第55話 告白と忍者 (シノブ37)

 私は何をこんなに怒っているのかとシノブは思うもののアカイは怯えたような表情で頷いた。なんだかそれで留飲が下がり気が楽になった。そう、私の言葉や態度に慄くのはとても良いことだ。


「あっお酒飲んでください。薬も上手く溶けてちょうど良くなっていましょうし」

 コップを差し出すとアカイは表情を崩しながら受け取り口へと運ぶ。シノブは喉を動きを確認し安堵する。ちゃんと、呑んでいるな、よし! 私の言葉を微塵たりとも疑っていないのもよし。


「なかなか強い酒だね。こう癖のある感じで」

「苦手な味ですか?」

 苦手だろうが嫌いだろうが容赦なく飲ますけど、一応シノブは尋ねた。


「いやいや好きな味だよ。ほら君がいるとなんでも旨く感じるのと一緒で」

 こっちはあなたがいると気詰まりするのですけどね。こうそのまんま喉に何かが詰まり引っ掛っている気分。


「はいはい。もう一杯どうです? はいどうぞ」

 無意味な尋ね方をしながらシノブがもう一杯注ぐとアカイはまた飲んだ。


「旨いねぇ、じつに、旨い。これで明日から元気に行けるね。君の旅の目的を達成するまで、俺はどこまでも付いて行くよ」

 有り難い言葉であるのに、どこか有り難くない響きをなぜか感じてしまう、このアカイのキャラクター。いったいなんであるのか? なんでこの人は旅をしていたんだろ? だいたいどうして私に聞かないんだ? この旅の目的とは使命とは何かを。聞いても意味がないと思っているのか? そんな馬鹿な?


 旅の目的は国を陰謀から救い出し王子を助け私が王妃になる……依然変わらずこれだが、前半はいいんだ前半は。だが後半の王妃になるところ……アカイに話したらどうなるんだろ? もしも正直に話したらアカイは……シノブは自分のコップに酒を注いで一口煽った。鋭い刺激が喉へと通ってから身体中に熱が迸った。よし、言ってしまうぞと気合を入れる。ここできちんと言ってしまって……変に意識することはやめよう。下手したら心が勝手に負い目を感じてしまって無意識にこやつに優しくしてしまうかもしれない。私は根は善良そのものだからな。そこを避けるべく言おう。


「アカイ、話があります。私の旅の目的です」

「おっおう!」

 アカイから発せられる動揺と興奮を受けながらシノブは心地良く先を続ける。


「私の国はある闇の勢力によって脅威に晒されています。私があの遠い辺境まで追放されてしまったのはその陰謀の計画を知ってしまったがためであったのです」

「やっぱりそうだったのか……そうかなるほど」

 しきりに頷くアカイに対してシノブは違和感を抱く。あまりにも都合が良すぎる理解度の高さ! 本当に? とか一切ないのがむしろ抵抗感すら覚える。少しぐらい疑うってことを知らないのですかね。どういう人生を送ってきたらこういう話を純粋真っ直ぐに信じられるようになるんだろ? 今までよく詐欺にひっかからなかったですね。


「私はこのことを王に知らせたいのです。国を取り巻く陰謀にやがて迫り来る脅威について。これはその為の旅。どうかこの先をよろしくお願いします」

「もちろん俺に任せてくれ!」

 力強い返事と共に酒をもう一杯呑む音が聞こえたが、これで終わりではない。というか本当にこの男は詳細を聞かないが、そういうのはどうなんだとも思いつつシノブは深呼吸をする。こいつが聞かないのなら、自分が言うしかない。この旅が終わり国を救った暁には私は王妃となりあなたは……言う前にもう一杯酒を注ぎ飲むことにするとシノブは自嘲する。


 なにをしているのか? こんなことはやめた方が良いのでは……違う早めに言ってしまった方が良いに決まっている。荷物持ちがいなくなるのは惜しいが、それは仕方がないことだ。付き合いが長ければ長いほどに裏切られた時の怨みが激しくなる。この男の目的は私でありそれが得られないと分かったらどれだけ怒り出すか。だったらいまここで言った方が良い。いま酒が血管に勢いよく流れ良い感じに勢いがついている、言える、言ってしまった方が良い。よし、言おう! 決心をもとにシノブはまぶたを閉じアカイに向かって言った。


「あのですねアカイ。すごく期待しているでしょうが、私はあなたの嫁になんてなりません。私は王妃になるのです。だから諦めてくださいね」

 どうくる、とふらつく頭で反応を待っていると何も返っては来ない。なんだろう衝撃のあまり死んでしまったのか? この際それはそれで助かるが荷物持ちがいなくなるな。自分で殺しにかかっているが、困る。


「あの、なんです? 返事しなさいよ。あなたがどんなに頑張っても私とは結ばれることなんて無くてですね……あれ?」

 まぶたを開きシノブがよく見るとアカイは机に突っ伏していびきをかいている。薬が効いたらしい。


「いま? ちょっと待ってよ! せっかく大事なことを告白したのに聞いていないの? なんで眠っているのよ。私が盛ったんだけどさ!」

 我ながら無茶苦茶に理不尽なことを言っていると自覚しながらもシノブはベットの上で地団駄を踏んだ。だがすぐにやめた。そうね、別に言わなくていいやと。危なかった。酒の勢いで良心の呵責とかいう下らない感傷に浸り溺れてしまっていた。私はアカイを溺れさせる方なんだから間違えてはならない。


 ふぅ、とっとと寝ていてくれて助かったとシノブはコップに酒を注いで飲み干した。そう、別に告げる必要なんてなかった。伝えることもない。この人はそういう幻想の中にいて幸せなんだから。実際に私と旅をして私の役に立つことで幸せなはずなんだから。大丈夫、最後まで秘密にして問題ない。このまま旅を続けてもいいんだ。そうだ、とシノブは瓶の中を酒を全てコップに注ぎ、飲みそれからアカイを右側のベットに転がして布団をかけた。


 これでいいのだと。いい夢を見続ければいいし可能性を夢見ればいい。私はその幻想を少しだけ満たしてあげるから、最後まで私の役に立つように……薄れゆく意識ななかでシノブは自分もベットに戻り横たわりそのまま眠りについた。





 寝息が聞こえる、とアカイは半分目覚め朦朧たる意識のなかでその音に耳をすます。シノブの寝息、これなのかと満足しながらアカイはまた瞼を閉じ、闇のなかで掌を握っては開いた。さっき握ったシノブの掌の熱と感触を確認していた。忘れないようにして? とシノブに言われた言葉に対して笑う。そんな馬鹿な。俺は一生忘れない忘れることはない。たとえ君が忘れたとしても俺は……そう思いながらアカイは闇の中に落ちた。

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