男は俺の固有魔法が来ると分かっているので急停止した。


けど、固有魔法を必ずしも使う訳では無いんだよ!


魔力の糸をそのまま引っ張り、こちらに引き寄せる


「なっ!」


すると男は後方に全力で下がろうとする。


『tension!』

『Release A forward!』


「くらいやがれ!」


魔族の男は笑っていた。


「バカがよぉ!まんまとかかりやがったな!」


『大地よ、壁となれ』

『アースウォール』


前方に壁が作り出された。


このままだと激突してこちらが死ぬ。


とでも思ってるんだろう。


「まんまとかかったのは!お前だ!」


2回も見れば、原理なんてわかるんだよ!


『炎よ!大地を焼き付くせ!』

『インフェルノ!』


「まて!話せばわか…」


右手に業火をまとわせ、壁ごと魔族を殴る


「るっ!」


俺の手の焼ける匂いと魔族の男のどこかが折れる音、そのふたつがハッキリ感じられた。


「っあぐっ!」


手の痛みが限界を迎える。


「あ゛ぁ゛あ゛あ!」


汚い、精一杯の叫び声でその痛みをごまかし、もう一度炎を纏わせ、トドメの一撃を腹に振り下ろす。


「ごふっ」


男は血を吐いて動かなくなった。


「はぁ…はぁ」


時間として、10分にも満たないであろう短い、しかし、長く感じられた時間。


それを何とか終えて、俺はただ、こう思うだけだった。


「二度とごめんだ…」


それを最後に、意識は途切れた。

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