第5話『逃げ場がねえって!』

 連れていかれた場所は近くの公園だった。

 よかった。変なところに連れてかれなくて。


「で、お礼ってなんですか?」


 落ち着きを取り戻して聞いた。


「あ、あの、その…」


 そいつはモジモジして口ごもっている。


「まあとにかく、俺はお礼とかいいんで。」

「またあんなことにならないように気をつけてください。」


 さっさと会話を切り上げたいのでそういった。

 そうして帰宅しようとした時。

 結構な力で腕を掴まれた。

 少し痛い。


「じゃ、じゃあ、連絡先でも…」

「結構…」


「結構です」そう言おうとした時、


 並々ならぬ圧を感じた。

 瞳は真っ黒に染っており、掴んできた手にさらに力がこもる。さらにその艶やかな黒の髪がくすんだようにも見える。

 全身から冷や汗が止まらない。


 こうなったらその場しのぎでも従うしかない!


「も、勿論…いいですよ。」

「ありがとうございます!」


 そう言って彼女は直ぐに連絡先を交換し始めた。


「はいっ!できました!」


 待つこと1分ほど、彼女は俺に携帯を返してそういった。

 画面を見るとスタンプがひとつと、文章がひとつ送られている。


『今度、私の家へ来てください。その時お礼をします。』


 そう書かれてあった。


「いや、だからお礼は…」


「いらないです」そう言おうとした時、またもあのドス黒オーラを纏って威圧してきた。


「なんでしょうか?」


「なんでも…ありません…」


 こわいよぉ。


「あ!そういえば、まだでしたね。」


 自己紹介は?は?は?

 まるで俺のことを知っているかのような口ぶりだったが、言い間違いだと思うことにした。


「私の名前は癒月詩織ゆづきしおりです。末永くよろしくお願いします。」


 この子言葉選び間違えすぎじゃないかな?あはは…


 どうせ連絡先を交換した以上バレるのだ一応名乗っておこう。


「俺の名前は張間そう…」

「知っていますよ?」


 ん?シッテイマスヨ?ん?


 俺が困惑していると彼女はポケットからメモ帳のようなものを取りだし、喋り始めた。


「張間蒼太、14歳、身長168㎝、体重60kg、誕生日は3月8日、早生まれなんですね。成績は良く、教師からも好印象。

 友人も多く、交友関係は広い。流石ですね。」


 そのワンフレーズを聞くたびに鳥肌が立ち、身震いしてしまう。


「どこで知ったんだよ」


 つい口調が強くなる。

 こんなやばいやつに歯向かってはいけないのに。


「知りたいですか?」


 その言葉にただならぬ重みを感じたのでこれ以上踏み込まないようにする。

 嫌な汗が出てくる中、俺は逃げるように立ち去った。


 後ろから


「あ、連絡先を消しても意味ないですからね。」


 そんな声が聞こえた。

 ​───────

 失敗してしまった。


 私は公園から立ち去る彼の姿をみて、そんなことを思った。

 彼から嫌われたかもしれない。

 いきなり個人情報を話してしまったのがいけないのか。

 最後に脅しのようなことを言ったのがいけなかったかもしれない。


 気づいた時には家の前だった。

 家には電気がついており、姉が帰ってきているのがわかる。


「ただいまぁお姉ちゃん」

「…おかえり。」


 姉はまだスーツ姿で帰ってきて間もないことがわかる。


 姉は白魔学園の職員で、帰ってくるのは久ぶりだ。


「学校はどうだ?」


 そんなことを聞いてきた。


「ふつうだよ?」

「…そうか」

「お姉ちゃんこそ仕事は大丈夫?」

「もう六年も務めているんだ。問題など起きないよ。」


 そっか。もう六年も白魔で働いてるのか。

 ってことは…


「お姉ちゃん。いい人見つかったの…?」

「…………」


 見つかってないってことなのだろう。

 もう29歳になるのに。


 姉は家族のひいき目なしでも美人といえる。

 それに私にはない胸を持っている。

 こんな人、普通なら逃がす男はいないと思うのだが…

 世の中はよくわからない。


「それより、詩織こそ見つかったのか?」


「うん!見つかったよ?つい昨日ね!」


 早く会いたいな。

 ​───────

 やばいやばいやばいっ


 あの女マジでやばいって!

 連絡先も交換してとうとう逃げ場ねえし!


 不本意だが明日にでも量弥に相談するしかない。

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