第50話 俺の苦労に感謝し価値をつけてくれ (アカイ17)
危うくゲームクリアしてしまうところだった! と俺は天にも昇る気分で山を降っていく。気持ちと進行方向が逆な感じがなんともね。地獄行でないんだから不思議。
そう、感謝を言われたのである。久々の心からの、とりあえず言いましたよ的なものではなく、真心の心からの労いのその言葉を! しかもそれは若くて綺麗で可愛い娘から……宝石だ、と俺はその胸にときめきを覚えた。
やはりシノブは俺の運命の女と横から聞こえる足音のひとつひとつに幸せを感じた。俺にも横を歩く人がいる。警官や先生や係りのものではなく、こんなに美少女だなんて。やはり異世界に転生して良かった。たとえこのように重荷を背負い危機に幾度襲われようともそれは苦労ではない。だってその意味がちゃんとあるんだもの。
そう、前世では俺はいったいなんのために苦労をしていたのかよく分からなかった。まぁそれはその意味に気付かなかったため……いいや誤魔化すのはやめよう。俺は無駄な苦労ばかりをしていた気がする、いやだからやめろ。気がするんじゃなくて、そうだったんだ! 逃げるな!
はっきりと言ってやる! いいかお前よ俺は無駄な苦労をしていた。やめろといっても考えるんだよ! 仕方がないんだ! 仕事の最中に仕事のことを考えたらそういうこと考えるだろ! 必死で言い訳を探して自分で自分を納得させるしかなかったんだよ! あの情熱を燃やせない仕事。あの惰性でし続ける仕事。あの馬鹿にされたくない怒られたくないというモチベーションだけでやる仕事。主体性も自由もなく他人を軸にしてしか動けない仕事。これよく考えてみたらクソどうでもいい仕事なんじゃね? としか思えない仕事。
ストレスと疲労の代わりにもらう平均よりも低くて中央値付近あたりのお給料。憂さ晴らしはアニメやエロ動画に安酒ときどき昔遊んだゲームのプレイ動画。そんな生活もたたってか最近では体のあちこちが痛い。働けど働けど孤独ばかりが募りなんで自分は苦労しているのか不明になる。こんな生活のために俺はなんで苦労しないといけないんだ? 別に自分だけで生きているのだから頑張んなくていいんだよなという本音。
だって自分の事なんて好きでもないし大事でもない。むしろ自分というものを持て余し何かに代えたいという気持ちさえある。こんな動画や安酒で自分を壊すのではなく、なにかこう美しくて輝ける未来のあるものに自分を犠牲にしたい。生きてはいるが生きてはなく、どちらかというと死んでいないだけな状態から抜け出したい。俺は人間だゾンビじゃないんだ! 頼むよ俺の苦労に人生に意義を価値をつけてくれ。その苦労に見合ったものをくれ。
たぶんそれが男にとっての女なんだろう。未来を作り自分の大切なものとなれる。それは美しければ美しいほどよく若ければ若いほどいい……つまりは若くて綺麗な女が至高という究極的な真理。男はそれを求め捜し手に入れるのが最大の幸福だとしたら、俺にとってのそのワンピース、財宝はシノブ、君だ。
やはりそうだったのだ、と俺は揺らいでいた自信が回復する音を耳の奥で聞いていた。感謝されたことにより自信が回復した。感謝の言葉に心の底から感動したと言える。俺の欲しかった心の断片を貰ったようなもの。苦労が報われたという実感。そうだ俺が欲しかったのはこういうものなのだ。頑張ったら好きな人から一言貰いたい。そして気持ち良くなりたい。それさえあれば俺はどんな苦労も耐えられる!
そしてこれからの関係の発展の予感さえ抱かせてくれるという未来……俺はそういうものが欲しかったのだ。それがあるのなら安月給もエロ動画も酒もいらない。俺の望む未来はここにある。重い荷物をいくらでも背負っていきますよ未来の嫁よ!
「アカイ。山を降りましたら街へとすぐに向かいましょう。このペースなら夕方前につけますし」
シノブの声に俺は零れる笑い声とともに答えた。こういつもはクールな声だけどあの感謝の声は甘えたような口調であった。あれが好感度が上がった状態でのシノブの声と思うと俺にはたまらなかった。ツンデレだ、と俺は自分の好きな属性を思うとまた胸がときめく。
ずっとツンとしか態度のみを受け続けてきた人生。ツンというよりかケンオだが。デレなんて一度として受けたことのない36年間。それがついにここにきてもらった……生きていて、いや死んで良かった。そうだ、俺はこの愛のために生きそして死ぬ、それでいいのだ。男の生涯とはそういうものなのだ。俺の子と共に生きてくれシノブ……と妄想すると同時に笑いを堪えた。
耐えろ耐えるんだ俺。こういう気持ち悪い笑い声はやめろ聞こえたらどうする。ほらシノブの首が少しこっちを向いた、聞こえたじゃないか。ただでさえお前はおっさんで警戒されているんだ。そう警戒されている。傍目から見るとどこかのご令嬢の付き人あるいは女優とマネージャーもしくはアイドルとそのファンな関係にしか見えないだろう。または兄妹……はないか、叔父と姪か下手をしたら父娘関係に見えてしまうかもしれない。まず絶対に恋人同士には見えず夫婦とは見られない。だが焦ることはないぞ俺。
焦るないまはまだ決定的なイベントが起こっていないだけ。それにしてもさっきの幻覚イベントはいいものだった。俺はシノブの幻覚に騙されずシノブもまた俺の幻覚見破った。これは好感度アップ間違いなしなイベント。間違えたら即死というかなり危険なイベントだったが乗り越えられた! 順調だ、順調なのだ。俺はこのようにシノブだけに意識が向けているが、シノブもこちらに意識を向けているはず。
なんたって二人旅でシノブには他の男がいるという兆候などない。一緒にいる時間が長いと男女は必然的に仲が良くなると何かネット記事に書いてあった気がする。このままの調子でずっと旅をしていけば、そのうちきっと彼女は俺のことを好きになり、それからいつもまにか子供もできているはず。それが俺のゲームクリア。人生の完了だグフフッ……と無限の如く湧き立つ夢想転生に耽っていたらいつの間にか山を下り道を歩き街へと付いていた。なかなか賑わっている街でありお祭りでもあるのか様々な出店が道の脇に立ち並んでいる。
「どうやらお祭り当日に到着してしまったようですね。こうなると宿が……急ぎましょう」
シノブは焦るも歩みは遅く人混みを掻き分けながら進み進み、最初の宿に立ち寄り満員と告げられ次の宿へと行くもいっぱい。その次その次と手あたり次第に宿に入るもどこも同じ答えが返ってくる。
「すみませんが。この時期はもうどこも」
そろそろ覚悟を決めて野宿か? と思っているとここが最後かという覚悟で入った裏通りにある薄暗い宿では違う答えが返ってきた。
「一部屋なら空いていますよ。それでよければ」
シノブは黙ったまま答えないので俺が代わりに答えた。
「はい、その一部屋を貸してください」
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