第51話 お風呂と忍者 (シノブ34)
アカイの言葉にシノブの身体は衝撃で足下から凍え、全身が不安で震えた。それなら野宿をしますと答えようとすると女主人に先んじられた。
「それなら奥様。お早めにお風呂に入ることをお勧めしますよ。うちのお風呂は早仕舞いなので、お二人が入ったら閉めます」
奥様じゃない! 先ずは拒絶が起こるがしかしお風呂には入りたい、絶対に入りたい。凍えるシノブの足が半端に上がる。お風呂に入って身体を休ませたい気持ちとこの男と同じ部屋で寝るという不安。二律相反的に両方がせめぎ合うなかシノブは思った。
アカイ……野宿してくれないかな? さすがにそれは言えないがもしも可能ならあなたが良ければ……とシノブはアカイをチラリ見すると横顔が疲労の色をしている。そうだよな……重い荷物を持ってくれたものなと労う気持ちが湧くも、でも同じ部屋に一緒にいたくない気持ちも湧きだっていると、アカイはそのまま歩き出した。こいつはこいつでウキウキで楽しいだろうなと疲れも吹き飛ぶだろうとシノブは心の中で苦々しさを覚えながらあとをついて行く。なんて狭くて薄暗いんだろうとシノブは廊下を歩きながら思う。まるでここは……そういうところで要は同性同士だと入れない部屋しかない宿!
「こちらです」
と案内され部屋の中に入ると、これまた狭い、いやそれよりもそのベット。ダブルベットが部屋の真ん中に鎮座している。
「どうぞごゆっくり」
ゆっくりできるか! そうだよやはりここは連れ込み宿だとシノブは合点がいくと同時に身体が強張る。私は、同意などしていない、これは事故だ。不可抗力による相部屋イベントは妄想だけでやってくれ。
「じゃあ風呂に入って来るから鍵をよろしく」
荷物を置いたアカイは落ち着いた感じで着替えを持って部屋から出ていった。やけにテキパキしているなあいつ、とシノブは焦り出し怒りも湧く。誰のせいで私がこんな不安な目に会っていると思ってんのよ。あんたが野宿しないからでしょ? それなのに顔に似合わずテキパキして不安がっている自分が自意識過剰みたいでムカつくなぁ。誰よりも意識してんのはそっちでしょうよ。だけど、ああ……まさかここで討ち死になのか? それは駄目というどころか破滅的なこととなる。
「王妃になれなくなっちゃう……」
心の言葉が漏れるとシノブは慌てて口を押えた。なんという恐ろしいことだ! 王妃になれなくなるどころかあんな男のものにされてしまうとか身も毛もよだつとはまさにこのこと! 実際にシノブの髪は逆立ち全身に悪寒が走った。
想像だけでこれなのだからもしも本当にその恐るべきことが起こったとしたら私はショック死してしまうのでは? いや、死ぬ。王妃シノブはこの世からいなくなってしまう。そしてここに残るのはかつて王妃シノブであったものの残骸であり魂を無くしたアカイのシノブへと成り果ててしまうのだ。旅は終わり頭の中は真っ白となったままよく分からない世界にある黄泉の国へと連れ去られてしまう。そしてある時に気絶から意識が戻ると私はアカイの子供たちを育てていた! なんということだ! 私の人生おしまい!
「逃げよう!」
とシノブは先ずそれを思った。必要最低限の荷物を持ってどこか遠くへ、というか一人で旅を続ける。苦難があろうとここで終わるよりかはずっとマシだ。というかもう駄目なのだ。アカイは夜に迫ってきて私はそれを断固拒絶しクナイやらで突き刺して傷害または殺害をしてしまう。傷害で済んでも旅の続行は不可能。もうこの関係は終了。ここで見切りをつけるべし。そうと決まればとりあえずあのがま口を……借りて。
「奥様。そろそろ女風呂を閉めたいのですが」
いつの間にか女将が扉の傍に立っていた。
「あっいや、そのお風呂は」
「あれ? まだいたのか。入らないの?」
アカイも現れシノブは叫んだ。
「なんでいるの!」
「出たからだけど」
こいつ風呂が短すぎる! そこまで焦っているのか! 致したくてしかたがないのか! 早く逃げないと!
「あっがま口を良いかな。食堂に先に行っているから。出たら一緒に食べよう」
言うやいなやアカイはシノブの手からがま口を取った。私のじゃないけどなんかすごく釈然としない思いに襲われた。
「あの奥様? お風呂は……案内いたしますよ」
しまった……とシノブは自らの失策を悔いた。囲まれている。前は女将に後ろはアカイ。食堂の案内とお風呂の案内のためだが、これは私を逃がさないための陣形かもしれない。ここは大人しく隙を伺って……と思考を張り巡らしながらシノブは浴室の暖簾をくぐり服を脱ぎそれから湯舟に浸かり快楽の音を上げる。
「あ~極楽ぅ」
逃げなくて良かった、とシノブは思った。とりあえず風呂に入ってから逃げるのが正解だなと考えを転換させた。そう私は焦り過ぎなんだと反省しながら心身の疲れと張りを取りまたは解す。そういつだって解決はできるんだ。どうする? ここはシンプルに。
「先に殺しちゃうのはどうかな……」
シノブは自身の提案に頷いた。
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